罪人狩りの悪逆令嬢は転売ヤーを滅ぼしたい
この小説には以下の要素が含まれます。
・なんか色々おかしい。
・悪役令嬢とは何だったのか。
・転売ヤー絶許慈悲無。
以上をご確認の上、ご拝読ください。
暗闇の町の中を駆ける者がいる。
頭に黒布を被り、鼻の下辺りで固結びにして、ついでに風呂敷を抱えたその姿は、まさしく泥棒。
「盗人め!御用だ!」
その泥棒を追うのは、十手を片手に走る年若い青年。
それと、青年の左右に付き従う――十数人の褌一丁の筋骨隆々とした漢達。
「御用だ!」「御用だ!」「御用だ!「御用だ!」「御用だ!」
指先をピンと伸ばしながら、ゴリゴリドスドスと言う擬音が聞こえてきそうな勢いで泥棒を追い掛ける。
「(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ捕まったら絶対ヤバイ奴だアレ!)」
想像してほしい、筋骨隆々とした十数人の褌一丁の男達が野太い声を上げながら迫りくるその光景を。
そんな追われている泥棒からすれば、それは恐怖でしかない。
しかし泥棒もその道のプロだ、上手く裏道を通って褌男達をやり過ごす。
どうにか逃げ切れたと安堵する泥棒はその場で座り込む。
「ここまで来れば一安心ですわね」
「あぁ、なんとか逃げ切れて……え?」
自分は今、誰と話していた?
しかも、女の声。
ギギギギギ、と震えながら泥棒は自分の背後を恐る恐る振り向き……
「ぎぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァ!?」
先程の泥棒の悲鳴――と言うか断末魔のような声が響く。
「むっ、今のはどこからだ!?」
青年は断末魔を聞き付け、その声の方へ向かう。
裏路地の奥、そこに見えたのは。
「あら団長さん、お勤めご苦労様ですわ」
ド派手な金髪縦ロールをしたお嬢様が一人。
そして、
「ごがあがあがががぁ!!や、ひゃめ、やむぇ、くえ、ひ、ひぶぅ!!」
簀巻きにされて身動きが出来ない泥棒の鼻に、釣り針を差し込んで吊り上げている様。
「ちょっ、お嬢!あんた何やってんですお嬢!?」
団長と呼ばれた青年は十手の先を、お嬢と呼ぶ金髪縦ロールに向ける。
「何って……盗人を捕らえましたので、拷問しているところですのよ。なに、拷問のひとつやふたつ、"悪役令嬢"なら当然のことですわ」
自らを悪役令嬢と称する金髪縦ロール――『アリア=ウィンスレット』は、泥棒を鼻から釣り上げた状態で、さらに往復ビンタまでする。
もちろん、指の隙間には画鋲を仕込んだ状態で。
「ひゃーっはっはっはっ、早く情報を吐かなければ顔が蜂の巣になりますわよ?」
「がびゅっ!ぎびゅっ!ぐびゅっ!げびゅっ!ごびゅっ!」
画鋲の先が泥棒の頬に穴を空けては血が滴る。
「待ってくださいお嬢!そいつ死にますからお嬢!やめてくださいお嬢!」
「あら、別に死んだところで構わないでしょう。人が人を殺せば犯罪ですが、人が虫を殺しても罪にはなりませんもの」
「なに真顔で恐ろしいこと言っちゃってんのこの人ォ!?」
そこら中が血みどろになるほどの状態になって、泥棒はようやく観念した。あまりにも遅すぎる気がしないでもないが。
「は、ばあじばず!ばあじまばずがが!びゃべべぐばがび!」
「ほほほほらお嬢!話しますからって言ってますよお嬢!?」
さぁもういいでしょう、と団長は釣り糸をアリアから取り上げると、手繰り寄せてなんとか釣り針を泥棒の鼻の中から回収する。
「ゲボゲボッゴボッ……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!もう、もうこんなことしませんから!命、命だけは勘弁を!」
血と涙と涎と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、泥棒は許しを乞う。
だがそれを見たアリアは、
「さっさと情報を吐けと言っているのですよ、虫けらがいっちょ前に命乞いなどする権利などありません」
泥棒の頭でサッカーを始めた。
「がぼっ!?ごぎっ!?ぼばっ!?ぶげっ!?がびっ!?」
「あーもーお嬢!あんたはもう何もしないでくださいお嬢!」
アリア=ウィンスレット。
