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「勘違い……ですか」
例えば、魔力ってのはこうすることもできる。と言いながらウィリアムズは自分の手のひらを上に向ける。さっきも見たようにそこには風魔法が圧縮されてぐるぐると渦巻いており、発射準備は万端と言わんばかりにゆらゆらと揺れていた。
陽炎のように向こう側の景色を揺らめかせていたそれは、しかしウィリアムズはそれを射出することなく手のひらの上で雲散霧消させた。
「これは多分理解できるんじゃないかな。さっきのムトくんがやったように、君たちは指先から風魔法を発射できるだろうし、それをキャンセルすることができるのも感覚で分かるはず」
繰り返しなんどもウィリアムズは手のひらの上でその風魔法の塊を出しては消してを繰り返す。
「もちろんこれはそれ以外の基礎魔法全部に言えることだね。火も水も雷も、ウォルシュくんもできるはずだけど、ここまでで理解が及ばなかったところは?」
「ないです」
「それは重畳。アルベルト伯爵も粗悪な教育は施してないみたいだね」
次々と切り替わり手のひらの上では基礎魔法が展開されていく。しかしそのどれもが俺やムト……いや、魔法が得意だったニーナですらもできないほどに大きい。そして何よりも手のひらから少し離れた位置で浮遊しているのだ。
「ただ、その。そういうのが出来るかと聞かれるとあんまりできないかなって」
「ん? あぁ、威力の調整はむしろその歳でできる方がおかしいから気にしなくていいよ。剣術の訓練みたいにちゃんと練習して練り上げていくしかないものだから。ただ、問題はこっち」
そう言いながらウィリアムズは手のひらの上に紫色に光る灯火のようなものを出す。基礎魔法と同じように唱えていたものの、それはしかし見たこともないような輝きを秘めていた。
「ウォルシュくんが祝福の子ってことは、大体十一歳だよね。英才教育って言っても基礎魔法の最初の方しか教わってないと思うんだ。ムトくんのやっていたそれもそうだけど、基本的な火、木、水、雷、土の五つについての基礎魔法しか知らない、と思ってるんだけど……どうかな!?」
真面目な顔が一瞬で不安めいた笑い顔に変化する。カッコつけて講義していたものの、既に知っている話をもう一度聞かされているののではないかと不安がらせるような、そんな風体だった。
「残念ながら間違いないです。ニーナ……あ、俺とムト以外に居た祝福の子の一人なんですけど、そいつは結構ちゃんと色々しってたんですけど、俺は言ってもそこまで詳しくはなかったんで」
「それならじゃあ最初から。魔法紋を付けられて祝福の子はそれに特化するような常識を持つことによって逆にいえばまだ知らない部分も感覚的に行えるようになるんだよ。だから最低限の物事を子供の頃から仕込まれる。それでも普通の人より何年か早く、だけどね」
そして本題、とウィリアムズは切り出す。
「これは魔力をそのまま出している状態なんだよ。基礎魔法への変換を行わずに手のひらの上にただただ浮かせている状態。だから何かに当ててもこうなるだけ」
その紫色の灯火をウィリアムズは俺の方に飛ばしてくる。ふわふわと漂いながら空中を渡り俺の鳩尾へとぶつかったソレは、しかし何の衝撃もなく俺の体の中にトプンと吸収された。体に不調が出る、というわけでもなく、逆に体調が良くなるというほどのものでもない。ただそれがきてぶつかり、雲散霧消しただけと言い換えても良いものだった。
「特に何も感じない……です」
「そう。まぁこれの応用魔法が回復魔法になるんだけどそれは置いておいて、基本的にこれは何も起こらないし、何も起こせない。強いて言うなら魔力の譲渡ができるくらいだけど、実際に触って直接魔力を送り込む方が何倍も効率が上だからさっさと魔法を習得させたい人ほど教えない技術なんだ」
ただ、じんわりとその吸収された魔力が自分の体の中に染み渡っていくような感覚がある。そこで俺は一つの可能性、というか答えに辿り着いた。
「つまり、相手に触らなくても魔力が送り込めて、俺の肥育魔法もそういう方向性で伸ばしていくべきだ、ってことですか」
「お、飲み込みが早いね。その通り。魔力の放出は簡単だよ。基礎魔法の詠唱には魔力のバロメータの極端な差をつければ良かったわけだ。ウォルシュくんも指先から風魔法を出す時はそうしている……感覚的に、って部分もあるかもしれないけどね」
じゃあ、どうすれば良いと思う? という問いが続けて出される。バロメータを極端にブラせば基礎魔法につながるということならば、その中間点を狙えば何にもならないものが出来上がるのではないだろうか。
