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新たな守護者03




 半球状の空間。

 血塊石を抱えて落ち着きなく歩き回る巨獣ベヘモット。

 地面と壁面すべてを埋め尽くす涙草が、その光景を淡く照らす。

 涙草の花は小さく可憐だが、それでもこれほどに群生しているとさすがに気持ち悪い。

 どんな美徳も程度をすぎれば悪となり、どんな良薬も加減を誤れば毒となる。

 要はバランスだ。

 バランスは大事だぜ。


「――ってなわけでさ、その血塊石を放さないか、デカブツ君」


 サラマンダーローブに黒髪の魔導師がベヘモットに声をかける。

 ベヘモットはギョロリと四つ目を動かして足元のソイツを見た。

 ちょうど人間とネズミくらいのサイズ感覚だ。

 俺もネズミを眺めるときはあんな風にしているのかもしれない。


「金持ちにありがちな話だ。自分の金を盗まれないか心配になって、かえって暮らしが不自由になる。身の程ってのはあるんだよ。丁度いい落としどころがな」


 ベヘモットが大きな耳をバタバタと動かす。

 うっすらと血管が浮き上がり、その脈動を知らせてくれる。

 ――興奮している。もう少しだ。


「そこでだ、お前がそいつを放してどこかへ失せれば、俺は何もしなくてすむ。お前は何もされなくてすむ。こいつはなかなか上々の落としどころじゃないか?」


 血塊石を右腕で抱えたまま、左腕の筋肉を肥大化させ、振り上げるベヘモット。

 ああ、もちろん言葉が通じるとは思ってない。

 なんかの間違いで通じればいいなとは思うが、俺はそこまで楽観主義じゃない。

 だからこそ、身じろぎ一つせずに続ける。


「俺によし、お前によし、世間によし。こいつは商人の標語だが、なかなかどうしていいことを言ってるとは思わ――――」



 ベヘモットの拳が振り下ろされた。



 轟音。

 衝撃。



 弾かれた空気が土煙を伴って広がる。

 黒髪の魔導師は避ける素振りも見せず、その下敷きになった。

 ベヘモットは長い鼻を持ち上げ、その下の口を愉快そうに歪める。




「――今だぜ、クラウス」




 俺の声に応えて、土煙を切り裂いて銀色の剣士が身を躍らせる。

 ベヘモットの足元から跳び、腿を足場にさらに大きく跳躍する。


「はっ――!」


 優美な剣が一閃し、ベヘモットの右目を二つ斬り裂いた。

 苦悶の絶叫が響き渡り、毒々しい色の体液が飛び散る。


「どうでしょうか」

「上出来だ」


 近くに着地したクラウスに言ってやる。

 九〇点をやってもいい。

 魔法映像とは言え自分が叩き潰されるのを見るのはやはり気分がよくないが、戦果を考えれば収支は十二分にプラスだ。


「とは言え、相手が警戒してなかったが故のファーストヒットだ。ここからだぞ」

「では、あとは打ち合わせ通りに」

「おう」


 魔力付与された刀身から血を払い、クラウスは再びベヘモットに向かっていく。

 ま、実際のところ、打ち合わせと言っても大した内容じゃあない。

 せいぜいが分担を決めたくらいだ。


 まずクラウスはアタッカー。

 バフ盛り盛りの状態で斬り込んでダメージを稼ぐ役割。


 俺とシアンはサポーター兼サブアタッカー。

 ベヘモットの死角に位置取り、状況を見ながら適宜魔法を使う。


 そしてキトラは――


「うーぅうーっ!」

「駄目だ。待機だキトラ。お前の出番がないなら、それに越したことはないだろうが」 

「うー……」

「気持ちだけもらっておくよ」


 軽く頭を撫でて、俺も戦闘領域に踏み込む。

 さて、サポーターというのは楽ではあるが気楽ではない。

 パーティメンバーの傷の具合、支援魔法の効果時間、敵の体力や状態などを常に把握しておかなければならない。


「しかし、クラウスのヤツ――思った以上にできるな」


 ベヘモットの大木のような腕をするりと躱して斬りつけている。

 鎧が綺麗すぎるから実戦経験はないものだと勝手に思っていたが、そういうわけでもないのだろうか。

 あるいは、ものすごく優秀な剣士の手解きを受けているのか。


「――っと、危ない」


 空振りしたベヘモットの拳が壁に突き刺さり、砕けた岩が降り注ぐ。

 クラウスの頭上にもいくつか落下している。

 それを『ファイアボルト』でピンポイントに狙撃した。

 小さな爆発がいくつも起こる。

 それに対しクラウスは怯えるどころか、逆に利用した。

 爆発に紛れるにように接近し、ベヘモットにさらなる斬撃を見舞う。

 無数の魔法で強化されたクラウスの腕と彼の剣は、強靭なはずのベヘモットの体に深い傷を刻んでいく。



『グガァァァァアアアアアアアァァァッ!』



 ベヘモットの浅黒い肌が怒りと流血でどんどん赤くなっていく。

 攻撃は激しさを増し、その速度を上げていく。

 左腕が力任せに振るわれ、長い鼻が不規則な動きで迫る。

 だが、そんなベヘモットに、的確なタイミングで横槍が飛ぶ。


『ガガハァッ!?』


 シアンの『アイスボルト』だった。

 死角から突然の攻撃にベヘモットは思考能力を奪われ、焦ったように周囲を見回す。

 大きな耳を動かし、聴覚で探ろうとする。

 その両耳に対し、俺とシアンが同時に魔法の矢ボルトを放つ。

 研ぎ澄ましていた神経に直接冷熱を叩き込まれたベヘモットは、今日一番の悲鳴を上げた。そこにすかさずクラウスの追撃。


「……順調だな」


 いくら幼体とは言え、ここまで順調すぎると逆に恐ろしくなる。

 こちらはまだダメージらしいダメージを受けてもいない。

 対してベヘモットは既に全身に傷を追い、出血も少なくない。


「何事もなければこのまま押しきれそうだが――」


 口にしてから、しまった、と思った。

 またフラグってのをやらかしちまった。

 迷宮に入る前にもやっちまったのに。

 その結果がベヘモットだったのに。

 自分の学習能力のなさに泣けてくるぜ。


「つっても、まあ、そう何度もそんなイレギュラーが起きるわけ――」


 半笑いでひとりごちた俺の目線の先で。

 不意にベヘモットが動きを止めた。















 そして右腕で大事そうに抱えていた血塊石を――飲み込んだ。














「――――嘘だろ」



 変質する魔力の波動を肌で感じながら、俺はそうつぶやいていた。





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