2-1 守護
警ら隊、というものにお世話にならなかった者はたとえアルベルト伯爵の屋敷があるような辺境の場所でさえ少ないのではないだろうか。国営のそれはいわゆる王都のみならず、全国を広く守る騎士のようなものだ。
と言いつつもこの警ら隊、数も人数もなかなかに多い。王国のうち人が住む場所、そして守護しなければならない場所全てにおいて守護、それらのサポートを行うわけであるから致し方ないにせよ、全ての実態を把握しきれている人材がそもそも存在しているのか怪しい。
警ら隊のトップはその処理だけの専門的な魔術が組まれているのではないか、などとまことしやかに噂されているほどだった。
つまりはほとんどの人間がそれに関しての理解を放棄している。まあ簡単に言えば、アビゲイル警ら隊という名前はリストにあるもののギルドの中でどこにその受付があるかは誰に聞いても全く見当がつかなかった。
「んな、ワシの魔法紋でなんとかできればよかったんじゃが、あいにく千里眼の魔法なんて知らんのじゃ……」
「いや、しょうがない。もう諦めて別のところに行こう。ほかに興味あるところあった? 俺のにもあったら着いていくよ」
ムトはポケットから出したスカウト先リストを広げる。俺のそれと見比べて、そして一拍置いてから唸った。
「んな、ワシはいくつかリストアップできるんじゃが、ウォルシュと一緒に行けそうなもんはなさそうじゃなぁ」
そう言いながら頭を掻いている俺たちの後ろに、いつの間にか小さなフルアーマーの騎士が立っていた。明らかに標準の人間よりも小さいそれは、ガシャンガシャンと大きな音を立てて頭部前面のフェイスプレートを上げる。
そこにはつぶらな瞳をした女の子の顔があった。
「何を探してるんだ? 我輩に見せてみるのだよ」
「んな、嬢ちゃん、これは地図じゃないんじゃよ。それにワシらは今、遊んどるわけではないんじゃ。申し訳ないがよそあたってくれんか」
「ム、我輩は嬢ちゃんではないぞ。誉高きリャムリェイ家の当主にて警ら隊隊長、アビゲイル・リャムリェイ、魔法紋は槍術だ」
女の子はそう言いながら籠手を外して右手を露出させる。そこには間違いなく祝福の子の証である紋様と魔法紋が刻まれていた。そしてその紋様は俺と同じように他の祝福の子とは違った模様が刻印されている。
「アビゲイル……ってことはアビゲイル警ら隊の人ってことでいいんですかね?」
「うむ、なんだ、我輩のことを知っているではないか! まだ子供なのに警ら隊なぞよく知っておるな。勤勉なのは良いことだぞ」
腰に手を当ててこちらを慈愛に満ちた目でみやるアビゲイル。見た目が幼い少女のそれでなければ……いや、少女のそれであったとしても貫禄を感じるような目をしていた。
「ワシらもちょうど探してたんじゃよ。ほれ、同じ境遇の者同士仲良く友好でも深めんかな」
俺とムトはそう言いながら逆にアビゲイルに魔法紋を見せる。
「ほう、じゃあ今日来る祝福の子ってのは貴様らだったのか。それに……ふむ、我輩以外で制約持ちは初めて見たぞ。少し話を聞こうではないか。客人ならもてなさねばな」
こっちについてこい、と言われ、俺たちはアビゲイルの案内の元ギルドの中を歩く。周囲は歩きつくしたと思っていたのだが、アビゲイルが進む道はどれも見たことのないものばかりだった。
そうこうしているうちにアビゲイル警ら隊と書かれたドアの前に着く。アビゲイルは当然のようにそのドアを勢いよくあけた。
「おーい、新入隊員だ。起きろ、こっち向け」
空間的にはそこまでの広さはないであろうと思った外観とは裏腹に相当な広さがあるそこでは、何人かの人物が各々昼寝やカードゲームなどにいそしんでいた。
その中の一人、一番入り口から近い席で仮眠をとっていた青年がこちらに振り向いた。
「うぃ、おはようございます。新入隊員ってのは珍しいですね。スカウトなんて何年振りだっけか……」
「おはようウィリアムズ。残念ながらスカウトではなく、これだ」
アビゲイルは自らの手の甲を二、三度叩く。それで瞬間的に把握したのだろうか、一瞬で嫌そうな顔付きになった。
「げぇ、マジすか。魔法紋つけられた子供なんてまだ戦力にならないんですから、専門分野のおっさんに任せましょうっていつも言ってるじゃないですか。なんで捨てられてる子猫みたいに拾ってくるかな……」
「我輩もびっくりなのだが、ちょうど困っていた子供たちを助けようとした結果がこれだ」
「へいへい、そうですか。お二人さん、来てしまったもんはしょうがないから、自分の魔法紋はどんなものか言いながら入ってきなさいな」
嫌そうな顔をしてはいたものの、悪い人ではなさそうな面持ちでウィリアムズと呼ばれた人物は手招きする。そしてもう片方の手でテーブルの上の物を乱雑にどかしていた。
「んな、ワシは鷹の目の魔法紋を持っとる。名前はムトじゃよ。よろしく頼む」
「あ、ウォルシュです。制約付きの肥育に関する魔法紋だそうです」
ムトはアビゲイルに差し出された椅子に、俺はウィリアムズに差し出された椅子に座る。
「へぇ、隊長と同じ制約持ちなんてのは珍しい。ただ、使えそうなのはムト、君の方だね。千里眼持ちはそれだけで僕たちにとっては腐ることのない良いものだね」
「そうだろうな。つまり我輩の見る目は間違いなかったわけだ。ってなわけで、こいつらは今日から我輩の警ら隊のメンバーだから、ウィリアムズよろしく」
「え、そうですか。……てか隊長はどうするんですか。今晩は警らの日ですよ」
「我輩も暇じゃない。警らが始まるまでには帰ってくるさ」
そう言ってアビゲイルは出ていってしまった。
「……んな、忙しいんじゃな」
「お疲れ様です」
「残念ながら、って言いたいところだけど、まだ子供に励まされるほどはがっかりしてないから大丈夫だよ。それよりもそうだね……さっきも言ったように今晩ちょうど警らがあるから、そこで使えるように君たちの技術を少しでも盛り上げていこうか」
ウィリアムズは立ち上がり、さらに奥の扉を開ける。そこは広く、そして何もない運動場のような空間だった。
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