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第三話

 深夜が部屋を出た後、残されたのは俺と弥生ちゃんの二人だけだ。


「「…………」」


 耳が痛くなるほどの静寂が場を支配する。ここまで重たい沈黙、生まれて初めてだ。というか、沈黙ってこんなに重苦しくなるものだったのか。


「や、弥生ちゃんも座ったらどうだ? ずっと立ちっ放しっていうのは、辛いだろ」


 俺一人だけ座っているのも気マズいので、とりあえず座るよう促してみた。


「そうですね。このまま立って待つのもあれですし、そうします」


 弥生ちゃんは俺と向かい合う形でローテーブルの前に座る。


「「…………」」


 再び、互いに無言となる。


 こういう時は年上として、こちらから話しかけるのが正解なんだろう。


 しかし長年、目を合わせただけで逃げられるか泣かれるかしかされてこなかった俺には、難易度の高すぎる話だ。


 しかも今目の前にいるのは、可愛らしい女の子。女の子とのコミュニケーションの取り方なんて、俺は知らない。


 俺は何とか脳みそをフル回転させて、この沈黙を吹き飛ばせるようなホットな話題がないかと思索に耽る。


 そうして考え抜いた末に導き出したのは、他愛ない雑談のような話題だった。


「あー……弥生ちゃん、学校はどうだ? 慣れたか?」


「はい。入学式からもう一ヶ月経ってますから、むしろ慣れてない方がおかしいとは思いますが」


 弥生ちゃんは、そっけない態度で答えた。


 ……何か少し棘を感じる気がするが、きっと気のせいだろう。


「……そういう先輩こそ、学校生活はどうなんですか?」


「まあ、ボチボチかな……」


 実際のところは深夜以外ではクラスメイトとすらまともに会話できない状況だが、わざわざそのことを言う必要はあるまい。


 仮に話したところで、憐れまれる未来しか見えない。


「「…………」」


 そして迎える三度目の沈黙。自分のコミュ力のなさに、涙が溢れそうになる。


 最早俺に打つ手はない。深夜が戻ってこない限り、どうしようもない。


 ――お茶とお菓子なんてどうでもいいから早く戻ってきてくれ、深夜!


 胸中でそんな叫びを上げながら、親友が一秒でも早く戻ってきてくれることを願った。






 十分も経たない内に、深夜は飲み物とお菓子を載せた盆を持って部屋に戻ってきた。


 おかげで気マズい雰囲気も払拭された。今日ほど、親友の存在をありがたいと思った日はない。


「それじゃあ、話を始めよっか」


 空気が弛緩したところで、まず深夜はそう話を切り出した。


 やっとかと思いながら、深夜の話に耳を傾ける。


「実は最近、弥生が誰かに付きまとわれてるみたいなんだ。時折、下校時に変な視線を感じたりするらしい」


「それってつまり……ストーカー被害に遭ってるってことか?」


「うん、その通り。二週間くらい前かららしいんだ」


 想定していた以上の大事に目を瞬かせる。まさか弥生ちゃんがストーカー被害に遭うとは……。


 弥生ちゃんの整った容姿ならそういう輩が出てもおかしくはないが、知り合いに被害者が出るのはあまり気分のいいものじゃないな。


「しかもここ一週間は付け回るだけじゃなくて、差出人不明の気味の悪い手紙まで届くようになってね」


 そこで一旦口を閉ざすと、深夜はどこからともなく封筒を取り出してこちらに放ってきた。


 中身を確認してみると、そこにはワープロ特有のお手本のような綺麗な文字で作られた手紙が入っていた。


 しかし肝心の内容に目を通した途端、俺は思わず顔を顰めてしまった。


 内容はどれも『愛してる』や『付き合おう』とか『結婚しよう』といった、好意を示すものが大半だ。


 これが同級生からなら微笑ましいラブレターにも見えるが、差出人がストーカーとなると話は別だ。軽いホラーだ。


 正面に座る弥生ちゃんの様子を窺う。きっと恐ろしい思いをしただろうに、彼女は手紙を前にしても顔色一つ変えていない。


「警察に相談とかは……」


「してないよ。警察は実害が出ないと動いてくれないし、何より弥生があまり大事にしたくないって言ったからね」


 確かに警察が動いたら大事だ。もしかしたら、学校で噂になったりもするかもしれない。まだ入学して一ヶ月で、変に注目も集めるのは誰だって嫌だろう。


「……ストーカーする人間に心当たりとかはないのか?」


 俺は深夜に訊ねたつもりだが、答えたのは弥生ちゃんだった。


「ありません。そもそもどうして私なんかのストーカーをするのか、全く理解できません。もの好きもいいところです」


「…………」


 どうやら弥生ちゃんは、自分の優れた容姿をあまり理解できてないみたいだ。これじゃ犯人を推理するのは難しそうだ。


「けど、そのことを俺に話して何がしたいんだ? 話を聞いた感じだと、俺にできることはなさそうだけど……」


「いや、そんなことはないよ。むしろ達也だからこそ、できることがあるんだよ」


「俺にできること……?」


 自慢にもならないが、俺にできるのは目を合わせた相手を泣かせる、もしくはビビられることぐらいのものだ。


 あ、もしかして俺の強面を利用してストーカーを寄せ付けないようにするとかか? 確かにそれなら俺にもできるな。


 このコンプレックスが人の役に、それも親友の妹のためになるのなら喜んで手を貸そう。


「……なるほどな、話は大体分かった。そういうことなら任せてくれ、深夜。ストーカーなんか、俺の凶悪犯面で追い払ってやるからさ」


「追い払う? ええと達也……何か勘違いしてない?」


「勘違い? 俺の強面でストーカーをビビらせて追い払うんじゃないのか?」


「全然違うよ」


 深夜はきっぱりと断言した。


 何だ、違うのか。けど俺の強面を利用しないなら、いったいどうするつもりなんだ?


「僕から説明する――って言いたいところだけど、ここは当事者が説明するのが筋ってものだよね。弥生」


 深夜は弥生ちゃんに水を向けた。


「……兄さん、約束が違いますよ。兄さんから説明してくれるって言ってたじゃないですか」


「ああごめん、あれ嘘だから。約束でもしておかないと、恥ずかしがり屋の弥生はこの場に来ないと思ってね」


「う……」


 図星を突かれたように固まってしまう。


 弥生ちゃんって恥ずかしがり屋なのか? 昔からツンとした態度で大人びていたから、あまり想像できないな。


「何より、頼み事をするなら自分の口からっていうのが当たり前だよね?」


「…………!」


 その一言が決定打となったのか、弥生ちゃんは俺の方に向き直ると意を決したように口を開く。


「先輩には――私の恋人になってほしいんです」


「……はあ?」


 それはあまりにも脈絡のないお願いだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 二人の会話がなくなるところがじわじわ来て面白いw
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