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3-6

「一番聞きたいことから聞いてもいいですか」


「なんだい?」


 後ろでラッドと喜びのハイタッチをしているアビゲイルをよそに、俺とウィリアムズ、そして聞き役のムトは会話を続ける。アビゲイルはひとしきり喜んだのち、昨日の晩の成果と新しい人員の補充が行われたことに関する報告をしに行くようだった。


 ラッドはそれを見送り、机の端で自前の得物を手入れし始めた。


「あの三叉槍を持った銀髪の男は何だったんですか。一応聞いていた通りの連続殺人鬼だと思ってはいたんですけど」


「あぁ、間違いなくあれは今イルカで話題になっている連続殺人鬼だよ。名前はリルー。元は良い音楽家だったんだらしいんだけど、良心亡き快楽に侵されてしまってああなっちゃったわけだ。」


 亡き、亡くなるって意味ね、とウィリアムズは説明する。


「んな、聞いたことない単語じゃな。なんじゃ、その良心亡きなんとかってのは」


「おや、知らないかい? 罪の刺青師(クライムタトゥー)ってのは結構どこでも危険視されているって聞いたんだけどもね」


 全く聞いたことが無い名前が突然出てくる。刺青師、というのであれば自分たちに魔法紋を刻印した人物のことを思い浮かべるのだが、罪の、と付け加えられると一気に不信感が増す。というよりも、刺青師は二つ名のようなものにはなっていなかったはずだ。


「んな、ワシは聞いたことがないな。ウォルシュはどうじゃ?」


「俺も全く聞いたことが無いかな。ニュースなんて知る暇なかったし」


 様々なところで起こった話を耳に入れられなかったわけではない。祝福の子(プリミティブ)として毎日の訓練や勉学が忙しかった、という言い方が正しいだろう。それでももちろんアルベルト伯爵の屋敷を訪ねてくる人たちに話を聞く機会は様々あったのだが、わざわざ少年少女を目の前にして「今、王都では悪い人が犯罪を行っていてね」などと話す常識のない人間がいなかったことがわざわいした結果だった。


「まぁ、聞いたことないなら説明するまでなんだけど、君たちも刺青師に魔法紋を刻印してもらったと思うんだよ」


 俺とムトはその言葉に合わせて自分の手の甲を見る。


「そう、それ。それを祝福の子じゃない人に、つまり生まれた時に紋様がない人の手に刻印しちゃうとどうなると思う?」


「……考えたこともなかったですね。魔法紋は祝福の子しかつけられないと思っていたので」


「んな、ワシも同意見じゃ。そもそも魔法紋の刻印はその祝福の子が生まれた時から持っているものを明らかにする儀式のはずじゃしな」


「その通りなんだけど、残念ながら無理を通すと一般人にも刻印できてしまうんだ。そしてそれを刻印されてしまうと、あのリルーのように暴走をし始めてしまう。できるはずのないことを我欲と一緒に引き出される、って表現が一番かな。種類もいくつかあって、リルーの場合はそれが良心亡き快楽ってものだったわけ」


 暴走、そう呼ぶにはいささか狂気が過ぎていたように思い起こさせる。元は優しい青年だったであろうリルーの顔は、確かに言われてみればどのタイミングでもまるで我欲を生きる糧にしているかのように常に目をぎらつかせた、欲にまみれた顔をしていた。


「んな、難儀な話じゃの。自らの益を無理に求めると、それは毒になる。しかもそれが自分の望まないもの、方法であったとしても、ってことじゃろう?」


「まさにそうだね。その大元を断つために僕たちは彼らを殺さず鹵獲していかなければならないわけだ。話を聞けば罪の刺青師の手がかりが掴めるかもしれないからね」


「んな、ワシは門外漢というか、普通に机の上でしか学んどらんかったからあくまでも予測なんじゃが、それなら人海戦術を使った方が良いんじゃなかろうか」


 ムトの言うことは最もな気がする。何十人とイルカに人員を張り巡らせておいてどこかで飛び出てきたリルーを捕まえる方が楽なのではないか、むしろ最初に出てくる議題であり、ムトもこれが最善手ではないことを分かった上で聞いていた。


