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1-3

 俺が朝食をちょうどすべて食べ終えた頃だろうか。そのタイミングを見計らったようにアーロンさんが食堂の中に入ってきた。


「皆さま、出立の準備が出来ました。玄関前に馬車を準備しておりますので、持っておきたい持ち物だけをもってそちらにお乗りになってください」


 そう言われるがままに、俺たちは玄関ホールへと向かう。すでに玄関には数人の使用人とアルベルト伯爵が俺たちを待っていた。


 いつもの鍛錬用の服装だった俺たち四人と比べて、伯爵のそれはむしろいつもよりもかしこまったものになっている。


「アルベルト様、お待たせしてすみません」


 それを見た俺たちはすぐさま伯爵の元へ駆け寄る。こういう時に先陣を切るのは大体ニーナだった。


「アーロンの迎えが少し遅れたようだね。構わないよ。良い心がけだが……ニーナ、君は気負いすぎるところをそろそろ直したらどうだい? 祝福の子として偉そうにすることはいけないけれども下に出る必要もあまりないのだから」


 諭すようにしながら伯爵はニーナの頭を撫でる。ムトがそれを見てワシも撫でろと言わんばかりに一歩前に出ようとしたので尻尾を掴んだ。一気に全身の毛が逆立ち、俺に何をするんだと睨みを利かせてくる。


 そのままの流れで俺、ジョシュア、ムトも伯爵への挨拶を済ませた。それを満足そうに見て伯爵は使用人の方に指示を出す。


「うん、全員元気そうだ。ベニー、馬車の準備はできているかい?」


「はい、旦那様。問題なく」


「よし、それじゃあ行こうか。今日の説明は馬車の中でするから、皆とりあえず乗ってくれ」


 玄関前まで迎えに来ていた馬車の扉が開き、広い室内に俺たち四人と伯爵、そして一人の使用人が乗り込んだ。ドアが閉められたことを確認すると、馬車はガタガタと動き出す。馬車から屋敷の方を見ると、アーロンさん含めこれまでにお世話になった人たち全員が並んで立っていた。


 だんだんと屋敷が見えなくなり、普段の遠出でも行かないような距離まで馬車は進んで行く。整っていないような道に車輪が引っかかり、時折ガタンと大きく揺れた。


「さて、じゃあ今日やることの説明からだね。ウォルシュ、覚えているかい?」


 そんな中、伯爵がそう切り出す。


「えーと、今から王都に行くんですよね。それから……これに魔法紋を入れてもらう」


 手の甲を見つめる。そこには産まれた時から一時も忘れることのない、俺をこの運命に引きずり込んだ四角形の大きな紋様が描かれていた。


「うん。その通り。刺青師……って言っても分からないよね。錬金術師から派生した役職で、成長した祝福の子(プリミティブ)の持っている紋様に魔法紋を入れる仕事を専門にする人たちがいる。君たちはそこで刻んだ魔法紋とともに、王都で働くことになるんだよ」


 先ほどベニーと呼ばれていた使用人が横から俺たちに紙を差し出す。


「皆さま、魔力を先にこの紙に込めておいてください」


 渡されたものは羊皮紙とは似ても似つかない様なもので、それでいて固く布のような柔軟性もないものだった。


「そんなわけだから、しばらくは屋敷に帰ってこれないと思ってほしい。とは言っても必要なものは言ってくれればこちらから支援させてもらうし、そこまで心配することは無いよ。去年の長い合宿を思い出せば、それくらいだから」


 知っている。知っているが、それでもワクワクと不安感がないまぜになった感情を俺も、そして他三人も隠し通せてはいなかった。


「んな、王都はなんでもあるからな。アルベルト様も、そんで王都の人たちも悪人集団じゃにゃあ。なんとかなるじゃろ」


 いや、ムトだけはあまりなにも気にしていないのかもしれない。


 その後は他愛もない雑談やこれからの進路に対する希望を語り合い、六人を乗せた馬車は王都へと進んで行った。


―――


 馬車に揺られて何時間経っただろうか。太陽は頭の上にまで登り切り、ジョシュアとニーナは眠り込んでしまっていた。最初の頃と比べると幾分かましになった馬車の揺れに気が付いて外を見ると、舗装された道の上をこの馬車が走っていることに気が付いた。


「アルベルト様」


 何かの書類に目を通していた伯爵に俺は声をかける。それに気が付いた伯爵はかけていた眼鏡を外し、こちらへと顔を向けた。


「ん? なんだいウォルシュ。何かあったかな?」


「いえ、王都までもうすぐなのかなと、そう思ったのですがあとどれくらいあるのでしょうか?」


 その疑問に驚いたのだろう。伯爵はこちらを見ながら

「なぜそう思うんだい?」

と尋ね返してきた。


「いえ、なんとなくお屋敷を出た時と比べて道が舗装されているなと……」


「んな、王都はもうすぐだな」


 ムトが俺のその考察に口をはさむ。


「うん、ウォルシュの考えは間違っていないね。でも少し惜しい。ムトは分かっているのかな?」


「ちょうどさっきすれ違った馬車に乗ってた人がお貴族様の服を着ていたんじゃよ。そんな服を王都とはいえわざわざ平民が着るとは思えぬからな。それにほれ、ウォルシュ。向こうで人がが釣りをしとる。モンスターも出るかもしれん場所ではあんな装備も整っとらん奴が釣りなんぞ出来るわけがなかろうて」


「ムトはちゃんと見ているね、と言いたいところだけど、まだ惜しい」


 伯爵は空中に指で文字を書くように指を動かす。


「んな、伯爵様が言うならそうなんでしょうな。いやはや……ニーナほどではないとはいえワシもある程度観察眼は育てているつもりでしたが、分からないものですな。何がいけなかったんでしょうか?」


「まず一つ。他の村や街が近くてもそこで釣りは出来るよね。そしてそれを否定する材料はウォルシュ、君が見ていたところだ」


「え。俺ですか」


 突然名指しで呼ばれて反応が遅れてしまった。俺は舗装された道しか見ていないのだけれども……。


「んな、なるほど。魔物避けの魔法陣ですな」


「そう。この魔法陣は王都の魔法使いがよく使う少し複雑なものだね。それをここまで複数個も定期的に組んである、となれば王都に近づいている証拠だ。ムトもウォルシュも、もう少し周りを見る力を養わないとね」


 そう諭すようにして、伯爵はまた書類へと視線を戻した。


「ムト、やっぱりすごいね。俺そこまで見てなかったよ」


「んな、ワシも魔法陣については知っとったが考えるとっかかりは持っとらんかったからな。そういう意味ではワシはウォルシュより下じゃ。どっちが優劣とかはなかて」


 それよりも、どっちもが見たことを共有すれば深くもっと考えることが出来たじゃろうて。とムトは反省を述べ、悔しそうに窓の外を眺めていた。


 王都はもう、目と鼻の先である。

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