前世ではとある名族の公爵令嬢であったが、ある日突然なんの前触れも無く婚約者から罪状を理由に婚約破棄を言い渡され、あれよあれよの内に追放された。実際は何の後ろ盾や権力や人脈もない男爵令嬢を、心優しいと言う理由だけでその者を新たな婚約者にしようとするため、適当な罪状をでっちあげてアリアに婚約破棄を言い渡したのだが。
なんかもう百回見たようなお馴染みのテンプレ展開を迎えた後、追放された先で第二の人生など歩むようなご都合主義など起こるはずもなく、ましてや婚約破棄者を指差して嘲笑ってざまぁもう遅いも出来ないまま、野垂れ死んでしまう。
しかしなんの因果か大正ロマンっぽい日本に転生した。
その時よりアリアは「自分は生涯、悪役令嬢として悪逆外道鬼畜の限りを尽くそう」と心に誓った。
そして、大義名分を以て悪逆外道鬼畜を行える、町の自警団に雇われた。大分何かおかしいが。
悪役令嬢とは得てして有能である。その有能さに目を付けられない婚約破棄者こそが無能であり、社会の"害"である。
アリアはその有能なる辣腕を振るい、次々に事件を解決させていった。
しかしその手法は、お縄にした者を拷問して情報を無理矢理吐かせ、また次の罪人を捕らえて拷問すると言うものだった。
まさに、悪逆・外道・鬼畜の三拍子揃った、悪役令嬢いやいやもはや、『悪逆令嬢』である。
これにより、コソ泥達の間では『罪人狩りの悪逆令嬢』などと噂されている。
この世の悪を狩り尽くし、平和を(力尽くで)勝ち取るため、今日もアリアは罪人を捕え、拷問するのだ――。
血みどろで青痰まみれになり、赤いんだか青いんだかよく分からない、もはや原型を留めなくなった顔の泥棒から情報(と血反吐)を吐き出させたところ、この泥棒は悪代官と繋がっており、その悪代官の指示によって此度の盗みを働いたと言う。
密輸品を盗ませて手中に収め、金持ちに転売することで上前をはねる……それが悪代官の目的だという。
ようするに転売ヤーである。転売ヤー絶許慈悲無。
「おのれ悪代官め、手前の銭のためにそのようなことを……許せん!」
正義感に燃える団長は、怒りに声を荒げる。
隣に立つアリアも「許せませんわ」と怒りに身を震わせている。
普通なら義憤に駆られてのことだと思うところだが、残念ながらこの悪役令嬢に義憤と言う二文字などない。
「私よりも濃い悪役キャラなど、存在からしてあってはなりません!」
「そんな理由!?」
「しかも転売ヤーですと!奴らのせいで本来の買い手が品薄状態に困窮していると言うのに!これだから転売ヤーは度し難い!!」
「何言ってんの!?この人何言っちゃってんの!?」
「ですが転売行為そのものは罪になりません。法で裁けるならそれで一番なのですが、それが厄介で、本当に厄介なのです」
「そ、それはまぁ、そうですが……」
「法で裁けぬ悪党……団長さんならどうしますか?」
「どうするって……どうすればいいんです?」
「コレ、ですわ」
アリアは右手の親指を自分の首に向け、クイッと横一文字に引いた。
要約すると、『ヤれ』ということだ。
この日の晩から、団長の胃薬の服用量が増えたとかなんとか。
「げーはははははっ!新作!再販!限定品!残らず買い占めろ!そして転売じゃ!転売じゃ!定価の数倍の値段で、転売じゃーーーーー!!」
でっぷり肥え太った悪代官はゲラゲラと下品極まりない笑い声を上げながらふんぞり返る。
「ひょっひょっひょっ……悪代官殿、今後とも宜しくお願い致しますぞ」
痩せこけたちょび髭の小役人は、揉み手をしながらいやらしい笑みで悪代官に腰を低くしてみせる。
「いやはや、金持ち様々じゃわい。連中、自分が欲しいものならいくらでも金を積んでくれるからのぉ。おかげで私腹を肥やしたい放題じゃ」
隙あらば金品のひとつでも掠め取ろうと虎視眈々としている女官から酒を注いでもらい、悪代官と小役人は互いに杯を傾け――
「ひゃーっはっはっはっ、話は全て聞かせてもらいましたわ!」
どこからともなく高笑いが聞こえたと思えば、
ズドンと言う轟音と共に天井を突き破って、アリアが現れた。
「ファッッッッッ!?ききききき、きさ、貴様っ、どどど、どこ、どこから現れおった!?って言うか貴様ほんとに人間か!?」
驚きのあまり腰を抜かして股間部を濡らす悪代官。ちなみに小役人と女官たちは真っ先に悪代官を見捨てて逃げ出した。あるのは金と権力ばかりで、肝心の人望は皆無なことが浮き彫りになる構図である。
