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「あれ、そういえば二人はどこの屋敷で育ったんだい? リャムリェイ家の方で祝福の子が育っているなんて話は聞いた覚えがないんだけど」
「あ、一応アルベルト家に、はい」
「んな、アルベルト様直々に色々教わってたわけじゃないんじゃがな」
話しながらもウィリアムズは木でできた人形を並べている。それらは一つ一つそれぞれが丸太を組み合わせたような乱雑に作られたもので、すでに何度も模擬として使われているのだろうことが読み取れるほどにボロボロだった。
「アルベルト伯爵のところか。ならまあ大体の基礎魔法は使えるのかい? 使えるならとりあえず風切りの魔法であの人形を吹き飛ばしてもらえるかな」
基礎魔法。この世界における、いわゆる”誰にでも使える魔法”である。人間や獣人は先天的に魔力が枯渇していなければ誰にでも使える魔法であり、しかし単純であるからこそ応用も効くものだ。ちなみに上位魔法や固有魔法も存在し、上位魔法は例えばニーナが得意な魔術文字を使った詠唱や練度を高めた基礎魔法同士を組み合わせて進化させたもの、固有魔法は祝福の子に授けられる魔法紋から習得できる魔法や究極に至った魔法使いが使うものなどが挙げられる。
「んな、基礎魔法くらいならワシもウォルシュもあらかた出来るぞ」
ムトは指の先から圧縮した風魔法を放出する。それは人形の額に当たったかと思うと、その人形にはじかれるかのようにして雲散霧消してしまった。
「んな、あれれ」
「ははは、じゃあウォルシュくんはできるかい?」
明らかに意気消沈しているムトの横で俺も習ったように指先から風の魔法を圧縮して射出する。それはしかしムトと同じように額に当たって人形を動かすこともなく消えてしまった。
「なんで……そこまでこれに威力がないわけじゃないのに」
風魔法の圧縮は確かに簡単ではあるものの、だからといってそれで人形の頭がびくともしないほど弱くはない。
「うん、やっぱり。圧縮は応用の基本的な部分だけど、そこまでしか教わってないって感じだね」
ウィリアムズはそう言いながら風魔法で発生させた風を手のひらの上に集め始める。それは砲丸ほどの大きさになると人形の方へと射出され、そしてそれに触れた瞬間に人形は十五メートルほど向こうへと吹き飛んだ。
その様子はまるで俺たちの魔法が全く持ってスタートラインに立っていないことを気づかされる。祝福の子として甘えた考えは捨て去り、ここから先は大人の仲間入り、これに並び立たなければならないと言っているようだった。
「んな、すごいんじゃな」
ムトの体毛が風魔法の残りで揺れる。数メートル先に置かれていた人形から反射した風がこちらに向かって戻ってきていたのだ。
「さて、じゃあ二人に問題。あの人形自体は普通の木でできた人形だったとして、なんで自分たちの風魔法では一切動かなかったと思う?」
「んー、威力と圧縮度合……ですかね」
「んな、ワシは魔力を練る場所なんじゃと思うぞ。ありゃ手のひらで分散させて風魔法をあんどるんじゃなかろうか」
「残念。二人とも不正解。じゃあ正解はそうだね……ウォルシュくんちょっとこっちに来てもらっても良いかな?」
ウィリアムズは俺を近くまで呼びつけると、両肩の上にポンと手を置く。
「これが正解。君たちはまだ知らないものだよ」
少し、少しの魔力が俺の肩から全身に流される。その瞬間に俺の足は地面からぴったりと動かなくなってしまった。縫い付けられているわけではない。というよりもそれは足にかかる体重が何倍にも増えたみたいな感覚だった。しかし、重い荷物を背負わされた時のような前のめりになるバランスの崩れは体が訴えてこない。ある意味では足元の重力の身が変わったのではないかと思えるようなものだった。
「っ……くっ……」
「足、動かないでしょ。ムトくんはこれが何か分かるかい?」
重心のバランスを変えられたまま俺は動けなくなっていた。
「んな、全くワシにもわからん。何が起きとるんじゃウォルシュ」
「そんなこと……っ! 言われても、多分……足に何か細工が」
「うーん、三十点かな。ほい、なーおった」
ウィリアムズはその掛け声とともに俺の背中を軽くたたく。催眠術がとけた時のような全身の解放感に包まれながら、その一発に押されるようにして俺の足は動き出していた。急な重心のブレにあらがえず、一歩、二歩、三歩とよろけてその場に俺の体は倒れてしまっていた。
「じゃ、解説していくね。まず、君たちの体には魔力が通っているんだ。まあ、基礎魔法が一応の応用までできているんだから当然知っていると思う」
ムトが差し出した手を握り、俺はウィリアムズの話を聞きながら立ち上がる。先ほどのそれは全くなく、体の中には変な調子など一つも無かった。
「んな、それは習ったんじゃよ。第二の生命力、なんじゃよな」
「正解。これが尽きると人はしばらく昏睡状態に陥る、なんてのは常識的な話だ。じゃあそんなエネルギーの塊は体のどこにあると思う?」
「んな、血液と同じように全身に循環してまわっとる……だったかの」
「それも正解。そんな魔法に変えられるような高エネルギーが体の中に循環しているんだ。それを僕が手のひらから余剰に魔力を分け与えてバランスを崩させたってわけ。余剰にたまった魔力は下に下にたまって行って最後は足が動かなくなる」
回復魔法の応用原理さ、とウィリアムズは付けたす。回復魔法は人の内部にある魔力を自分の魔力で補わせる魔法であり、確かにそういわれてみればそうできなくもないのかなと思わされるものだった。
それに対してムトは何かに気が付いたように首をかしげる。
「んな、理解はできた。ワシらも魔力の通った人間じゃからな。それも出来るんじゃろ。じゃあなんであのデク人形は動かんかったんじゃ? あんなもんに魔力が通ってるようには見えんのじゃが」
吹き飛ばされたデク人形は確かにそこら辺にあるような丸太を乱雑に切って組み合わせただけのようなものに見える。
「モノも一緒さ。循環する器官が無ければ注入された魔力は下に下に流れて、そして流れだす。むしろその流れ出た魔力で地面と人形は強く根付いちゃってるわけだから、固定する力は強固になっているわけだね。で、だ」
まるで本題に入るまでの前置き段階だったかのようにウィリアムズは俺たちの方に顔を向ける。
「僕はこれを最重要なものとして君たちに教えた。その理由は分かるかい?」
応用魔法でもなく、剣術でもない。冒険のための心得でもなければ、採集に必要なスキルでもない。魔力の注入という、回復魔法とほとんどやっていることは同じであるそれがなぜ最初の最初で教えられたのか。その理由は俺たちの手の甲にある魔法紋に関係していた。
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