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小迷宮02




 開きになったブラックドッグの死体を見下ろし、ショートソードを鞘に収める。


「本当に見事な手際ですね……」

「ただ速度と攻撃力が高いだけだ。コイツを怖がってるようじゃ迷宮突破は夢のまた夢だぜ、クラウス」

「それは、クロウさんにはそうでしょうが――」

「いいや。もっと普遍的な話だ。例えばゴブリンはコイツよりずっと遅いし力も弱いが、恐ろしい。なぜだかわかるか?」

「……道具を使うから、ですか?」

「半分正解だな。道具を使えるくらいの知能があるから、だ」


 円筒状に広がった部屋を出て、再び通路を進む。

 ショートソードの柄を逆手に握ってわずかに引き出し、『ライト』の明かりを調整しながら先頭を行く。壁の輝きで見えてはいるが、細かな変化やトラップを警戒するには十分な光量が必要だ。


「例えばさっきのブラックドッグ。元々は野犬だ。だが、多くの魔物がそうであるように、凶暴化する代わりに知能が低下している。多くのことを覚えられない」

「うー……?」

「いや、キトラ。お前のことじゃないぞ。危ないからもう少し下がれ」

「う!」

「いい子だ。それで何の話だったか――ああ、知能の話だったな。ヤツらは多くのことを覚えられないから、常に新しく覚えたことを優先して行動する」

「新しく覚えたこと……」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――!」

「そうだ、もうわかったよな。アイツらは馬鹿だから、反撃の直前に別の誰かが攻撃を当てれば、何もさせずに倒すことができる。ダンジョンハックでタゲ取りと言われる技術だ」

「なるほど。それは確かに、怖いとはいい難いですね」

「だろう? ところでクラウス」

「なんでしょうか?」

「やたら後ろを気にしてるが、後からお友達でも来る予定があるのか?」

「……いいえ」

「そうかい」


 嘘が下手だな。

 表情に出なくても、言いよどんでしまえば肯定しているようなものだ。

 まあいいさ。俺をハメようとしてるんじゃなきゃどうでもいい。さほど興味もない。

 気づかないフリして引率を続けるだけだ。


 通路は子供の描く絵のように不規則に曲がりくねっている。

 これも迷宮の特徴の一つだ。コンパクトに作ろうとか、美しく配置しようとか、そういう意図がまるで感じられない。

 もしも迷宮をデザインしている何者かがいるとすれば、そいつはよほど人間と違う感性をしているか、さもなければ寝ぼけているのだろうぜ。


 通路の先に階段が見えた。

 下の階へと続いている。

 これで入り口を含めて五個めの階段だ。

 小迷宮なら基本的に地下五階が最大深度だから、守護者ガーディアンがいるとしたらこの階層になる。

 いざというときは全員にバフをかけられるように備える。

 守護者の部屋に入ってしまえば相手を倒すまで出ることができない。


 階段を降りきると、後ろでシアンが杖を握りしめた気配があった。

 何か感じるものがあるのかもしれない。

 そっと様子を伺うと、緊張に身をすくめているシアンをクラウスがなだめているところだった。彼は何かにつけてシアンのフォローをしている。おそらく立場的にはシアンの方が護衛なのだろうに。

 二人の様子を見て、思わず目を細める。

 かつての自分を思い出してしまった。

 かつての自分とキトラを。

 は、と笑いとも自嘲ともつかないものがこぼれた。

 念のため、二人が油断しないように声をかける。


「イレギュラーがなければここが最終階層だ。最大限警戒して行くぞ。何かあればすぐ言ってくれ。可能な限り俺が対処する」

「はい。わかりました」

「……お願い、します」


 これまでこちらの言葉にほとんど反応しなかったシアンも答えを返してきた。

 やはり緊張しているようだ。


 と、通路の先から光が漏れている。

 守護者ガーディアンの部屋だろう。放射魔力によって壁の輝きが強くなっている。

 後ろで息を呑む気配があった。

 だから一度立ち止まり、引率として少し落ち着く時間を作ってやる。


 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。


 再び歩き出す。

 二人の腹も据わったようだ。遅れずについてくる。

 かつんかつんと無数の靴音が響く。


 やれやれ。引率の先生ももうすぐ終わりだ。

 あとは暴力で片づけて終わり。

 入る前に建ててしまったフラグはいつの間にか折れていたのだろうか。

 そんなことを考えながらキトラと二人の同行人を連れて、その部屋に入る。


 そこはやはり守護者ガーディアンの部屋だった。

 強く輝く壁。大きく広い空間。

 これまでと比べて天井まで高い。

 これで多少は魔法もぶっ放せる。


 ――まあ、相手がいればな。


 しかし実際には、魔法を放つべき相手はいなかった。

 代わりに床には判別不明なほど叩き潰された肉塊と、赤い宝石の欠片のようなものが散らばっている。

 そして――行き止まりになるはずの奥の壁には、掘り抜かれたような大穴が空いていた。

 迷宮の力によるブロック製の道じゃない。ただ掘っただけの剥き出しの土や岩だ。


「――クラウス。迷宮がどうやって発生するのかは知ってるか?」

「それはまあ。血塊石が魔力を放射して構造物を整理し、生き物を魅了して守護者ガーディアンにするから、ですよね」

「はい正解。では次。シアン。この状況、何が起こったと思う?」

「そ、それは……なにかの巣穴と迷宮がかち合って……その巣穴の主に元々いた守護者ガーディアンが倒された……としか……」

「こちらも正解。俺もそう考えている。結果新たな守護者ガーディアンとなったナニカは迷宮の中枢たる血塊石を奪い、巣穴に戻っていったんだろう。問題はそいつが何者なのかだが――」


 人の背丈を大きく超える横穴を見据える。

 ――どうやら引率のお仕事は、まだ終わらないらしい。




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