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遭遇




 時刻は夜。

 空の色が濃紺よりなお深くなり、月が空の中央を占領する夜半。

 月明かり差す薄暗い部屋で、ドアのノブが音もなく回った。


 息する間もなく黒装束の男たちが無音のまま雪崩れ込んでくる。

 その頭部には見覚えのある金属製の仮面。

 そいつらは身振り手振りで互いの動きを統一し、そして来客が寝ているはずのベッドを毒塗れの剣で一斉に貫く。




 ――瞬間、部屋が爆発した。




「そう来るよなあ、あんまり頭がよさそうには見えなかったからなあ」


 だと思ったよ。

 かと言って王妃様のお誘いを辞退すれば、今度は街の宿で襲われたかもしれない。こうなることはある意味必然だった。

 さて。

 部屋が爆発してんのに何のんびりしてるんだ――っていうと、俺は現場にいないからだ。

 王城の一角から突き出した一番高い塔。

 いわゆるベルクフリートと呼ばれる塔の屋根の上で寝そべり、魔法で映した部屋の様子を拡大して見ているところだ。

 『シースルー』と『ホログラム』の組み合わせは実に便利だ。

 駆け出しの頃は覗き目的で使ったこともある。

 内緒だぜ。


 それよりも事態の続きだ。

 風通しの良くなった窓から煙が抜け、光と爆音と衝撃で気を失った暗殺者どもの姿が見えてくる。

 じっくり時間をかけて組んだだけあって新作魔法の効果は上々のようだった。

 名前はそうだな、『スタンボム』でどうだろうか。

 これは流行りそうな気がするぞ。

 まあ、一般魔法使いに使えるようにするにはかなり簡略化が必要だが。

 あと現場にいると自分も気絶してしまうのは流石に改良しないといかん。


「お、やっと来たか」


 簡素な服の兵が部屋に集まり、何かを叫び、遅れて鎧を着込んだ騎士たちがやってくる。

 一同はのびている黒装束の怪しい男たちを見て困惑と焦燥の中間みたいな顔をしながら、てきぱき彼らを拘束していく。


「この様子だと王妃様の私兵っぽいな。国属の暗殺者ならもう少し混乱するだろうし――っくしっ!」


 夜の空気の冷たさにくしゃみが出た。

 すると、近くにあった丸い布の塊がするすると寄ってきて、俺を包む。


「う」

「悪いなキトラ。気を使わせちまったか」

「うーう」


 俺の分の外套もかけてやってたんだが、逆に心配されちゃ世話ないな。

 ドレスコードを気にしてサラマンダーローブを持ってこなかったのが悔やんでも悔やみきれない。

 いや、本当に便利なんだぜ、サラマンダーローブ。

 サラマンダーというと火の化身――みたいに思われがちだが実際はそうじゃない。

 火山の近くに棲んでいるからそう思うんだろうが、ヤツらは熱を遮断し体温を一定に保つ皮を持っているだけだ。

 だから天敵のいない極端に熱い場所、あるいは極端に寒い場所を好んで棲家にする。

 いや本当に、防御効果が低くて少し重いだけで、それを補って余りある魅力的な素材なのだぜ。

 防御力が生死に直結する剣士はともかく、魔法使いにはもっと普及して欲しいね。そうすれば俺が白い目で見られることも減るしな。


「しっかしまあ、こうして見ると――ギリッギリだよなあ」


 王城のてっぺんからこの国を見下ろす。

 大きな城壁に囲まれた活気のある街。

 だが、本来城壁の外に広がっているはずの街はない。城壁の外には瓦礫が散らばり、朽ちた武器や防具が転がり、旗を失った戦旗の竿だけが突き立っている。


 かつてフェクダは七大古王国の一角として長い歴史と栄華を誇っていた。。

 とても見渡せないくらいに街が広がり、その外にもいくつもの領地とそれを治める領主がいた。人口も百万はくだらなかったと聞く。

 しかし――今残っているのは王都、それも中央区画のみ。

 その外は破壊され、焼き尽くされてしまっていた。


