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 アルベルト伯爵はこれまで、あえて俺たちを王都やその近くには連れてこなかった。その理由は単純で、王都にはさっさと祝福の子(プリミティブ)に魔法紋を刻印してしまおうと考えている悪い奴が何人もいるからである。


 魔法紋は強化魔法と同じだ。しかもそれは人が到達しえない段階まで能力を引き上げる強化魔法なのだ。


 あくまでも魔法紋の刻印は頭打ちをなくすものだという言い分が彼らにはある。むしろ早期から体にその魔法紋を馴染ませていると。


 たしかに強化魔法と同じといったものの、そこの違いは存在する。体に過負荷のかかる無理な強化魔法をかけることと、まだ未完成の祝福の子に魔法紋を刻印することは似て非なる物だ。だが、結果として起こりえる惨劇はその比ではない。歴史がそう物語っている。


 そんなわけで俺たちの王都への第一歩は実はこれが初めてだったりする。御者が王都の入り口で手続きを済ませ、伯爵がそれにサインをし、馬車は王都ゼリノアへと入都することとなった。


「ニーナ、ジョシュア、起きなよ。もう到着したよ」


「んな、そうじゃよ。二人とも起きるんじゃよ。むしろここまでにぎやかな街でそこまで眠れる胆力をワシにくれ」


 王都の大通りを馬車は進んで行く。そんな中で目を覚ました二人は起き抜けにもかかわらずこれまでに見たこともないような都会の風景に一瞬で覚醒状態に切り替わった。そのままらんらんとした目で窓の外にかぶりつく。


「わへー、すげぇな王都ってのは。リリアの街も人が多いとは思ってたけど、それの比じゃねぇぜ」


 ジョシュアがぼそりと呟く。リリアの街は俺たちが赴くことのできた街の中で一番大きかったところだ。それでも王都とは雲泥の差があるほどに小さなものだったが。


「術師様からいろいろ聞いてはいたけど、ほんとに街中魔術文字だらけだわ……。あの扉に書かれているのは施錠……? 違う、でも似てるってことは多分同じ要素で構成されているから……いや、あの効果は鍵じゃない?」


 ニーナはニーナで街の中を眺めては独り言を延々と呟き続けている。


「んな、二人ともはしゃぎすぎじゃよ。おちつけ」


「そうだよ。アルベルト様も笑ってるじゃないか」


「そういう二人も、ちょっとそわそわしてるけどね」


 馬車の中が一斉にやかましくなりつつも、そんなことはお構いなしとばかりに馬車は王都の中を突き進んでいた。


 段々と進む先に歩いている人々の服装が変わってくる。俺たちの今着ているようなかたい素材でできた服から、比較的やわらかく運動を行いにくいであろう服を着ている人たちが増え始めたのだ。それに気が付いた時、馬車は段々とスピードを落とし始める。そしてゆっくりと大きな建物の前に停車した。


 パン、と一回、ベニーが手を叩く。


「皆さま、ここから先、この馬車を下りればそこはワイダール王国の中心部になります。もうすでに何度も教えられてはいると思いますが王都ではなくイルカと呼ぶように。また失礼があればアルベルト様にご迷惑が掛かることをお忘れなきよう」


 騒がしかった車内の空気が一瞬にして糸を張ったように張り詰める。ワイダール王国という国は特殊な宗教の元、王都のさらに中心地以外でその名前を呼ぶことを禁止されている。基本的には王都と呼び、他の国からの来訪者が言う首都と同じ意味を持つ言葉で表現されるのだ。


「まぁ、祝福の子がここに居る意味をくみ取れないような人たちがここに住んでいるとは思えないから、多少言い間違えても許されるかもしれないけどね」


 伯爵はさらに付け足す。


「ただし、それも魔法紋を刻印してもらうまでだ。何故だか分かるかい? ウォルシュ」


「え、えーと……祝福の子としてそこで認められるから、みたいなことですか?」


「惜しいね。及第点ギリギリだ。君たちは魔法紋を刻印してもらうことで、王国から正式に大人の仲間入りを認められるんだよ。普通なら十八で認められる権限を、早ければ十一歳から認められることになる。その意味が分かるかい?」


 その問いに答えたのはニーナだった。


「王都の一員として認められたってこと、ですよね」


「ああ、そういうことだ。私の屋敷では私が定めたルールがあったように、王都では王都のルールがある。今の君たちはまだ王都の一員ではないからそんなルールを多少守らなくとも迷惑のかからない範囲ならお目こぼししてもらえるだろうけど、ここから先ではそうはいかない。そういった些細なことに注意できるとまず約束できる子から、馬車を降りなさい」


 数瞬の沈黙の後、ムトが馬車を降りた。それを皮切りに俺、ニーナ、ジョシュアの順番ですぐに馬車を降りる。


「いい子たちだ。さあ、ここからは私が案内するから来なさい。はぐれないようにね。ベニー、馬車は西にある馬車屋に預けておいてくれ。すでに一台分の場所は空けてもらってある」


 承知しました。と言い、馬車の扉をベニーは閉めた。


「さあ、皆。行くよ」


 伯爵はそう呼びかけて俺たちを先導する。馬車の中からは全貌が見えなかったが、その建物はどうやら大きな城の一角がそう見えただけであることが改めて確認できた。


「すっげぇ。こんなでけぇ建物見たことねぇ」


 ジョシュアが空を見上げるような角度まで首を逸らせて漏らす。いやまさしくと言ったところで、馬車から見える狭い風景の中ですら見たことが無いほど大きい教会のように見えた入り口も、その城の大きさを目の前にすると毛穴のように小さく感じてしまうほどに大きかった。


 どうやらそこはしかし見た目通り教会だったようで、その大きな入り口の横には開け放たれた少し小さな入り口がもう一つ存在していた。それでも屋敷の入り口ほどに大きいものだったが。


 厳かな雰囲気の中、伯爵は俺たちを連れて教会の中を歩いていく。不気味なほどに静かなそこはステンドグラスの光や赤いじゅうたんが敷かれているにもかかわらず全体的に寒色に染まっているような空気を感じさせられる。


 この国の住民にしては珍しく俺は神に祈りを捧げたことは一度も無かったが、それでもなお威圧感を感じさせられるほどだった。


 しかしまるでそこに興味を示さないように伯爵は奥の扉へとさらに歩いていく。入り口の管理人に一言二言話すと、そこの扉が内側から開いた。


 ニーナが突然目を輝かせたのを見る限り、それ自体も魔術文字の類で動いているのだろう。


「皆、この奥だ。刺青師様がお待ちだから、早く来なさい」


 伯爵に連れられるまま、俺たちは大人の階段を上るための第一歩を踏み出した。

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