「天井のひとつやふたつをぶち破るくらい、悪役令嬢の嗜みですわ!」
「どこの世界の悪役令嬢の嗜みじゃそれは!?」
「ふふん、新作も再販も限定品も何もかも買い占めて転売するしか食べる方法を知らないバカ殿には分からないでしょう?」
「なななななっ、何を、何を言うか!転売行為の何がいけない!?」
「えぇい!法で裁けないと言う点を除けば紛れもない罪人風情がこの悪役令嬢たる私に意見出来る人権などありません!さっさと死ね!!」
「そこまで!?そこまで言うの!?いくらなんぼでも酷ない!?しかも最後ド直球!?」
アリアのあまりの物言いに泣きそうになる悪代官。
「さぁ転売ヤー!今こそ頭にカボチャを被って、『転売ヤーに反省を促すダンス』を踊る時です!」
びしすと方天戟(三国志最強の武将である呂布が使っていたとされる長大な戟)の切っ先を突きつけるアリア。今どこから出したんですかそれ。
しかしそこは仮にも悪代官、すぐに立ち上がって身構える。
「そんな名前からして恥ずかしい踊りなど踊れぬわ!」
………………
…………
……
「(おのれ、罪人狩りの悪逆令嬢めぇ……っ)」
「(転売ヤー絶許慈悲無……ッ!)」
「あっ、小判みっけ!」
「えっ!?どこどこ!?どこですの!?」
睨み合いの最中、不意にアリアの足元を指差す悪代官。
そしてそれに反応して足元をキョロキョロするアリア。
悪役令嬢を自称するだけあって、金にはがめついのである。
「ぶわぁかめ!見事に騙されおったわ!者ども!出合え出合えー!」
すると悪代官の合図に、襖を丁寧に開けながら用心棒達が次々に現れ、なおも小判を探しているアリアを畳の上に押さえ付けていく。
「あーれー!?」
方天戟も取り上げられ、あっという間に拘束されてしまうアリア。
「げーはははははっ!悪逆令嬢、敗れたりぃ!」
「くっ殺せ!」
「このまま一思いに打ち首にしてやるのも良いがその前に、ぐふふふふふ……」
ワキワキと手をいやらしくくねらせながら、くっころをしているアリアへと迫る悪代官。
あわや悪代官の魔の手がアリアを襲おうとするその寸前、
「お嬢ぉぉぉぉぉーーーーー!!」
アリアが突き破った天井から、団長が降って来た。
「団長さん!?いけませんっ、私など放って早くお逃げを!」
「何を言うんですお嬢!俺にとって、あんたは(町の治安維持のために)必要な存在です!」
「な、だ、団長さん……あなたは、そこまでして私のことを……?」
イケボでそんなことを宣う団長に何故かときめいて頬を赤らめるアリア。
「え、ちょっと待ってこの二人、この状況でなんかいきなりラブコメ始めたんですけど」
手をワキワキしていた悪代官は突然のラブコメ展開に戸惑うばかり。
そして、団長の手がアリアの手と重なった時。
「力が……愛の力が湧いてくる!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……、と言う静かな地響きと共にアリアの身体が光り輝き、団長もろとも用心棒達を吹き飛ばしていく。
「な、なんだこの輝きは!?ってかラブコメからいきなりバトルものにジャンル変わってるんだけど!?」
たじろぐ悪代官を前に、アリアの輝きはさらに増し、そして――
「パワーアップ♪」
ド派手なドレスから、フリフリの魔法少女チックなローブへと変化した。
「ちょおまっ!?大正ロマンに魔法少女とかアリか!?」
もはやツッコミが追い付かない悪代官。
「転売ヤーはお黙りなさい♪」
なんの容赦もなく、マジカルステッキから爆雷が放たれ、悪代官は消し炭と化した。
悪代官がアリアに討たれたことによって町の物流は元へと戻り、一部の金持ちだけが独占して物を得て、転売ヤーは私腹を肥やすということはひとまず無くなった。
だが法で裁けぬ以上、時が来れば第二第三の転売ヤーは現れるだろう。
アリアは改めて己に誓った。
ならば自分はこれからも悪役令嬢として、悪逆外道鬼畜の存在であり続け、罪人達と戦うと。
そんなわけで、
「ひゃーっはっはっはっ、罪人が転売ヤーの真似事などするからですわ!」
「ばひんっ!?びひんっ!?ぶひんっ!?べひんっ!?ぼひんっ!?」
「だからお嬢!釘バットで殴るのはダメですってお嬢!そいつ死にますからお嬢!いい加減にしてくださいお嬢!」
団長の胃薬の服用量もまた増えるのであった。
やっぱりどうしてこうなった。