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新たな守護者04




 ――血塊石とは何か。

 数多くの賢者たちが調べ、数多くの魔導師たちが研究してきた今でも、その正体はよくわかっていない。




 ある者は大地の精の結晶であると言い。




 ある者は古代文明の兵器であると言い。




 またある者は空の果てから飛来した星のカケラだと言う。




 実際のところがどうなのか、俺は知らない。

 わかっているのは、それが強い魔力と何らかの意志を持ち、迷宮を生み出すということ。

 そして生物を魅了して守護者ガーディアンへと変えることだ。

 守護者となったものは迷宮内で血塊石を守り、少しずつ魔力を吸いながら強力な魔物へと変容する。

 やがて血塊石の魔力が尽きる。

 すると守護者は魔力を求めて迷宮を抜け出し、外で暴れ出す。



 ――それが一般的な守護者と血塊石の関係だ。


 

 ではこのケースはどうか。

 守護者となったものが生まれながらの魔法生物であるベヘモット。

 かなりヤバい。


 しかも血塊石からゆっくり魔力を吸うのではなく、食べて吸収してしまった。

 さらにヤバい。


 というかもう目に見えるレベルでヤバい。

 ベヘモットの体躯が急激に膨らみ、標準的な成体を越えて成長している。

 魔力が肌を灼きそうなほどに放射され、皮膚の色が赤く変わっていく。

 刻まれていた全身の刀傷もみるみるうちに塞がり、潰れていた目も再生する。



 そして――咆哮。



 鼓膜が破れんばかりの大音量が空洞内に響き渡り、思わず耳を塞ぐ。

 同時に地面や壁面にブロック状の線が走り、迷宮化が急激に進行していく。

 天井に咲いていた涙草が青い燐光と共に降ってくる。

 だが、そこに美しさを見出すには状況が切迫しすぎていた。



 ――決断すべきタイミングだ。

 撤退するか、『使う』か。

 俺はいつも遅すぎることで後悔してきた。

 だから今度こそ、そうなる前に――そう思っていたのに、後ろにいるキトラの顔を見た瞬間、躊躇してしまった。


 そしてその一瞬の間に、クラウスは駆け出していた。


「っ! 待て――!」


 俺の声は届かない。

 銀色の鎧を着た騎士が一条の光のように赤いベヘモットに突っ込んでいく。




 ベヘモットが嗤った。




 ぞわりと総毛立つ。

 背筋を冷たいものが走る。

 ベヘモットの体に紫電が散り、そしてコードリングが体を包む。


「ばっ――」


 馬鹿な、という言葉さえ紡げないほどに、それは異常な光景だった。

 人間以外の生物が電脳魔法を使うなど、いまだかつて聞いたことがない。


 もちろんそれは構成を見ればあまりにお粗末で、無駄が多く、意味不明な文字列を長々と使って願望を書き連ねた、スパゲティコードと呼ばれる類のものだったが、それでも魔法は発動する。


