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3ー5

 アビゲイルの駐屯地に帰ってくる頃には、すでに教会の方に向かっているような人々が辺りに数人見られるほどの時間だった。戦っている時間は短かったが、その内容や実感、そして自分の力のイメージについて考え出すとどうにもあの短時間で終わったように思えないほど濃厚で、そして魔法紋を直接的に知ることができたように思える。


 ただ、問題があるとすればそれは間違いなく何の説明もなく命の危険にこちらを晒してきた警ら隊の三人だろう。「教えると拒否されるだろうから」という空気感のまま、テーブルに俺とムト、警ら隊の三人が向かい合うようにして座る。今から質問攻めにしようと口を開いた時、それを遮るかのようにしてウィリアムズが話し始めた。


「さ、さて。で、本題なんだけど」


 ウィリアムズが切り出す。


「君たちがどのような未来を歩むかっていうのは、僕たちには強制できないんだ。もちろん今日のアレは祝福の子(プリミティブ)然としなければならなかった君たちの“常識”に漬け込んでやってしまったわけなんだけど、それは一旦マイナス要素として議論の引き合いに出すのではなく自分の心の中にとどめおくことにしておいてくれると助かる」


 アビゲイルは同意するようにうんうんとずっと頷いている。フルフェイスの兜を取ってどこにそんなものが収納されていたんだというほどの淡いピンクの長い髪の毛をなびかせながら頷くその顔はしかし、ずっと目をつむったままのせいで相槌なのか居眠りなのかは判別がつかなかった。


「あの、全部聞かないとダメなやつですかね?」


 俺はムトと目を合わせる。


「うん。できればこっちの言い訳も聞いて欲しいんだけど……」


「んな、聞くしかあるまい」


 ムトは諦めたかのように頷いた。あくまでも自分は安全圏に居たからだろうが、なんともゆったりとした考え方だ。


「まず、うちは圧倒的に人手不足なんだ。げんに僕は人数さえいればアビゲイルの後衛で戦うはずなのに今回も前線に駆り出されてる。僕はもう諦めているんだけど、こうなるとサポートとして一人は全員を俯瞰して見るメンバーが欲しい。ムトくん、君はそういう点でうちに来てほしいんだよ」


「んな、それは帰り道に聞いたんじゃ。まぁ正直ワシは魔法もまだあんまりわかっとらんから、最後尾から眺めること自体に不満はないんじゃよ。ただ、ワシじゃなくてウォルシュの方が危険なんじゃよ。ワシは一緒にこれまで暮らしてきたこやつを見捨てたくはない。じゃから、ウォルシュが納得せぬのじゃったらワシはまた別のところを探すまでじゃ」


 ムトは昔からあんまり動くことが得意ではなく、割と周囲の物事や雰囲気、考え方から実際を察する軍師タイプではあった。というか本人が他をあんまりやりたがらなかったからアルベルト伯爵が無理やりそっち方面に押し上げたのだが。……まぁ、そういった意味では魔法紋で鷹の目(イーグルアイ)が出た時は本人に合致している能力だと思った。


 それと本人がマイペースな部分とを合わせて適材適所の最適解を突き進む男、というイメージが俺の中では強い。だからこそ、ここで俺に責任を委ねてくることは予想外だった。


「なるほど。じゃあウォルシュくん。例えば、君のその力があったら、ラッドと一緒にどんなことができると思う?」


 少し泣きそうになった目を擦りながら、聞かれたことへと思考をシフトチェンジする。


「俺が動きを鈍らせて、ラッドさんの糸で鹵獲するとか、逆に糸で動きを制限して俺のを当てやすくするとか……」


「そう、それが大正解。正直ラッドだけでは足りないんだよ。魔力の糸って切れないんだけど、抵抗されるとほどけはするからね。だから二の楔三の楔を打ち込んでおかないといけないんだ」


 ラッドが伸ばした糸で横に座っているウィリアムズの指を絡め取ったが、それを残った指で意図も容易く解いて行く。


「正直、子供に命をかけさせるような仕事ではないと思う。さっき戦ったアレの詳細に関しても話していないし、今イルカで起きている、そして僕たちが対処すべきことについての全貌も話していない。多分だけど、ウォルシュくんはここも知りたかったんじゃないかな?」


