3-2
とはいえそこらへんの規模の街と比べると大きなイルカで、偶然俺たちが警らする程度の規模で何か問題が発生するほどの不運はそんなに起こらない。聞いてみれば少人数だからとなめてかかる悪党はその程度らしく、むしろ少人数だからこそ精鋭が集まっているという警戒を向こうもしてくるらしい。
ある意味で効率の良い虫よけになっている。そういうことなのだ。
「ただし、そうじゃない時もあるんだけどね」
ウィリアムズはそう言いながら自分の持っている鞘に入った剣を肩に乗せる。周囲の警戒は怠らずに行っているものの、どうやらニュースになっているような殺人鬼はこのあたりに居ないと踏んでいるようだ。
「そうじゃない時……って?」
「例えばさ、ウォルシュくんがとても強かったとしよう。誰にも負けない力を持っていて、そしてなおかつばれないように何人も人を殺したいんだ」
物騒な仮定であるが、しかし今の殺人鬼はそういうことになる。
「そういう時に十人も二十人も居るような警ら隊を襲っちゃったら、どうなると思う?」
「それは……全員殺して終了じゃないですか?」
「んな、ウォルシュ、それじゃと証拠が残りすぎるぞ」
ムトは完全に気が抜けているのか腰をぼりぼりと掻きながら口をはさんできた。猫獣人であり、かつ鷹の目があるという自信も少し作用しているのだろうか。横に居たラッドがその大きなおなかを軽く小突き、注意を促すように目線を送っていた。
「残念。ムトくんもちょっと違う。警ら隊ってのはイレギュラーが無い限り統率の取れた部隊だからね。全員殺すなんてほとんど無理なんだよ」
つまり、とウィリアムズは続ける。
「殿と交戦している間に誰かが逃げてしまうかもしれない。顔を見られたら? 攻撃のスタイルがバレてしまったら? もしそいつが祝福の子なら魔法紋の特性もバレてしまうかもしれない。そうなったとき、完全に不利な状況に立たされてしまう危険性が対大人数だと起こり得てしまうんだ」
「なるほど。つまり、少人数で精鋭だったとしても勝てる見込みがあるならそっちの方が相手としては狙いやすいと」
「そういうこと」
ウィリアムズの声が止まる。こちらに向かっていた目線はいつの間にか進行方向へと変わっており、それに気がついた時には持っていた剣が鞘から抜かれていた。
一瞬それが何を意味しているのかわからなかった。しかし、その意味を理解してバッとウィリアムズが向いている方へ目を移す。既にアビゲイルはその体よりも大きな槍を抜き身にし、ラッドも投げナイフを三本、右手に構えていた。
今現在、路地裏の夜道を抜け出すところに五人で立っている。そしてそこを抜けた先、大通りの真ん中。そこには燕尾服のようなものを着た男が一人立っていた。銀髪の髪の毛が被っているハットから覗く黒い瞳の前で左右にゆらめいている。
左右に右手には細長い棒が、左手にはその身長ほどの大きな三叉槍が握られている。細長い棒はリズムをとるように揺れており、その役割が指揮棒のそれであることを示していた。三叉槍は青黒い金属でできているのだろうが、先端は黒く変色している。
「こんばんは。とても良い喉と腹筋をお持ちの方々。その喉は歌うため、その腹はポンプとして、私の楽器になっていただけませんか?」
その所作はまるで肌の上を滑り落ちる絹のように、一切の抵抗を感じさせない滑らかなものだった。
「話をしちゃダメだ。君たちは引き込まれてしまう」
その場で動けなくなっている俺とムトに対して、相手には聞こえないようにウィリアムズが耳打ちをする。
「イルカのマップは頭に入っているかい?」
「えぇ、まあ多少は」
「んな、ワシも一応鷹の目でこれまでの道のりとこの周囲のマップは把握済みじゃよ」
じゃあ、とウィリアムズは指示を一つ二つ出してくる。
「できるかい? というか、君たちが居る前提の作戦だから、できないと困るんだけど。ウォルシュは教えた通り、ムトもラッドに教えられた通り全力でその目を活かしてくれ」
「んな」「もちろん」
「良い子たちだ。肝が据わってる」
