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第四話

「……悪いけど、もう一度言ってくれないか? 俺に弥生ちゃんの何になってほしいって?」


「え? あ、それはその……」


 弥生ちゃんの純白の肌に微かに朱色が差す。


 別に俺も意地悪で訊ねているわけじゃない。ただあまりにも唐突かつ、ありえないことを言われたから聞き間違いの可能性を疑っているだけだ。


 しかし弥生ちゃんはモジモジするばかりで、答える様子がない。


「今弥生は、達也に恋人になってほしいってお願いしたんだよ」


 どうしたものかと悩んでいると、深夜が助け舟を出してくれた。


「……マジ?」


「うん、マジだよ。恋人になってほしいなんて、冗談じゃ言わないよ。ほら弥生も、モジモジしてないでちゃんと説明しなよ」


 深夜に促されて、弥生ちゃんははっとする。


「……そうでしたね。申し訳ありません、先輩」


 謝罪をしてから、話の続きを始める。


「先輩に恋人になってほしいとお願いしたのには、ちゃんと理由があります」


「理由っていうと……やっぱりストーカーの件か?」


「はい、先程大事にしたくないとは言いましたが、このままストーカーに怯えて過ごすなんて、私はごめんです。だから、穏便かつ確実にストーカーにいなくなってもらうための方法を私は考えました」


「……それで俺に恋人になってほしいなんて言ったのか」


 その通りだと認めるように、弥生ちゃんは小さく頷いた。


「そうです。先輩にはストーカー対策として、私と偽物の恋人になってほしいんです。私に彼氏がいると分かれば、そのストーカーも諦めてくれるかもしれませんから」


「その程度のことで諦めるような奴がストーカー行為なんてするか? もし諦めなかったらどうするつもりなんだ?」


「その時は警察に相談します。できるだけ大事になるのは避けたいですが、背に腹は代えられませんから」


 確かにストーカーに危害を加えられるよりは、多少注目を浴びるようになる方がマシか。


「どうでしょうか先輩。この話、受けていただけませんか?」


 澄んだ瞳が俺を見る。


 普段この顔のせいであまり長い時間見つめられたことのない俺は、当然ながら見られることにあまり耐性がない。


 なので、年下の女の子相手だというのに少し動揺してしまった。


 そんな醜態を悟られまいと、俺は弥生ちゃんに訊ねる。


「そ、その恋人って、俺じゃないとダメなのか? 他の男……例えば深夜とかじゃダメなのか?」


「いやいや、どう考えてもダメでしょ。顔の造りが似てるから、兄妹だって一発でバレるよ」


 そりゃそうか。美男美女カップルの方がストーカーを騙せると思ったが、二人は兄妹で顔もそっくりだから無理か。


「だとしても、俺じゃ弥生ちゃんと釣り合いが取れてないから、恋人に見えないと思うぞ」


「そうかな? 僕は悪くないと思うけど」


 深夜は呑気なことを言う。こいつは親友だから、きっと俺に対する評価が甘くなっているんだろう。


 考えてもみてほしい。息を呑むほどの美少女と泣く子も黙る凶悪な面の男。この二人が付き合っていると聞いて、どれだけの人が信じてくれる?


 少なくとも俺なら信じられないな。脅されて恋人になっていると言われた方が、まだ信憑性があるというものだ。


「何より深夜は偽物とはいえ、俺みたいな男にに大事な妹を任せていいと、本気でそう思っているのか?」


「もちろん。むしろ大事な妹だからこそ、僕は達也に任せたいんだ。任せるなら、一番信頼してる親友がいいからね」


 と、嬉しいことを言ってくれた。


 何だ、こいつの俺に対する妙な信頼感。ちょっと怖くなってきたぞ。


 深夜じゃ埒が明かない。俺は話す相手を変えることにした。


「……弥生ちゃんは、本当に俺でいいのか? 後悔しても責任は取れないぞ?」


「後悔なんかしません。兄さんが信用しているというのはもちろんですが、私も多少は先輩の人となりを知ってるつもりです」


 正直、弥生ちゃんとの仲はそこまで深くない。深夜の家に遊びに来た時、軽く顔を合わせる程度の浅い付き合いだ。


 だからこの信頼は、きっと深夜と仲がいいからこそのものだ。でなければ説明がつかない。


「それとも先輩は、私と偽物とはいえ恋人になるのは嫌なんですか?」


「別に嫌ってわけじゃない。ただその……俺って顔が怖いだろ? そんな俺と恋人になったせいで、変な噂が出回って弥生ちゃんに迷惑をかけないかが心配なんだ」


 噂なんてのは割と簡単に、それでいて突拍子もないものが流れるのが常だ。


 中学時代の俺は、ヤクザの息子、前科持ち、元死刑囚といった噂が流れたこともある。おかげで中学時代は、深夜以外の生徒とはまともに会話すらできなかった。


 そんな俺のせいで弥生ちゃんの学校生活に支障をきたすような事態になるのは、流石に申し訳ない。


「構いません。人のことを外見でしか判断できないような愚かな人たちに何を言われようと、私は気にしませんから」


 弥生ちゃんは、とても勇ましいことを言った。


 凄いな。俺ならおかしな噂を流されたら三日はヘコむのに、この子はものともしないというのか。


 俺よりも年下なのに、何て強い子なんだろう。俺もこの心の強さを少しは見習いたいものだ。


 そこで深夜も会話に加わる。


「まあ、達也もそんなに重く考えなくていいよ。あくまで偽物の恋人だから、ストーカーがいなくなれば解消するわけだし。もちろん本気になってくれても、僕としては全然構わないんだけど」


 深夜は、あっけらかんとそう言った。随分と軽い調子で言ってくれるものだ。


 深夜以外友達のいない俺には、当然ながら恋人なんてこれまで一度もできたことがない。


 だからストーカー対策の偽物とはいえ、弥生ちゃんのような美少女と恋人なんて軽く考えられるようなことじゃない。


 偽りでも弥生ちゃんレベルの可愛い子が彼女になるなんて、天罰が降りかかってもおかしくないことだ。


「どうでしょうか、先輩。私と恋人になってもらえませんか?」


 縋るような瞳が、俺に向けられる。


 正直、彼氏役は俺には荷が重いように感じる。とてもではないが、期待に応えられるとは思えない。


 ――けれど、年下の女の子にここまで言われて断れるほど、俺は人でなしではない。


「……分かったよ。弥生ちゃんがそこまで言うのなら偽物の恋人、やってみるよ」


「…………! ありがとうございます、先輩」


 弥生ちゃんは感謝を告げた。


 心なしか声音が弾んでいるように聞こえるのは、きっと気のせいではないはずだ。


「ただ、ちゃんと彼氏らしく振る舞える自信はないから、あんまり期待はしないでくれよ?」


「問題ありません。私は先輩にそこまで多くを求めるつもりはありませんから」


「そ、そうか……」


 それなら気が楽だと安堵すべきなのか、それとも期待されてないと嘆くべきなのか。この場合は、どちらが正解なんだろうか?


 いやまあ、せっかく頼ってくれたのだから全力を尽くす所存ではあるが。


 こうして俺に、仮とはいえ生まれて初めての年下彼女ができたのだった。


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