会議01
なんやかんやでシリウスに空いている部屋を貸してもらい、あれやこれやと仕掛けて眠ること一晩。
創意工夫の限りを尽くしたトラップはその役目を果たすことなく朝を迎え、シリウスは準備が整ったと声をかけにきた。
約束通り、王への謁見が叶うことになったのだ。
「すまないね」
「なに。大した手間じゃない」
シリウスの車椅子を押しながら王城の廊下を進む。
その俺の後ろをキトラがぴょこぴょことついてくる。
「そこを左だ」
「了解」
「うーっ!」
やがて廊下の向こうに品のいい白色の扉が見えてきた。
部屋の前には近衛騎士と思しき男が立っており、シリウスの姿を見た瞬間敬礼した。
「ご苦労さま。入らせてもらうよ」
「伺っております。どうぞ」
騎士が扉を開けた。
俺は車椅子を押したまま部屋へと入る。
思ったよりも簡素な部屋だった。
壁にかけられているのは肖像画と刀剣、あとは古い地図だけ。美術品の類は全然見られない。部屋の奥には本棚が二つ、ぎっちりと本を詰められている。
予想していた謁見の間ではない。
応接室、という感じですらない。
私室――という印象が一番近いか。
部屋の真ん中には六人掛けの横長の机があり、先に一人の騎士が椅子に腰掛けていた。
クラウスだ。
こちらに気づくと軽く頭を下げ、それから違う方向に目をやる。
導かれるようにその視線を追う。
部屋の窓辺。
澄んだガラス製の窓から外を眺めている背の高い男が一人。
「父上、お連れしました」
シリウスが声をかけると、男が向き直る。
そしてその目がこちらを捉える。
――途端、空気が重くなった。
なるほど顔の作りはどことなくクラウスたちに似ている。
ただ、蓄えたヒゲと刻まれた皺が混同することを許さない。
何より、雰囲気が違う。
クラウスやシリウスの雰囲気とはまるで別物。
本当に二人の延長線上にいるのか疑問に思うほどに。
例えるなら、先にウリ坊を見てからイノシシの存在を知ったような。
隔絶が激しすぎて別の生き物に見えるって感じだ。
位が人を作る――なんてのはまあよく聞く話だが、クラウスやシリウスも王になったらこんな風になるんだろうか。
イマイチ信じられん。
「――そこに掛けて、楽にされよ」
深みのある声でそう告げる。
シリウスに確認の意味でアイコンタクトを取ると、彼は静かにうなずいた。
車椅子から手を離す。
シリウスは自力で車輪を回し、上座の方に行く。
そこだけ椅子が置かれておらず、彼の指定席のようだった。
遅れて俺も下座――クラウスの隣に腰掛け、その隣にキトラも座る。
最後にシリウスの隣に男も座り、そして名乗った。
「マレウス・テンキウス・アル・フェクダだ」
「どうも……あー……クロウです。田舎者につき、姓はありません」
「畏まらなくていい」
マレウス王は軽く手を上げて示した。
「臣下でないものに臣下の礼を強要はせぬ。人は自分にとって大切なものにだけ忠を尽くせばよいのだ。そのために謁見の間ではなくここにした。恩人に膝をつかせるわけにはいかぬからな」
「恩人――ですか」
「クラウスとシリウスからそれぞれ話は聞いている。ベヘモットの討伐、国の大事になるところであった。感謝してもしきれぬ」
「ああ、いや。別に……」
「ティラの件もだ。アレがあのようになったのはシリウスが足を失ってからでな。いや、これを言っても詮なきことか。言い訳にしかならぬ。そのようなことを言いたいわけではない。私が言いたいのは――」
マレウス王がじっとこちらを見る。
なんというか、息がしづらい。
などと思っていると――突然王がにっと笑った。
「貴君は恩人なのだから、もっと大威張りでふんぞり返っていいのだぞ。そのくらいのつもりで、楽に話そう」
重苦しい空気はどこかへ霧散し、隣から笑い声が聞こえた。
「ぷっく。いや、失礼。クロウさんが借りてきた猫のようなので、つい」
「……なんだよ、笑うことないだろ、クラウス」
「すいません。ですがクロウさん、本当に楽にしていいんですよ。国王はこういうお人ですから」
「それじゃあまあ、お言葉に甘えて。いつも通りの自分で失礼するぜ」
「私も四六時中王でいたのでは肩が凝るのでな。かえってありがたい」
「ははあ。そんなもんかね。サマになってたけどなあ」
「天然自然の王などはほんの一握りよ。そして残念ながら私はそうではない。外面を取り繕っているだけだ」