 五百年前の魔王たちの侵攻。

 その名残だ。

 つっても、侵攻自体は魔王同士の内ゲバとかいうしょうもない理由で中断されて、以来魔王軍との本格的な戦争はない。


 だが、だからといって平和になったかというと、そうでもない。

 気まぐれに街を襲う魔人。

 舗装や街道整備が進むと現れる天災ベヘモット。

 本能の赴くままに暴れ、尋常でない再生能力を持つ亜竜。

 突如として出没し、やがては狂える守護者を放つ迷宮。


 女神様がボイコットをして以来、人類は苦難の時代を迎えている。

 だからこそ俺たちは【人類の盾】などと呼ばれているわけで――


「大丈夫だよ」


 ――と、足元から話し声が聞こえてきた。

 ベルクフリートはその高さを利用して物見櫓や兵の詰め所として利用されることが多い。その最上階の部屋の会話が、空いている窓から漏れてきているのだ。

 はてさて、何を話しているのか。

 気になって聞き耳を立てる。


「侵入者が何者だかは知らないが、こんな僕をわざわざ狙うとは思えない。そうだろう?」

「は。いや、しかし……」

「ここにいるのは戦力の無駄遣いだ。どうせならクラウスの方を見に行ってやってくれ」

「……わかりました。そこまで仰られるのでしたら……」


 む。

 これは、もしや。

 そう思って『シースルー』を発動する。

 コードリングが瞬時に弾け、石造りの塔の天井がガラスのように透けて見える。


 足元の部屋は思ったよりずっとちゃんとした部屋だった。

 赤いカーペットが敷かれ、無骨ながらに質のいい机が中央に置かれている。

 そこには出しっぱなしの羊皮紙とペンとインク壺と水晶玉が――



 キィィ――――ィン。



「あ」


 甲高い音が響き、机の上に置かれていた水晶玉が赤く光る。

 即座に『シースルー』を停止する。

 と同時に音が止んだ。


「いかん。気を抜きすぎていた」


 あれは魔道具だ。それも『カウンターマジック』の。

 誰かが自分を対象に魔法を発動したとき警告する――それが『カウンターマジック』の魔法。

 と言うだけでは凄さが伝わらないな。

 実は『カウンターマジック』は電脳魔法では再現できない古代の遺失魔法だ。

 当然それが発動する魔道具も現在の魔法技術では作ることができず、遺跡から発掘するしかない。

 そんなものを用意しているとは思いもしなかった。


「――ふむ」


 足元の部屋の窓から、先程と同じ声が聞こえる。


「ねえ、君。少し話をしないかい?」

「――――」

「君が侵入者だとしても、僕を害する意志がないのはわかっている。今の反応は透視の魔法だ。それを使えるレベルの魔法使いなら、壁越しに僕を殺して黙らせるまでに五秒以上かかるはずがないからね。大丈夫、人を呼んだりはしないよ」


 と、言われてもな。

 それを聞いて出ていく侵入者がいるなら見てみたい。


「――あれ、これはやっちゃったかな。遠くから透視を発動していたパターンで、僕は虚空に向けて話しかけていた恥ずかしいやつ?」


 と思っていたのに。

 冷静だった声に羞恥と焦燥が混じった瞬間、警戒心が失せてしまった。

 まあいい。いざとなったら『スタンボム』を投げて退散しよう。

 そう思って屋根からコウモリのように逆さに窓を覗く。



 ――そこにいたのは椅子に腰かけた一人の男だった。



 ただの椅子じゃない。

 足の不自由な者のために造られた、車椅子という車輪のついた椅子。

 見ればその両足は脛の半ばからなくなっている。


「やあ。初めまして。コウモリ――いや、カラスみたいな人だね」

「よく言われるよ」


 頬は痩け、肌は青白く、病人のようではあるが。

 その顔立ちは、どこかクラウスによく似ていた。




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