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3-3

 ムトは無事先手を打てたようで、大きな何かがぶつかり合う音が止まる前に目的地であろう場所に到着した。そこは何の変哲もない十字路で、それでいて周囲に人の住んでいる気配が無い場所だった。


 しかしその人の気配の無さはそれらが廃墟や無人の家屋ではなく、周囲の建物が全て施設として利用されているということだ。不気味な雰囲気も無ければ、むしろあと数刻後に昇ってくる朝日を合図としてここには活気があふれてくるのではないかと思わせるほどだ。


「んな、ワシの役割はこれで以上じゃ。足がもう動かんし目がシパシパするから一旦隠れることにする。すぐに駆け付けられる場所にはおるから、何かあったら呼ぶんじゃよ」


 そう言うが先か、ムトは物陰に隠れてしまった。あの目は未来視ではないが、隠れる場所の候補としてムトが選んだということの大切さから覚えておかなければならない。


「ふぅ……冷静に。何度もやって、何度も成功した。大丈夫。初めてだけど、大丈夫」


 自分に言い聞かせるようにして懐から手のひらサイズの薄い袋を出す。ナイフで切ればすぐに破れそうなそれの口を大きく広げ、俺はその中に向ける形で手のひらを向けた。魔力の塊が紫色の光になって手のひらにボール大の大きさで現れる。そしてそれを俺は、おもむろに握りつぶした。


 指と指の間から光が漏れる。しかしそれを無視して更に強い力で握り続けると、手のひらから水滴のようなものが袋へと落ち始めた。


 これがウィリアムズに習ったもの、魔力の液状化である。訓練場で一つ作らされた時は最初の感覚をつかむことにとてつもない時間をかけたが、今はもう力加減だけに集中すればよい程度まで落ち着いている。ただ、いくら手のひらほどの大きさとはいえその袋を満タンにするまで魔力を液状化しなければならず、段々と迫ってくる大きな金属音が焦りを助長させてきた。


 手のひらに込めた力が段々と強くなっては握りすぎで魔力が霧のように消え、それに気が付いて力を抜く。オレンジを絞るように段々と溜まっていくそれは、戦闘の音がもうすぐそこまで来ていると焦るほどにギリギリで完成した。


 俺は完成したそれと共に言われた通りの状態で待つ。君がそこにいるだけで僕たちは勝てる、とウィリアムズが言ったことを今は信じるしか無かった。


 だんだんと武器と武器が重なり合うような大きな音がこちらに響いてくる。


「フォルティッシモだ! さあ、歌声を聴かせておくれ! 命乞いも反抗も、無関心すら私の中の音楽になる!」


 銀髪の男の狂気のような、それでいて歌うように叫ぶその声がその武器の音に合わせてこちらへと届き始める。


 一対三であり、なおかつ一人は祝福の子だというにも関わらず銀髪の男は疲れなどないように三人の攻撃をいなし続けていた。飛んでくるラッドが投げたナイフを指揮棒で弾き、三叉槍でウィリアムズの剣とアビゲイルの攻撃を同時に処理する。格上、というしかなかった。


「ウォルシュ! 居るか!」


 こちらを見ずにウィリアムズは叫ぶ。


「はい! 居ます! 準備も万端です!」


 向こうの顔は夜の闇に紛れて見えなかったが、こちらの返答に対してレスポンスをするかのようにグッとサムズアップを一回、こちらに向けてきた。そしてそのままさらに叫ぶ。


「よし! 合図をしたらそれを真上に放り投げてくれ!」


「いい音楽だけれども、指揮者が不協和音をみすみす見逃すと思っているのかな?」


 そう言いながら男は弾いたナイフがこっちに飛ぶように軌道を変えてくる。遠くからだったこと、俺の背丈がまだ子供だったことなどが相まってギリギリ避けることができたが、これ以上近付かれた時にどうなるかわからない。


 誘導されるか、こちらを狙い撃つかという天秤が俺を狙う方へ傾いたと気がついたのは、二撃目のナイフがこちらに飛んできた時だった。


「っ……! ぐぅ……!」


 左腕を掠めたそれは、後ろの建物に突き刺さる。


 もうすでに顔が見える距離までその戦いは迫って来ている。自分の命が危うい状況だと感じてはいるものの、しかしラッドのナイフが器用にこちらに弾かれないような飛び方をしているためかまだ逃げない選択肢を取ることができた。


「祝福の子然として、これから生きていきなさい」


 アルベルト伯爵の言葉が頭を駆け巡る。足がすくむが、後ろには下がれない。


「いまだ! 投げろ!」


 耳から脳へと伝達するよりも早く、俺の手はそれを真上に放り投げていた。


 顔が見える距離とは言え、銀髪の男はまだ遠く離れた場所に居る。しかも今の言葉に反応して迎撃の構えにこちらへの反応を加えてきた。


「かかったな」


 ラッドがそう言ったように聞こえた。その瞬間、真上に投げた魔力のこもった袋は重力を無視するかのようにラッドの手の中へ飛んでいく。


 一瞬の虚、男は三人の攻撃へ対応する体制から四人目の俺と対峙するために生まれたその瞬間を縫うようにそれは投げられた。


 しまった、という顔をして銀髪の男は後ろへと飛び下がる。自らの体へと吸収される俺の魔力に何かを悟ったのだろう。攻撃の手が止み、先ほどの激闘が嘘だったかのように静かな時間が数瞬流れ、そのタイミングは現れた。


 最初は太ももと腹部、そして胸に流れ、手足顎とその男の体が膨れていく。柔らかそうなそれは燕尾服の前部分を弾き飛ばし、下に着ていたシャツをも膨らませていく。ズボンはちぎれ、糸を太くなった太ももに巻き付けただけのようにまでなってしまっていた。


 銀髪に似合うような綺麗だった顔つきも、頬や顎の肉によってバランスは崩れ、目は開いているのかすら怪しい。


 まるでおとぎ話に出てくる悪い貴族のようになって行くその体を見て、男は自分の体に感じたことのないデバフを受けていると察知した。一歩、また一歩と後ろに下がるが、明らかに最初のそれよりも歩みは遅い。


「んん……! ヒュウ……ゼェ……私に……何をしたァ!」


 膨らんでいく体を支えきることにだけ注力しているであろう足が震える様子が手に取るようにわかる。


「貴様の負けだ。連続殺人鬼。さっさと吾輩たちに鹵獲されたまえ」


 悠々と歩いているはずのアビゲイルがその男に余裕で追いつく。そしてその腕を掴もうとした時、いまだに握られていた男の指揮棒が宙に何かを描いた。


 魔術文字、それ自体は見たことはないがニーナが言っていたそれに酷似したものを男は空中に描いていた。


「ラルゴ! 君たちは私の演目を壊したことを後悔する! 絶対に、だ!」


 言葉を紡いだ瞬間、男のスピードが一気に速くなった。そしてその体が太っていくスピードも一気に遅くなる。


 そして、男は俺たちの方を見て安心したような顔をし、自らの腹部にも指揮棒を差し込んだ。


 何を言ったかは分からないが、何か言葉を発しながら男はその場から去っていった。ラッドがそれを追いかけようと走ったが、先ほどまでの鈍足具合とは打って変わって太ったにもかかわらず素早くなった男に追いつくことはできなかった。

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