 いくらでも質問はあったが、大きく軸となるところは結局そこだった。今、このアビゲイル警ら隊は何と対峙しているのか、何ができなければならなくて、命はそこで落としかねないのか。


 自分を鼓舞するために自分が祝福の子であるという自覚は必要であるし、その覚悟が戦いの場で臆病な自分をその場に押さえつける楔になっているのも事実だ。しかし、それでも実際まだ俺は十一歳で、死生観について固まっているわけではない。死ぬことは意味のわからない怖いものであるし、極力これからの人生で避けて通りたいものである。


「命に関することはこっちでなんとかする。今回はちょっと連携が取れてなかったけれど、ムトくんの鷹の目があればこっちも対処が幾分か楽になると思うから。僕もラッドもサポートに回る。ただ、今私たちが対峙しているものに関しての情報はこちらに付くか付かないかは別として話しておかなければならないことだから、ウォルシュくんの判断材料になるかどうかはわからない」


 一呼吸、テンポの速くなった語り口を諌めるようにウィリアムズは一旦の空白を挟んで続ける。


「詳しくは後で話すけど、彼に対抗した、対抗できる者だったと君たちは判断された。そして彼らは自分達に対抗できうる人間は地の果てまで追いかけて殺す。だから、僕たちには君たちを守る義務が発生するんだ。ギルド側が下した命令の元、ね」


「んな、ワシはあんまり活躍しとらんぞ」


「ムトくんもウォルシュくんを誘導できるその鷹の目がある。それは向こうにとって十分な危険性をはらんでいると言っても過言ではないんだよ」


 柔和な笑みのまま、しかしその口調は明らかに真面目なそれになっていた。


 例えばここから先、俺とムトが「こんなとこにいたら命がいくつあっても足りねぇよ!」などと叫んでこの場を去ったとしよう。そうすると俺たちは新しい場所で新しい仕事を見つけるわけである。ただ、命はずっと狙われる上に、アビゲイル警ら隊のメンバーはそれを守護する役割をさらに持っておかなければならない。


「実質的には脅しですね」


「はは、間違いない。でも、良いものを手に入れるためにはちょっとした工夫も必要かもしれない。それに僕たちはこう見えてもこれまで三人でなんとかしてきたからね。案外なんとかなっちゃうかもしれない。僕たちもウォルシュくんみたいに彼らから狙われる身であることは間違いないわけだしね」


 でも。


「でも、それは負担になる。ってわけですよね」


 悩みと、そして今後の展望のせめぎ合いが脳内で延々と流れて行く。たしかにこの先新しい職業を見つけことでもっと安全に暮らせるかもしれない。ただ、自分がただの誘蛾灯になるだけかもしれない。


「我輩、あんまりこういう手は使いたくなかったんだが、正直に言っても良いか?」


 横槍を入れてきたのはアビゲイルだった。その一言でその場の張り詰めた空気が一瞬緩む。彼女は席から立ち上がって、こちらの方へ歩いてきた。


 道中でガシャン、ガシャンと着ていたフルアーマーを一つずつ丁寧に脱いでいく。初日に出会った時に見た魔法紋が刻印されている側の籠手を外すと、肘……いや、肩まで伸びた魔法紋を囲う紋様がまるで体を這う大蛇のように黒々と皮膚を染めていた。


 その異様なまでに肥大化した魔法紋に見惚れていると、いつのまにかアビゲイルは俺とムトの座っている真横、実質的な目の前に来る。


「この通りだ。我輩たちを助けてはくれないか」


 そして深々と、地面に額を擦り付けるように頭を下げた。


 少女の懇願はまるで明日を生きるための命乞いのようで、何も生産できないような終わりを示しているようだった。


 結局はそれが決め手だったと思う。そのまま契約を交わし、俺とムトは正式なアビゲイル警ら隊のメンバーとなった。住居に関しての準備はどうするかと聞かれたが、伯爵がなんとかしてくれるらしいとこちらが言うと「それなら安心だ」と頷いていた。


「まだ聞きたいことは山ほどあるんですけど」


 そう切り出すとウィリアムズは


「いくらでも聞いてくれよ。むしろそれで教えられることなら大歓迎さ」


と明るく返してきた。

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