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存外魔法紋によって俺の脳に組み込まれた常識は規格外に寄っていたようで、結局その日の警ら隊の仕事が始まるまでに手のひらから魔力の塊をウィリアムズが出していたほどまで出すことが出来るようになっていた。しかしあくまでも魔法紋の物に関する能力だけが強化されたのだろう。最終的に余った時間でほかの基礎魔法も同じ規模出来るようになれないかと練習してみたが、少し増えたかなと感じる程度で大きさと意識を同時に保つことが出来なかった。
「まま、大きな魔力の塊をその速さでうてるだけでも相当に訓練が必要なはずだから、それを一日どころかそれよりもはるかに短い時間で習得しただけでもすごいことだと思っておけばいいよ」
俺の練習風景を眺めながらウィリアムズも自分のぜい肉を少しでも落とそうと訓練場を何周も走っていたため、自分以上に汗をかいている。確かに汗でしっかりと肌に引っ付くと警ら隊とは思えないような腹部のふくらみが嫌でも目に付いた。
「あの、ほんとにすみません……そのお腹、ちょっととはいえ仕事に支障が出るようなものですし……」
「あぁ、これなら大丈夫。この程度で支障が出るなら警ら隊なんてやってられないよ。それに前線に出るのはアビゲイル隊長とラッドの役目。僕は後衛でいろいろやるだけだし、殿も任されないからね。多少機動力が下がったとしても全然気にならないんだよ」
どこから取り出したのかタオルで自分の汗を拭きながらウィリアムズは言う。確かにそこまで動きが鈍重になっているようにも見えなかった。
どうやらさっき木偶人形を片付けた時にそこにあったものを持ってきていたらしい。ウィリアムズは俺にも一枚タオルを渡して汗を拭くように勧めてきた。運動を行うための衣服しか身に着けていなく気が付かなかったが、思っていた以上に汗をかいていたようだということが渡されたタオルで頭を拭いて分かった。
ちょうど二人とも汗を拭き終わったころだろうか。ラッドがまた訓練場のほうに入ってきて「おい。飯のあと少し休憩してから仕事の時間だ。祝福の子二人にも実践を見せたい。急ぐぞ」と言ってまたそのまま戻っていった。
訓練所から出ると、もうすでにテーブルの上には食事が用意されていた。どうやら先にこのメインルームの場所でラッドと一緒に訓練をしていたムトは配膳を手伝わされたらしい。「んな、ワシらも食えるらしいのじゃ」と言って俺の席を引いてくれた。
食事自体は簡素な物なのだろうと思っていたが、流石王都の中心部のギルド。肉に野菜、そして辺境ではめったにお目にかかることのできない瓶に入った水なんかをしっかりとバランスよく食べられるようなメニューになっていた。
すべての皿が空になり、一旦の食休みをはさむ。アビゲイルはまだ帰ってきておらず、俺含め何人かでテーブルの上の皿を全て片付けた。おおよその準備が整った頃だろう。ウィリアムズは手を叩いて俺とムトの方へと向く。
「さ! じゃあウォルシュくんとムトくんの初仕事だ。気合を入れて準備しないといけないね。アルベルト伯爵からは何か渡されているかい?」
「いえ、特に何も。正直言って祝福の子なら何もなくても生きていけるといったような教えられ方で育ってきたので……あと、ムトの分は?」
「ムトくんは……多分ローブの大きいのがあったからラッドがそれを支給してるかな。君はじゃあ僕のお古をあげよう。一応手入れはしてあるし、綺麗に洗浄も済ませてある。気にしないで使って」
「んな、間違いない」
あとはアビゲイルがそろえば……と言いながら、談笑は続く。警ら隊としての仕事は遅くとも大丈夫なのかと聞けば、どうやらむしろ遅く、そして人が少なくなってからが本番のような言い方だった。
しばらくしてアビゲイルが帰ってきた。
「我輩の帰還だ! と、言いたいところだが、巡回の時間だな。すまない皆、後れを取った」
相変わらずの古プレートアーマーを装備したまま、アビゲイルは奥の部屋へと引っ込んでしまう。
「よし! アビゲイルも帰ってきたし、準備を始めようか。巡回経路は……ムトくんにはラッドから、ウォルシュくんには僕から教えよう。大丈夫かい? ラッド」
その問いに対してラッドはサムズアップで答える。そして昼食兼夕食のそれらは片付けられ、また準備のためにバタバタとせわしなく人が動き出す。
各々の持ち物を保管しているロッカールームからウィリアムズは古い装備一式を見繕ってこちらに渡してきた。
渡されたのは攻撃に完全に耐えうるだけのフルプレートアーマーなんかではなく胸当てと籠手、大きく様々な物をひっかけ、収納できるベルト、そしてブーツだった。一つ一つ付け方を教わりながら装着していく。不安点だった「誰かが使った後」というものは全く感じなかったことが幸いだった。
「さて、今日の巡回ルートなんだけど、一応頭に入れておいてほしいのは人が居ないルートを通るってことだね」
俺に一式のおおよその着方を教えたウィリアムズは自分の装備を整えながら話し始める。全体的に一枚の布を折り縫ったようなそれをポンチョのように上から被るだけだったが、裏面には大きく魔術文字が刻印されていたことからもこれも一種の防具としての役割を果たしているのだろう。
「まず、イルカの地図は頭に入ってるかい?」
「いえ……とくには入ってないですね」
「OK。まあすぐに覚えると思うから。一応今日はムトくんと一緒に隊列……って言っても僕とラッドとアビゲイルと、あとサポートの数人だけど、その真ん中で仕事内容について知ってもらう感じかな」
頭の中でマッピングすることに関しては祝福の子全員が教え込まれた技術としてある。新しい街で生活していく上で最上級に必要なものだからだ。
「じゃ、出立だ。多分今日も何事もなく巡回が終わるだけだから安心して大丈夫だよ」
しかしその言葉とは裏腹に、この一晩から俺とムトの祝福の子としてのこれからを確定づける大きな事件に巻き込まれていく……。
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