あれだけの雰囲気を持ってて、演技だったっていうのか。
俺には計り知れない領域だ。
王ってのは一流の演者でもあるってか。
「人の世を円滑に回すためには仮面も演技も不可欠だからな。長生きすれば上手くもなる。しかしその仮面を外す場所もなくてはならん。でなくば壊れる。まあ、バランスだな。この世のすべてはバランスだ。だから、願わくば貴君にも私にとってのそれであってほしい。仮面を外せる場所、心安らげる相手――友にな」
「悪いけど、口がうますぎる人間とは友達にならないことにしてるんだ。友達価格で何頼まれるかわからないからな」
「ははは。それは賢い」
マレウス王は笑った。
「実際、我々は貴君に頼むことしかできないからな」
「……地下の古龍の話か?」
「左様」
「地下? 古龍? いったい何の話ですか?」
と訊いたのはクラウス。
この中で唯一、事態について聞いていなかったらしい。
「うん。いらない混乱を避けるために、公にはしてことなかったんだけどね――」
そこで改めてシリウスから現状の説明があった。
地下の遺跡を発掘中に、鎖で拘束された古龍の石像を発見した。
好奇心から近づいて調べようとしたところ、石像が突然生身の古龍になり、恨み言を叫びながら襲ってきた。
シリウスは避けきれず足を食われたが、そこで古龍は再び石に戻って動かなくなった。
以来監視の人員を確保して見張らせているが、動きはない。
だいたいそんな話だった。
少し長い話になったせい――というわけではないが、キトラは寝てしまう。
その様子にシリウスは苦笑しながら続ける。
「――とまあ、現状はこんな具合でね」
「手を出すこともできず、さりとてここを放棄するわけにもいかぬ。ほとほと困っていたところに、貴君が現れた。しかも聞けば地下遺跡に用があるという。ならば――という話よな」
「言われてみるとすごい時期に来ちまったんだな。ベヘモットと言い、古龍と言い、もはや嫌がらせめいた因縁を感じるぜ」
「女神の――ですか?」
「さてな」
本当に女神のヤツが一から十まで仕組んでるとは思ってない。
あのときも、それほどにこちらを特別視している感じではなかった。
だが、あまりにも状況が噛み合いすぎている。
「実際のところ、どうかね。専門家の意見は」
「俺の専門は魔法だぜ。女神や古龍の専門家はやってない。――いや、そうか」
俺は懐から小さな結晶体を取り出し、机の上に転がした。
赤紫色で小さな六角柱が無数に生えている。
「そういうことなら聞いてみるか、専門家に」
「専門家? どなたか心当たりがあるのですか?」
「へえ、これは魔道具かな。興味深いね」
クラウスとシリウスがそれぞれの反応をしているところで、俺はそれを起動した。
結晶から光がこぼれ、空中に映像が投影される。
――それは、分厚い本を読む一人の女だった。
どこか魔性を感じさせる、長い赤毛の美女だ。
ただし着ているのは擦り切れそうなほど着古した年代物のローブだが。
コイツはいつ見てもアレを着ている。
『んん?』
彼女はすぐにこちらに気づき、そしてにたりと笑った。
『おやおや。珍しいこともあるものだ。人間嫌いのカラス君が他人と卓を囲んでる。明日は槍でも降るのかな』
「なら、お前の頭の上に振ることを願っておくよ。床に縫い付けられたら少しはその口数も減るだろうぜ」
『くふふん。減らず口はお互い様だろう。――それで、急な連絡だけど何があったんだい? 見たところ、世界の危機という感じでもなさそうだけど』
この結晶状の魔道具は彼女に渡されたものだ。
大きな危機に遭遇したとき、互いの助力を求めるために。
その魔道具が使用された割に安穏とした状況なので、コイツは首をかしげたわけだ。
「ま、今すぐどうこうって話じゃない。けど、場合によっちゃあ世界の危機になるかもしれない。そんな状況でな」
『それでわたしの知恵を借りたいと。くふふん。いいよいいよ。おもしろそうだ』
「それじゃあ紹介しておこう。こちらは――」
『フェクダの国王とその親族だろう。大丈夫だ、知っている』
「そうかい。じゃあお前の方から自己紹介を頼む」
『いいともいいとも。やあやあフェクダのみなさま、お初にお目にかかる』
彼女はにたにたとした笑みを浮かべながら、名乗った。
『わたしはリーリウス・フラナシア。【大賢者】の称号を頂いているものさ』




