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取り逃がした男の行方を追って、ラッドはその場から駆けていった。追いつけるかどうかは怪しかったが、それでも追いかけていくらしい。
ただ、驚いたことにアビゲイルもウィリアムズも取り逃がしたことに関して悔しそうな表情はしていなかった。むしろどちらかと言えば達成感のある顔に近い、うれしそうな表情であった。
攻撃の音が止み、夜が明けかけている町を再び静寂が支配し始める。終わったことを察したのか、ムトは隠れていた場所から顔を出した。俺と、そして他二人が生きていることを確認して安心の表情に至る。そして瞬時にその場にラッドが居ないことに気が付いたらしい。
「んな、ラッドはどうしたんじゃ?」
「ラッドはアイツを追いかけているぞ。って言っても、追いつければ安泰、追いつけなくとも実質我輩たちの勝ちみたいなものだから気にしないようにな」
その場に座り込んで安心したように空を見上げるアビゲイルが言う。
「あの、そういえば、なんですけど」
俺は疑問に思っていたことを口に出した。
「今回の作戦……? って言うんですかね? それに関して全く何も聞いていなかったんですけど、アビゲイルさんはどういうことを想定していたんですか?」
「ん? 我輩言ってなかったっけ」
「そうだよ。僕とラッドにもかん口令を敷いていたじゃないか。全容を教えるとせっかくの祝福の子が逃げちゃうから最初に仕事を見せてからにしようって」
「あぁ、そうだったそうだった。すまないな! まず、じゃあそうだな……我輩たちの仕事ってなんだと思った? はいそこの猫!」
ビシッとアビゲイルはムトに指をさした。突然指名されると思っていなかったムトは一瞬びくりと肩を上げ、そして冷静になって顎に手を当てる。
「んな、ワシか? そうじゃな……警ら隊っていっとった割には人数も警ら範囲も狭かった気がするの。ワシが見たのは田舎町じゃったからか知らんが、そもそも街一つにつき警ら隊は一つじゃったような気がする。警ら隊としての役割ではない何か、なんじゃなかろうか」
「ほう、良い洞察力だな。魔法紋のおかげか、まぁ正解だぞ。我輩たちは警ら隊ではない。捕縛専門の秘密グループなのだよ。ウィリアムズ、詳しくは任せたぞ」
にやりと笑ったそのアビゲイルの顔は、まるで悪童のように邪悪な顔をしていた。
「了解。って言っても君たちが来るまでは僕とアビゲイル、ラッドの三人しかメインメンバーがいなくてね。子悪党の捕縛がせいぜいだったんだよ」
「辛かったなー」というアビゲイルの悲痛な叫びを後ろで流しつつ、ウィリアムズは話を続ける。
「僕とアビゲイルは揺動部隊、あと何人かサブメンバーに手伝ってもらったりとか、で、ラッドが捕縛する係。見たでしょ? ウォルシュ君がなげた魔力ボールがラッドの手に飛んでいくの。あれは彼のオリジナルの魔法みたいなもので、魔力を糸にすることが出来るんだよ」
アビゲイルが後ろで自分の魔力を使って紐遊びのような動きをしている。しかしその様子はぎこちなく、むしろ形を変えているだけのように見えた。
「アビゲイルがやるとあんなだけど、ラッドのはさっき見た通りって感じのだから、もっとすごいんだよ。で、それを使って悪い人を捕縛するわけさ」
「ちなみにそれと今回の作戦との関係は何かあるんですか?」
俺のシンプルな質問に対して、アビゲイルが声を大にして言う。
「大いにあるさ! なんていったって誘導役と捕縛役が一気に増えたわけだからね。いままで我輩とウィリアムズがやっていた部分のサポートをムトが、ラッドが捕縛するためのサポートをウォルシュができるわけだからね。我輩! これ以上は死ぬ!」
「はは、というわけで君たちはちょうど良かったんだ。それに、捕縛と言っても今後の被害が抑えられるなら逃げちゃっても構わない。まぁ捕まえるに越したことは無いんだけど、そういう意味では相手の動きを制限するウォルシュ君の魔法紋はとにかく僕たちのやりたいことと相性が良いんだよ。……というか気が付かなかった? 一応それっぽいのが来たら誘導するように職案側にもかけておいたんだけど」
確かに興味のあるようなものがなく、ムトと一緒にここまで来たが、誘導されているようなものは一切感じなかった。むしろムトが無作為に選んだものに俺は着いてきただけ、自分で選んだとしてもここに来る可能性が十割ではなかったわけだ。
「んな、しかし、それにしてもこんな少人数の警ら隊がなんでそんな力を持っとるんじゃ? 祝福の子なんかどこも欲しがっとる人材じゃって聞いたことがあるんじゃが」
「ん? そんなもの関係ないよ。僕たちはギルド公認……というか直属? まぁお抱えの犯罪者捕縛チームだから。警ら隊ってのも表示上そうした方が楽ってだけ。優先的にもらえるものはちょっとだけもらってたりなんかしちゃったりして」
アビゲイルに負けず劣らずなほどのいたずらな笑みを浮かべて、ウィリアムズはこちらに笑いかけてくる。つまり、俺とムトは無意識のうちにギルドからスカウトを受けていたという訳だ。
「あ、ちなみにほかの二人もそうだと思うよ。適当にそこらへんの冒険者パーティに入ってさっさと死なれると困るのはイルカだし、教育も必要だからってことで」
「確かに、ニーナは研究所に行くとかなんとか言ってました」
「あぁ、我輩今日見かけたぞ。話を聞きたかったんだが、知恵熱で倒れていたところだったから話しかける事すらできなかったがな」
言い方から察するにニーナもギルド側の組織に入ったらしい。しかし、ジョシュアに関してはどうなのだろうか。冒険者のチームに入るというような話を聞いたのだが、言い方的に大丈夫なのだろうか。
そう思っていたところ、ちょうどラッドが戻ってきた。どうやら追いつけなかったらしく、肩を落としている。
「無理だった。すまない」
「オーケー。しばらくはこっちも様子見に徹するしかないね。むしろこれまで全く対処できなかった問題に対処できたんだから喜ぶべきだよ。ねぇ、隊長」
「そうだぞ! ラッドだけで対応できなかった部分にまで手が伸びるのはギルド的にも十分ありがたいことだからな」
ラッドが帰ってきたこと、そしてその報告で二人の緊張がとけたような空気に変わる。戦闘状態が抜けきっていないのかと思ったが、最終段階の緊急事態までぬかりなく戦えるように未だ準備しているだけだったことが驚きだった。
「じゃ、帰ろうか。もう一度作戦を立て直そう」
ウィリアムズがそう言い、俺とムトの方を見る。それについていくように、ムトも俺も歩き出した。
「んで、ちなみになんだけど、もう一人はちなみにどこに所属したとかわかるかい?」
ウィリアムズが砂埃を払いながらさっきまで考えていたその話題を切り出す。
「んな、ジョシュアなら冒険者のチームに入るとかなんとかいっとった気がするんじゃが」
「あぁ、そうか。じゃあ大丈夫かな。多分ギルド側が今注目している所に入れたんだと思う。本人の魔法紋が何かは知らないけど、それに合うだけの能力があるってなったわけだろうしね」
夜道の中を五人で歩く。安心感と、そしてまだ何も知らされていない初日から命の危険にさらされた恐怖感で、少し足が重かった。
帰ったら、もう少し詳しく話を聞こう。そう決心した。
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