指先を見つめながら自分の手に力を込める。他の魔法のように力を込める向きに気をつけるのではなく、真ん中の芯を捉えるようにイメージをすると、指先から紫の光がポッと灯る。それは案外簡単で、ある意味他の魔法と比べると多少の力加減がアバウトでも大丈夫なのだと確信させられた。
ゆらゆらと揺れるそれは指先から発射してみるとゆっくり前に進み、そしてウィリアムズの肩に当たって消え去った。
「うん。まぁ基礎魔法ができていればこんなもの余裕なんだけど、まあそれでもよくできました。じゃあ次。この魔力は他の基礎魔法と違って体内に魔力として吸収されるんだ。だからこの魔力に特異性を付け加えるとそれは十分に魔法たり得る。基礎魔法が外側へのものならこっちは内側への応用魔法だ」
例えばこんなふうに、と言いながらウィリアムズは俺の足に魔力の塊をぶつける。それは吸収されているものの。しかし何かあるわけでもない。
「さ、じゃあ軽く走ってごらん」
言われるがままに俺は右の脚を踏み出す。その一歩軽く踏み出した足は、しかし自分が走っていたと錯覚するほどに早く進むことができた。
「これが強化魔法だ。って言っても僕にもこれくらいしかできないし、こんなのに自分の魔力を使うくらいなら普通に走った方が早いから基本的には魔法使いの中でもバッファーってひとたちが使うだけなんだけどね」
そうは言うものの、それはあくまでもそれを知っている人が考える考え方である。自分のような基礎しか知らない者に対してはそれはまるで出来なかったことを後押しするようなものと同じ効果である夢のようなものと同格だった。
今居る小さな訓練場を何往復もしていると、段々と自分のスピードが落ちていくことがわかる。自分の中で足を速くする魔力がつきはじめ、素の足に戻り始めたということを表していた。
「時限式かぁ」
「がっかりすることじゃないよ。肥育魔法は家畜に対して唱えるものだけど、君は相手の体内に魔力を送り込んでその魔力を具現化させるんだから、まず消えることは無い。あくまでも足を速くするってなるとだんだん消えていくってだけさ。じゃあまずさっきの魔力の塊を出してみて」
言われた通り、指先に意識を集中させて紫の小さな明かりを灯す。
「それに意識を集中させながらやりたいことを思い浮かべるんだ。僕もこれに関してはあまり詳しくないけど、感覚は君の魔法紋が君に一番効率的な方法を教えてくれている」
イメージ、イメージ、イメージ。太らせる、イメージ。いや、染み込んで気体が液体に変化するようなイメージ。空気のような魔力が相手の体内で液化する。
「OK。どうしようかな……そんなの僕が食らっちゃうと警ら隊としての仕事が大変難しくなる可能性があるんだけど……まぁいいか! 僕も肥育魔法が対人にどう作用するかはちょっと気になるし、気にせずに僕にうっちゃって」
ウィリアムズに打つ、それならば少し出力を調整するべきだろうと瞬間的に把握して指先のそれの濃度を下げる。新しく魔法を唱える方法を覚えている最中なのにも関わらず、なぜか感覚で全てを理解できるほどに簡単に、しかも確実に実行することができた.
紫色の光の玉はゆっくりと空中を進み、ウィリアムズの鳩尾に入って吸収される。しかし吸収されたにもかかわらず全く見た目は変わらなかった。しかしウィリアムズは自分の体の違和感に気がついたのだろう。自分の服をめくって自分の体を確認する。
晒された素肌には間違いなく冒険者や警ら隊として活動する者にはあり得ない贅肉で少しだけ膨らんだ腹があった。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
自分の魔法の影響でウィリアムズの体がだらしないものに変わってしまった。それに対して俺は焦るしかない。今のところ不可逆であり、治すためには自力で痩せるしかないのだから。それはつまり警ら隊の一員を使い物にならなくしたと言っても過言ではない。
「あー、普通に太っちゃった。大丈夫だけど……アビゲイルにまた殴られるなぁ。あ、ただ魔法自体は成功だね。さすが祝福の子。初めてでここまでできるのはもう才能だね。じゃあ最後に基礎魔法と同じくらいの速度で打ち出せるようになったらそれで大体の最初教えることは終わりだよ」
ウィリアムズは怒られると言いながらも一つも気にしていない様子で話を続け始めた。弾速を上げる練習の間に聞いたのだが、警ら隊としての仕事を行なっていればこの程度すぐに落とすことができるらしい。それほどまでにハードなのかと聞くとそうではなく、ただウィリアムズ自身の武器が重い盾であることやそもそも結構動くことが好きだからという理由らしかった。
自分のこの能力は安易に人に唱えてはいけない。出力をもしさっきのままで出していたらどうなっていただろうか。その不安感は制御ができる分自分には余剰な力のように思えて怖かった。
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