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エッセイ集  作者: 山木 拓
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ある英語講師の方向転換


 これは、私が大学生の頃の話。

 大学には、中学高校と同じように英語の授業がある。それも大教室にて大人数でやるような規模ではなく、二〇人〜三〇人程度の小教室でのクラスで行う。だから教える側の講師との距離も近い。

 その時の人が少し変わっており、大学の講師というのにも関わらず、中々にアツい人だった。無気力で単位だけを欲しがる学生が大半の大学では、自ずと教える側も一生懸命ではなくなる。しかしこの人は、違ったのだ。


 その講師は常々語っていた。

「英語は、憶えれば出来るんです! 数学には発想力がいるし国語には読解力がいる。けれども英語は、純粋な記憶力の勝負です。単語を憶えていればなんとかなったりするんですよ!」

 まぁ確かに、その理屈は間違っていないと思う。リーディングもリスニングも、単語を直訳出来なければ正確に文章を読み取れない。実際に授業では、毎週前回習った単語を小テストとして出してきた。正直英語が苦手だった私からすれば、この取り組みは手厳しいものがあった。高校時代、毎回毎回何十問もの単語テストがあり、全くついて行けなかったのだ。しかしこの講師は私のような学生を出さないためにも、まずは授業で一〇個の単語をピックアップしてそれらをテストに出すと宣言し、他はランダムに五問だけ用意して、それぐらいの小規模で行ってくれた。


 他にもこんな事を語っていた。

「英文は、ゆっくり翻訳すればなんとかなるんです! 公式を覚えないといけない物理や前後の時代背景を覚えていないと理解できない歴史とは違うんです。どの名詞がどの形容詞に、どの形容詞がどの副詞に、と連携している部分を分解すれば、なんだかんだ和訳できるんですよ!」

 その説の正しさは、その講師と我々学生が身を持って証明し続けた。授業の中で、学生一人が英文一文を読んで、それを丸ごと和訳するという定番の進行方法があった。そこでは、スラスラ和訳出来るやつ出来ないやつ、和訳が簡単な文章難しい文章とそれぞれレベルの差も存在する。となると、私のような英語の苦手な人間が簡単な文章を和訳できないという惨めなパターンも当然起こりうる。そんな時でもその講師は、ゆっくり立ち止まって教えてくれた。いちいちその文章を全て黒板に書き出し、名詞、動詞とかを色分けして下線を引き、視覚的にわかりやすくしてくれた。そうしたら「まずこの単語はどこと連携してる?」とこちらに問いかけ、一つ一つ矢印で繋いで、複雑な英文を和訳しやすくしてくれた。


 その講師は、「英語は単語力」「英語は構文」この二つが大事だとずっと主張していた。


 わざわざ「どうしてそんなに一生懸命教えてくれるんですか?」なんて質問する学生はいなかったのだが、この講師が善人であると全員が認識していた。そのアツさを鬱陶しく思う瞬間がありつつも、慕いながら真面目に講義を受けていた。


 しかしある日のこと。その講師が宣言する。

「今回から、授業のスピードを上げようと思います。そして、最終回の授業はある映像を見る時間を作ります。飛ばすところは飛ばしていきます」

 今までは教科書の全文をみっちり和訳していたのだが、その日からは長ったるい文章や珍しい単語が入ってくる部分を先生がさっさと解説して進めていくようになった。じっくり進めるところはちゃんと見極めており、急についていけなくなる事も無かったので特に不満はなかったのだが、一体何の映像を見せられるのだと皆気になっていた。大方の予想は、海外の名作映画だった。中学や高校でもタイタニックとかハリーポッターとかを教材代わりに使っていた記憶があり、そんな感じだろうなと思っていた。


 そして迎えた最終回。スクリーンに映し出されたものは全員の予想を全く外れていた。先生が見せたかった映像、それはゴリゴリの日本のバラエティー番組。海外の文化やお祭りを体験しにいったり、秘境や絶景を見にいくみたいな内容のもの。確かに海外ロケには行くものの、現地の会話は全て翻訳されているので英語学習的な意義があるとは思えない。

 ただ、その講師はざわつく学生をよそに映像を早送りし、番組内のとあるコーナーがスタートするまで進めた。

「はい、ここからですね見て欲しいのは」

 改めて注目するように呼びかけると、『英語が全く喋れないおバカタレントがノリだけで現地の人と会話し指定された商品を買ってくる』という企画が始まった。タレントが訳のわからない単語を発するとスタジオと学生は爆笑に包まれ、会話が通じた際には謎の感動が起こり、なんだかんだ最終的には商品を見つけ、買う事が出来た。一通りそのコーナーが終わると、講師は映像を止めた。そして自身に注目を集めた。

 講師は言い放った。

「はい、見てもらってわかる通りです。英語はノリで通じます。皆さんも海外に行った際はノリを大事にしてください」

 私も、皆も、唖然としていた。

 確かに言わんとすることはわかるし、実際にそうなのだろうが、まさかである。


「以上です。来週の期末試験頑張ってください。お疲れ様でした」

 そうして講師は教室からそそくさと立ち去っていった。


 その時全員が心の中で、「あんたがそれを言うのか…」と呟いていたと思う。

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