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エッセイ集  作者: 山木 拓
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男はつらいよ 股間編


 大学新卒から建設会社に就職し、十ヶ月程度しか経っていない頃の話。

 私は痔になった。大便の度にトイレットペーパーに血がつくようになったのだ。とくに日常生活に支障をきたすようなレベルでは無いのだが、便通の際に出血の痛みを予感した事による躊躇いはある、こんな具合だ。また、本体を拭き切った後でもまだ少し血が出ている事があるので何度も拭き直す羽目になり、紙の消費が中々に早い。加えて血が止まったかと思ってパンツを履き、その後の仕事を終えて帰宅時に脱いでみると内側に少しついていた、なんて話もある。

 私はこの一連の出来事を特に恥ずかしいとも思わず、久々に会った友人と話せる笑い話ができたなぁ、なんて考えていた。それに会社の先輩で、痔の対策なのか分からないが、ドーナツ状のクッションを使用している人がいたので、飲み会等で「なんか新人の悩みあったりするの?」と話題に振られた時用に頭の片隅に置いておいた。テレビCMでもあんなに痔について堂々とカミングアウトしている。世の中は思いの外痔に寛容的と考えて良いだろう。


 そして実際に、友人とは飲み会の終盤の話題が無くなってきた時に聞いてみた。

「なぁ、痔になった事てある?」

 友人は無かったらしい。確かに中年のオッサンがなる印象だし、二十台前半の私のケースは珍しいのだろう。お互いそこの知識が薄かったので、友人が私の症状をいくつか質問した程度でこの話題は終息した。ちなみにあまりウケなかった。

 先輩には会社のビル一階にある自販機で一緒になった時、痔について聞いてみた。(さすがに会社の先輩と食事の席で肛門の話をするのは良くないと思ったのでこのタイミングにしておいた。)

「先輩って、痔になった事あるんですか?」

 先輩は「なんだ、お前も痔なのか」と笑いながら答えていたので、自ずと先程の質問はの回答は判った。曰く、座り方の問題もあるが、結局は座る時間の長さが問題らしい。図面のチェック、材料費の計算、あとは取引先や工事現場までの移動の車。このように単純に座っている時間が長いと、なってしまうのだとか。ただ先輩も病院には行っていなかった。私も、別に血便が出るとかそういうレベルでは無かったし、毎回出血する訳では無かったので放置していた。それで特に問題は無かったし症状が悪化する事も無かった。


 しかし一応気になったので、痔の原因だけは調べてみた。ネットの記事ではやはり先輩の話していた通り、座り方と座る時間が第一の原因と書いてあった。そしてストレスや風呂の習慣も原因とも語られていた。この風呂の習慣に関しては、難しい面がある。風呂を湯船に浸からずシャワーだけで済ませる人は痔になりやすく、さらに治りにくいらしい。私は一人暮らしなのだがこれは面倒な問題だった。要するに、わざわざ浴槽にお湯を張って入浴するのがかったるいのだ。毎晩毎晩仕事から帰ってきて、沸くのを待って、そんなことをしていたら寝る時間が無くなってしまう。私の中で睡眠が圧勝した。最早悪化も良化も、自然の成り行きに任せてしまおうと思うようになっていた。


 その後しばらくして、また別の問題が私の体に起きていた。

 若干ボカして表現しておくのだが、勃たなくなったのだ。いや完全にそうなったのではないが、少なくとも勃ちにくくなった。かてて加えて出るものも量が少なくなっていた。これにすぐ気づけたのは、私のルーティンの中にそれが組み込まれていたからである。

 私は家に帰った後も仕事が頭から離れないタイプだった。携帯電話のバイブレーションが鳴ったように感じたり、その振動が伝わった気がしたり、他にも「何かを忘れているのではないか」「明日の朝やるべき事は何だったか」等とずっと考えてしまう。帰りの電車も、食事中も、布団に入ってからも。唯一忘れられた時間が風呂の中だった。なぜならば風呂場に携帯電話は持ち込まないから。風呂にいる間は着信に気づかないし、電話に出ないで済む。会社との連絡手段を、完全に切り離せる部屋だったのだ。しかし風呂場でも頭は回転している。だからこそ私は思考も切り離すために、勃たせて出す行為に集中を割くようにしていたのだ。それがバロメーターの代わりとなっていた。だから、私の体の異変にすぐに気づいた。

 さすがにこれは周囲に相談できなかった。友人にも、先輩にも。私は自分で、その原因を調べていた。ネットの記事では、加齢以外の原因でそうなるのは、座りすぎかストレスか風呂の習慣が原因とされていた。特に自転車に乗りすぎるのは良く無いらしい。ただ私は学生時代自転車に乗っていたものの、今はそうではない。

 よくよく考えてみると原因は明らかだった。ストレスである。私は新入社員で、ミスをするのも当然で、だからこそ怒られるのも当然だと思っていた。威圧的な態度や言動を取られたり、今後の展望を不安にさせるような説教を受けたり、あとは「お前にはもう教えない」とか「なんだその態度は?」と言われたり。これを当然と思っていたのだが、いつしか会社の先輩が間に入るようになっていた。「まぁあの怒り方はナイわな」と、痔について語り合った自販機の前で缶コーヒーを奢ってもらった。

 その後は色々あってその上司にブチギレて携帯電話を投げつけ、退職し、ゆっくりと転職活動をした。ハードワークの代わりに高給の建設会社であり、当時の業界は若干好景気だし、ボーナスも多めにもらっていたのでそのような決断をとれた。程なくして元通り勃つようになった。


 しかしその中で一つ、男の辛さを知った。(ここからが私の伝えたかった事だ。)

 勃ちにくくなり、出にくくなった際に調べたネット記事ではこんな内容もあった。

「浴槽に入る人は、睾丸の温度を高めてしまうので機能が低下しやすくなる」

 これだ。本来睾丸は胴体から距離を離す事で、体温と比較して低温に保ち、その能力をキープしている。しかし湯船に浸かるとこれが成立しなくなる。確かにそれは科学的に証明されているし、正しい話なのだろう。

 ここが問題点だ。湯船に浸かる人は性機能が低下しやすい。しかし湯船に浸からない人は痔になりやすく、治りにくいのだ。そもそも男は仕事で座りっぱなしの人も多数いるだろう。何をどう足掻いても、詰んでいる。何かを守ると、何かを守れなくなる。なんと矛盾した股間なのだろうか。


 これこそ本当の意味で、「男はつらいよ」だ…。


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