 ベヘモットが自らの足元を殴る。

 それと同時にクラウスの足元から太い水晶柱が突き出てきた。


 だが――クラウスの体は貫かれなかった。

 ふわりと綿のように柱の上に立つ。


「『月雀の羽根』か――!」


 俺が渡した魔道具だ。

 念じれば一瞬だけ体を羽のように軽くするというアイテム。

 あんにゃろうめ。どんだけセンスがいいんだ。  


 そしてそのまま跳躍した。

 狙うは眼球。それも斬るのではなく串刺しにし、頭の中を抉り抜く構え。

 それをサポートするべく俺も瞬時にコードを組む。


「『アイシクルランス』!」


 十四個のコードリングが爆ぜ、氷の槍が十四本、ヤツの両腕を穿って反撃を阻止する。

 無数の氷槍の重みにだらりと下がる腕。

 そして突き立てられるクラウスの剣。彼はそのまま腕を突き出し、肘までベヘモットの眼窩に埋める。


「――やったか!?」


 そう思った瞬間、クラウスは後方に跳躍した。

 そして一瞬前まで彼がいた空間をベヘモットの鼻――筋肉でできた触腕が通過する。そうか、ヤツにはあれもあったな。


 っていかん。

 攻防に見惚れている場合じゃない。

 ヤツの危険度はもはや測定不能。

 俺の躊躇はパーティの壊滅につながる。

 だから――


「キトラ!」

「う?」

「――悪い、使うぞ!」


 俺が告げた瞬間、キトラは嬉しそうに笑い、そして目をつむった。

 次の瞬間、一切の表情が消える。

 まるで人形のように、らしくない顔になる。

 次に彼女が目を開いたとき、俺の脳内に声が響く。


『感情及び人格処理を凍結』

『記憶領域を最大圧縮』

『魔力波によるダイレクトリンク接続確認』

『システム、起動します』











『ハローワールド』











『コマンドを入力してください』


 頭の中に響く冷たい声に歯噛みしながら俺は告げる。


「敵性体ベヘモットの魔法及び魔力の分析」

『実行します。完了しました』


 視線の先ではベヘモットの触腕からクラウスを守るため、シアンが『アイスシールド』を張っている。そのコードの構築も、先程よりずっと細かく見える。

 ベヘモットの、願望を書きなぐったようなコードとは違う、まっすぐで正しく、美しいコード。


 ベヘモットが対抗するようにまたコードを組む。

 汚く長ったらしいそのコードを見た瞬間、効果が脳内で演算される。

 針山みたいに水晶を無数に突き出して地面の上のものを全部ズタズタにする魔法。


 ――させるかよ。


 俺はアイツらのパーティメンバーで――引率の先生なんだからな。


「魔法分解」

『実行します。完了しました』


 ベヘモットの展開していたコードリングが砕け、その魔力が吹き荒れる。

 狭い空間の中を竜巻のような魔力が突き抜けた。


 シアンがシールド越しに無数の疑問符を浮かべた表情をし。

 ベヘモットも耳をパタパタと動かしながら周囲を見渡す。


「――こっちだぜ、デカブツ君」


 大きな耳で俺の声を拾ったのか、ベヘモットがこっちを向き、充血した三つの目と空洞になった一つの眼窩で俺を見る。

 そして槍だらけの両腕をぶらぶらさせながらこちらへ走り出した。

 ずしんずしんと響く足音。

 揺れる大地。

 迫りくる大質量の生物。

 だが――今の俺には見えている。

 血塊石を取り込んだことで、在り方を大きく変えてしまったヤツの中枢が。

 ヤツをヤツ足らしめている、魔力の流れが。


「魔力分解」

『実行します。完了まで5――』


 ベヘモットの体から急速に魔力が抜けていく。

 抜けた魔力は、前に突き出した俺の右手の中で、球状にまとまっていく。

 糸を巻き取るように、高速で回転しながら集約していく。

 走る速度が下がり、体が揺れ、苦悶の声を出すベヘモット。


『4――』


 その肌から赤色が抜け、黒へ、そして白へと変わっていく。


『3――』


 走りが歩きに、歩きが這いずりに変わる。


『2――』


 ついに倒れ込み、大量の涙草を撒き上げる。


『1――』


 口を開け、何かを叫ぼうとしたようだが声になることはなく――




『――完了しました』




 ベヘモットは活動を停止し、その莫大な魔力すべてが俺の手の中でぐるぐると球状に回転している。

 それを握り込んで吸収し、告げる。


「シャットダウン」

『実行します――』


 キトラが再び目を閉じる。

 そしてかくっと首を揺らした後、目を開ける。


「う?」

「ありがとう、今回も助かったよ、キトラ」


 キトラはきょろきょろと周囲を見回し、不思議そうにした後、いつものように無邪気な笑顔を浮かべた。


「うー!」




毎度毎度遅れてすみません……

もしよければブクマや評価、感想とかもらえると執筆速度が上がります……

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