「もちろん人海戦術も必要だよ。ただ、その作戦が始まった理由が“罪の刺青師がイルカに居るかもしれないから”って条件がついたらどうなると思う?」


「んな、突然大量の人員が投入されて、向こうも明らかに警戒してくるじゃろうな」


「正解。ってわけで、まぁギルド側もいつも通りの警戒モードにしつつ、裏で色々やるためのメンツとして僕たちが集められたってわけ」


 ただ……と口籠るようにしてウィリアムズは天井を見上げる。


「隠れ家的な駐屯地まで用意してもらって、訓練場もついてるし備品も結構揃えられてるんだけど、本当に今日まで生きてこれたのが謎なくらいギリギリの橋は渡ってたね。昨晩のアレは予測して準備してってやってたけど、基本的に僕たちのやるべきことはイルカを歩き回って向こうが誘き出されたら迎撃、鹵獲だったからさ」


 大変だったということはヒシヒシと伝わってくる。サポートメンバーが居た時もあるらしいとはいえ、これほどまでの危険な任務は想像に容易だった。


「んな、なんでギルド側も三人だけを指名したんじゃろうな」


「さぁ、僕もわからないけど多分……「我輩! 帰還!」


 話し始めたウィリアムズを遮るようにアビゲイルが扉を大きくあける。その後ろには伯爵がベニーと共に立っていた。


「伯爵様!」「んな、伯爵殿ではないか」


「二人とも、元気で一晩過ごせたようだね。住む場所の準備が整ったから、案内しようか」


 アルベルト伯爵のその言葉に、話している最中だったウィリアムズは「後にしよう」とアイコンタクトを送ってくる。それに応える形で俺とムトは席を立った。


「ギルドの近くに一部屋、お部屋をお借りしました。ウォルシュ様、ムト様、二人一部屋となりますが、よろしいでしょうか」


 ベニーが歩きながら丁寧に説明してくる。早足ながら大きなメイド服はどこにも擦られず、その身のこなしにすれ違う冒険者のような人々から感嘆の息が漏れる音が次々と聞こえてきた。


「んな、伯爵殿。一人一部屋、というわけにはいかなかったんじゃろうか? ワシもウォルシュも気にはせんが」


「あぁ、それはギルド側からの要請でね。二人ともアビゲイル警ら隊に所属するなら伝達も早く済ませられる方が良いだろうって。さ、到着だよ」


 ギルドを出てまっすぐ大通りを進み、少し逸れた裏路地の中にある扉を伯爵は指す。ベニーが後ろから補足するには、認識阻害の魔術文字が舗装された道や壁に書かれており容易に見つけられない場所だと言うことらしかった。


 内装は綺麗で、すでに家具もいくらか揃っている。二人で生活したとしても問題なく暮らせそうなほどの広さも兼ね備えていた。


「まぁ俺はいいけど、ムトはどう?」


「んな、ワシも気にはならんから、ここで良いじゃろう」


「じゃあ二人とも、仲良く過ごすんだよ。私は一旦屋敷に帰るから。あ、あとベニー。ジョシュアとニーナの住まいも教えてやりなさい」


 伯爵がそう言うとベニーは「はい、わかりました旦那様」と返事をしてこちらに一枚の地図を渡す。


「この通りに進めば阻害の魔術文字も気にせずに向かうことができますので、こちらは無くさないように」


 念を入れるかのようにグッと俺とムトに地図を一枚ずつ握らせると、伯爵とベニーは家から出て行った。祝福の子としてイルカの住人になることは文面上でも理解していたし、実感もしているつもりだった。


 しかしいざ実際にこうやって自分の家が持てるとなると話は変わってくる。


「疲れた」「んな、ワシもじゃ」


 それは安心感となって俺とムトの肩にずっしりとのしかかってきた。何も考えずに寝てしまいたい。意見が一致した俺たちは、二つ並んだベッドの上に飛び込んだ。


 意識が沈んでいく。思っていた以上に自分の体は疲れきっていたようで、全く抵抗ができないまま混濁した意識は枕へと吸い込まれて行った。

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