新たな守護者02
半球状に大きく広がった空間。
迷宮と比べるとやはり薄暗い。
ただ、光源がないわけではない。地面と壁面を覆う無数の小さな青い光。涙草は陽光がなくても育ち、逆に開花するとき光を放つ。
その燐光めいた淡い輝きが空間を照らし出している。
――その輝きの中に、ヤツはいた。
大きな体躯。
ザラザラした浅黒い表皮。
扇のように広がった薄くて大きな耳。
筋肉の浮き上がった太い腕で赤い塊を抱え、警戒するように四つの目玉をギョロギョロと動かしている。
古い遺跡の門の意匠でよく見られる異形の姿。
かつてはゾウという空想上の動物をかたどっていると言われていた。古代人が幻獣を信仰し祀っているのだと。
しかしここ数十年。
文明が発達するにつれて大都市にヤツが姿を現すようになり、定説は覆された。
古代人が信仰していたのは確かだろう。
しかしそれは空想上の存在などではなく、地精獣ベヘモットという生きた災害だったわけだ。
「これが――ベヘモットですか」
「ああ。この様子ならまだ幼体だな。戦うにはちと場所が悪いが」
かくして相手のツラを拝んだわけだが。
実際には俺たちはベヘモットから少し離れた場所にいる。
『シースルー』と『ホログラム』で通路の先の様子を空中に映し出して、ギリギリ感知されない程度に離れて作戦会議をしている。
「場所が悪いというのは?」
「迷宮の守護者の部屋はかなり頑丈で広いんだが、ベヘモットの巣穴にそこまでは望めない」
通路の壁をコンコン叩きながら説明する。
さながら石灰を固めたような感触。素手では到底壊せそうにないが、大魔法の熱量には耐えられないだろう。
「必然的に白兵戦になるわけだな」
「……厳しいでしょうか?」
難しい顔でこちらを見るクラウス。
それを後ろから見守るシアン。
その姿がどうしても、かつての俺とキトラにダブって見える。
「――いや。考えてたのは別のことだ。キサラギの野郎が言ってた『パワーレベリング』ってのをな、思い出したんだ」
【大勇者】キサラギ。
こことは異なる世界からやってきた男。
ヤツの世界では夜ごとに集まってダンジョンに挑む者が多く、ノウハウも圧倒的に発達していたらしい。
実際ベルカナリア攻略においてキサラギは戦闘力だけでなく、その知識でも俺とリーリウスを驚かせた。
そのときに聞いた話の中に『パワーレベリング』があった。
熟練者が弱い者を自分の戦場に連れて行き、濃密な経験を積ませることで兵士を促成栽培する――そんな手法らしい。
ということを、かいつまんで説明をする。
「『この世界では経験値って概念がないからあまり効率的じゃない』らしいが、それでも俺の経験から言って魔物を倒してその力を浴びれば体は強靭になるし、魔力は高まっていく。強敵に挑むことでしか得られない経験ってもあるしな。
まあ要するにだ、クラウス。
一緒に戦ってみないか?」
「私が、ですか? クロウさんの足を引っ張ってしまうのでは――」
「――これも俺の経験からだが」
そこで有無を言わさず口を挟む。
「強さが必要になるタイミングはいつ来るかわからない。半端者の自分に後悔したくなければ、未来に備えておくべきだぜ」
「未来に――」
例えば。
俺がもっと弱ければこんなことにはならなかったし。
俺がもっと強ければ、やはりこうはならなかっただろう。
運命の分岐点に立ったとき、中途半端であることは罪だ。
「――わかりました。やれるだけ、やってみましょう」
「でも、クラウス様……っ!」
「いやいや。そう心配するなってシアン。何も丸腰で送り出そうってわけじゃない」
俺はつけていた革の籠手を外し、クラウスに渡す。
「鋼熊の革をなめして魔力付与した俺お手製の籠手だ。頑丈だぜ。それから、そうだな」
