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 青白いもやがこれまでの三人のように俺の手の甲から流れ出す。しかし、その中にはなぜか血のように赤いもやが混ざっていた。


「アイガーさん、これ……大丈夫なんですか」


 心配そうに手の甲を見る俺に対して、何も言わないアイガーの手の力だけが不安を払拭しろと言ってくるようだった。


 イレギュラーはしかしその程度で特に痛みもなく、むしろあれほどまでに感じていた冷気すら当事者になると感じられない。むしろ柔らかな風が手の甲から下へと流れ落ちるような感覚に心地よさすら感じるほどだ。


 しばらくすると流れ出ていたもやは手の甲へ逆流していくように吸収される。青白いもやが手の甲にある四角形の内側に吸収され、炎で木材に焦げ目が出来ていくように魔法紋が刻印されていった。


 そしてもう一つ。他の三人とは違う赤いもやは四角形の方に吸い込まれていく。魔法紋と同じようにそれは産まれてから見ない日はなかったそれの形状を新たに刻印していった。


 すべてのもやが吸収され終えると、俺の手の甲にはニーナやジョシュアに刻印されていた魔法紋と、そしてそれを囲う蛇の絡まった四角形の紋様がそこには刻印されていた。それを後ろから見ていたアルベルト伯爵が俺の手の甲を覗き込むようにして言う。


「ふむ、制約(ゲッシュ)の刻印を見るのは私も長く見てきたが初めてだ。ウォルシュ、制約について教えたことはあったかな?」


「いえ、聞いた覚えはないです。なんですか? 制約って」


 祝福の子(プリミティブ)として受けてきた教育の中にはそれ自体の知識を深めるための授業なんかもあったりしたのだが、その時には制約などといった言葉は一言も聞いた覚えが無かった。


「珍しいものだからね。もしかすると教えなかったのかもしれない。制約とは君を縛り成長させる(くさび)だよ。魔法紋よりも外、君自身を縛り付けるものである代わりにこれは魔法紋をより強固にする……って言っても難しいね。アイガー、君の分析で詳しく説明してあげてくれないか」


「あいあい。じゃあ分かりやすく説明しようじゃないか」


 アイガーはそう言いながら俺の手の甲に刻印された紋様をまじまじと見つめる。


「ん、まずこれ、見りゃわかるな。これは蛇だ。蛇は生殖を象っている生物であり、それが君の制約を象徴するものとして刻印され、それに縛りついている。これの意味は“生物を殺さず”つまり不殺の制約だね。これは」


「え、それって例えばモンスターとか、生物全般を殺すことが出来ない……みたいなことですか」


「うん、そういうこと。ウォルシュ、君がもし畜産の方になりたいなら私はおすすめしないね。何せこの制約は呪いのようなもんだ。防衛反応にすらがっちりと足をからませて一生君を手放さない」


「それはちょっと……面倒くさいですね」


 その宣告はこれから先、どのような進路を歩むかという問題に直面した時に殆どの道を狭めるというものだった。


 祝福の子としての使命は明確にこれと決まっているわけじゃない。ただ漠然と人の役に立ちなさいという理念のもとで、しかしその才能が確定しているため特別扱いされるような人々のことをそう呼称しているだけなのだ。


 しかし、そうは言うものの基本的には冒険者などになり世界中で悪人を退治し、モンスターを倒すような目標を掲げるものが多い。なぜならば本人に十分すぎるほどその才能があり、それでいて様々な人々から感謝される。一般的な程度でも良心が存在すればその行為を最初の目標に掲げる人は少なくはないことは常識だろう。


 しかし、不殺はそれを不可能にする。モンスターと単独で出会えば逃走の選択肢しか取れず、騎士になろうとも危険な悪人を鹵獲するときも生捕りにするしかないという危険に危険を着せたような捕獲撃しか行うことができない。ニーナのような学者肌であればこれらの考慮もなくよかったのだが、あいにく俺はそこまで勉強にも集中できるタチではなかった。