アルベルト伯爵は屋敷で、祝福の子として王都に来ればその日からは王都の一員だと耳にタコができるまで話していた。それはすなわち、そこで生きてそこで死ぬ、そこで役に立てという祝福の子たる所以を話していたのかもしれない。自分の行うべき目的は自分で見つけなければならないけれども、自分の背負った使命は最後まで果たすことを義務付けられた人間だと俺たちに教えていたのだ。
俺は自分が今冷静であることの理由までわかるほどに落ち着いていた。
アビゲイルもラッドも、そして余裕そうな顔の相手の男も、みんな揃って黙り、今か今かとタイミングを見計らっていた。
その静寂を破ったのは、第三者である何者かだった。風体からして冒険者の類のその人物らは、男の死角になるような家々の隙間から飛び出して全員一斉に男へと斬りかかり、魔法を放ち、飛び道具で攻撃する。
「連続殺人鬼か何かしらねぇけどなぁ! 俺様たちの手にかかれば瞬殺だぁ! 首持ってギルドに行きゃ、またランクが上がるってもんだ! ざまぁみさケフッ……」
一人が立ち上った砂埃を前に下卑た高笑いを上げる。しかしその笑い声は砂埃をまるでゼリー菓子のように切り裂いた男の三叉槍の一閃でかき消された。先ほどまで叫んでいた男の喉笛から噴き上げる血液が辺りの道を染め上げていく。落ち着いた砂煙の向こうではもう一人分の呼吸しか行われておらず、剣士やシーフ、魔法使いなどの一個のパーティーがそこに倒れていた。
一瞬にして周囲は血のにおいに変わる。嗅いだことはいくらでもあるが、だからといって慣れるわけでもない。
「あぁ、残念だ。私はまた歌声を奏でる喉を壊してしまった。だが仕方ない。その囀りは害鳥のそれだった。私が求めているのは美しい鳥の声なのだよ」
慇懃無礼な言葉と共に、地面に転がっている人だったそれを男は踏みにじる。先ほどまで心の奥に潜んでいた覚悟か雲散霧消し始めるような感覚に捉えられていた。
「貴様ァ! 我輩を見ろ! これ以上他の誰も傷つけさせん! 騎士の誇り、そして祝福の子として、貴様をこの槍で弾劾する!」
怒髪天を突いたような怒りの咆哮がアビゲイルから吐き出され、そして地響きのように地面を蹴り飛ばす音が聞こえる。
「よろしく頼んだ」
とウィリアムズは俺とムトの肩を叩いて、その場に加勢していった。
ムトは一瞬気が抜けたようにその場に立ちすくんでいたが、その役目を思い出したかのようにハッと覚醒し俺を担ぎ上げる。
「人が死んでた……おい、ムト、これどうするんだよ。いくら俺たちイルカの人間だからって、あそこまでの義理はないぞ」
声が震える。集中しているのか、目の周りに魔力を集めて周囲を確認しながら走るムトに返事はない。
何度目かの角を曲がったところで、ようやくムトは口を開いた。
「んな、じゃあウォルシュはこの先、ワシが死ぬような目にあっても同じことをするんじゃな」
冷静な声でムトは走りながら言う。
「そんなわけないだろ! それとこれとは話が別だよ」
「んな、違わんよ。アレにも仲間や友人はおるて。ワシらはそういう人たちの代わりに生を受けたんじゃよ」
俺を担ぎながら、ムトは縦横無尽に街を駆け回る。
「……」
「んな、黙っててもしょうがない。ワシはウォルシュが何をするのかは知らんが、すべき場所は教えられとる。ひどい信頼じゃ。ワシらどちらかが折れれば失敗する作戦じゃと分からせといて、それを組み込むなんてな。あの三人を死なせたくないなら、やるしかあるまい」
まだ葛藤はあった。昨日今日どころか、今日の朝までは全くの他人だった人物たちだ。
ただ、正義は心の中にあった。それは俺も同じで、何事も無くこのまま逃げおおせられるほど、自分は甘くはない。そして、ほかに助けを求める時間があると思えるほどのバカでもない自覚はあった。
「やることはわかってる。ムト、目的地に行ってくれ」
「んな、あいあい」
遠くから聞こえて来る爆音は、誰かが住んでいるはずの住居を壊さないようにしてウィリアムズとアビゲイルと、そして銀髪の男が戦っている音だと瞬間的に理解できる。
段々と移動していくその音が向かうであろう先に、ムトは走っているようだった。
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