旅装の各所に縫い付けてある魔道具を外して渡していく。
「これが『紫水晶の護符』。毒や溶解液の効果を半減させる。こっちは『銀水晶の護符』だ。体を少し頑丈にしてくれる。『月雀の羽根』。自重を一瞬だけ羽根のように軽くできる。ポーションも五本渡しておこう。いざというときかぶれ。あとシアン、支援魔法はどの程度まで使える?」
「あっ……はい!」
急に話を振られて驚いたのか、長い前髪を跳ねさせてからシアンが答える。
「えっと……『ナイトヴィジョン』『プロテクション』『マナガード』『シャープエッジ』……あとは『エンチャントウェポン』くらいなら……」
「ふむ」
まあ、普通はそんなもんか。
支援魔法なんてMPの無駄――というのが常識的な魔法使いの共通認識だからな。
複雑でコードも長く、構成に必要な時間も魔力の消費も多い。
高温の火球を投げる方が遥かに早くて安上がりだ。
だから普通の魔法使いは、より強力な攻撃魔法を習得することにやっきになって支援魔法をおろそかにする。
習得義務のある『ナイトヴィジョン』『プロテクション』『シャープエッジ』の三つだけしか覚えてない魔法使いが大半を占めてるんじゃねえかな。
そういう意味ではシアンはまだ優秀な方だ。
「じゃあそいつをクラウスにかけてやれ。足りない分は俺が足す」
「は、はい……じゃあ……」
シアンが目を閉じる。
髪の周りに紫電が走り、コードがリングとなって体の周りを包む。
――キレイなコードだ。
電脳魔法はある程度適当でも、文字が欠けていても発動する。
だから実践派の魔法使いのコードはしばしば虫食いのような形になっている。
シアンのコードにはそれがない。
融通が利かない代わり論理的で正しい、そういう一面が見て取れる。
そしてコードが正しければ正しいほど魔法の効果は強くなる。
「『プロテクション』!」
リングが砕け、指向性の魔力がクラウスを包む。
外力を軽減してダメージを抑えるプロテクションがかかったのだ。
同じようにシアンは次々に支援魔法をかけていく。
「『エンチャントウェポン』!」
すべてをかけ終わると、彼女は額の汗を拭って息を吐いた。
「ご苦労さん。残りは俺がかけよう」
肩をたたいて下がらせ、クラウスの近くに立つ。
クラウスがうなずく。
俺は脳内に使い慣れたコードを組み上げ、圧縮して一気にリングに出力する。
「『フィジカルエンチャント』『アーマーピアシング』『ペネトレイト』『マナバースト』『パーフェクトオーダー』『ブレイブハート』『ペインカット』『カリキュレーション』」
「ぶふぇーっ!?」
シアンが奇声を上げるのと同時に八個のリングが砕け散り、魔法として放たれる。
一瞬光に包まれたクラウスは、手を握っては開いたり、その場で軽く跳躍したりして感覚を確かめていた。
「これは……すごいですね」
「あまり過信はするなよ。いくら強くなったってヤツのスペックに届いてるわけじゃない。常に考えながら戦え。それが人間の最大の武器だ」
「心します」
「お前が前衛、俺が遊撃、キトラとシアンは後衛だ。状況次第で声をかけるから各自遅れるな」
「うー!」
「わ、わかりました……」
「それじゃあ、ヤツを退治しに行くぞ。覚悟は良いか、クラウス?」
問うまでもなかった。
彼の表情はそれほど堅くなっていない。
恐怖よりも別の何かが強く浮かんでいる。
「大丈夫です。……こう言っては不謹慎かもしれませんが、少しワクワクしています。変でしょうか?」
「いいや」
そう言うと思ったぜ。
だって、お前は――
――英雄に憧れて村を飛び出た、どこかの馬鹿に似てるからな。
ストックが尽きたので、次の更新は遅くなります。できれば週末には更新したい……(できるとは言っていない)