「ウォルシュ。何か勘違いしているようだが、私の話はまだ終わっていない」


 アイガーが俺の目の前で手のひらを振っている。それを見て俺は自分だけの世界にトリップしていたことに気がついた。俺の顔から血の気が引いているのだろうか、面白そうにアイガーは笑っていた。


「続き、ですか」


「そうだよ。祝福の子なのに不殺の誓約なんかついちゃったのはもうしょうがない。諦めてもらうしかないんだけれども、実際の本題はそこじゃない。制約だけ付けられてはい終わりなんてものは、普通の魔法だけで十分だ」


 アイガーは俺の手の甲に描かれた蛇の紋様をなぞりながら鼻と鼻が付き合うほどまでに顔を近づけて言う。


「君の不殺なんて制約はただのおまけに過ぎない。本質はこれ、この蛇が人を欺くモノだと言うことさ」


 トントンとアイガーは俺の手の甲を指でたたく。


「人を欺く……」


「そう。蛇は甘言で人を騙し、制約を人を縛り付ける根本的な災厄の象徴」


「縛り付ける……」


「そう。制約の根源であり、原初。まさに根源的(プリミティブ)な制約だ」


 にやり、と沼をかき混ぜ上がってきた深淵の泥のような暗い目がこちらを見据えてくる。


 後ろから伯爵の「やめないか。子供を驚かすのは」といったたしなめる言葉が聞こえた。それに合わせるかのようにアイガーは俺から顔を離す。


「ごめんごめん。つい反応が楽しくてね。なに、端的に言っってしまえば君の対人のスキルが強化されるってだけなんだよ。絶対に殺さない、いや、殺せないけれども、その分対人の魔法が強くなるってわけさ」


 アイガーはさらに続ける。


「君は今、1000の力の魔法が使えるようになった。あくまでも対人において、だけどね。ただし、相手のキャパシティが100なら99までしか与えられない。これが500であれば499までしか与えられないことになる。そういう制約だってだけだよ。まぁ、普通に生きる分には全く何も毒にもならないし、破ろうとしても本能がそれを拒否するだけだから」


 あまり言っていることの意味が分からないのは、そもそもの話として俺が未だに魔法というものの根本的な理屈を理解していないせいかもしれなかった。


「で、俺はどうすればいいですかね?」


「何、別に気にすることは無いよ。対人限定ではあるけど、格上だろうと比較的楽に瀕死にまでは追い込むことが出来るわけだから、むしろ万々歳。祝福の子の名前にふさわしい祝福を受け取ったと考えてここから先の人生を生きていけば良いだけさ。まあモンスター討伐なんかはあきらめるかサポートに徹するかしかないからそこは諦めてもらうしかないけれどもね」


「悪影響が無いなら……まぁ良かったです。ありがとうございました」


 これから先どうしようか考える前に、今やるべきことをやっていけば良いか、という踏ん切りがついた。


 そのまま俺は部屋を出るために「ありがとうございました」と言って席を立つ。その様子を見てアイガーが慌てたように俺の手首をつかんできた。


「ちょ、ちょいちょい。魔法紋の説明がまだ終わってないから。……まあこっちはそんなに長くもかからないだろうしそのまま聞きなさいな」


「あ! そうでした。すみません。で、俺の魔法紋ってなんだったんですか」


「ん、これはね」


 つかんだままの俺の手首をひねり、アイガーはまじまじとその魔法紋を眺める。


「あぁ、こりゃ畜産の紋に近い。それも肥育の方面かな? 魔術文字のそれに近しいから多分間違いない。残念だったね。ウォルシュ、君にその制約がなければ今すぐにでも畜産の道を勧めたのだけれど」


 ヒイク……あぁ、畜産なら肥育か。と脳内変換が行われる。そしてワンテンポ遅れて理解が追い付いた。俺は天井を見上げながら息を吐くように言葉が自然と出てしまう。


「殺せないならどうしようもないじゃないか……」


 畜産特化型の魔法紋と不殺、そして対人最強の制約。アイガーの爆笑と伯爵のため息がこだまする部屋の中で、一見相性が最悪のそれらがまだ牙をひそめていることを誰も予測しきれなかった。

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