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 これは夢だ、と始まった瞬間から自覚した。



 電脳魔法使いにはままあることだ。

 脳髄の隅から隅まで使用する関係で、睡眠中こうしたことが起こる。

 ――『過去の記憶そのままの夢』。


 明晰夢というのは大抵の場合、「夢なんだからこうしよう」とか「こうなるはずだ」という意識によって内容に変化が起こる。

 だが、この夢にはそのような融通は利かない。

 過去を変えることができないように、記憶通りに進む。


 一説に、脳を酷使しすぎたことによる代償だとも言われる。

 過酷な扱いを受ける脳が記憶を整理するために行っているのだと。

 実際のほどはわからん。

 しかしとにかく、それは俺の過去で間違いなかった。


 見覚えのありすぎるド田舎の景色。

 地面に舗装はなく、遠くに見えるのは木製の柵。

 家の材質も木かさもなければ土壁で、石や煉瓦作りの建物なんて一軒もない。

 そういう、どこにでもある小さな村だった。


 そこで、幼い俺は一人の男と向かい合っている。

 村を救った恩人であり、どこから来たのかもわからない流れ者であり――そして、俺の魔法の先生でもあった。


 ――ああ、覚えている。


 この光景。シチュエーション。

 その日は先生が村を発つと決めていた日だった。

 そんな先生に向けて、幼い俺は口を開いた。


『おれ、魔導師になるから。先生がどこにいたって聞こえてくるほどに有名で、魔人や魔王をボコボコにできるくらいの――先生みたいに強い魔導師に』

『――うぬぼれるなよ、クロウ』


 先生の言葉は端的で厳しかったが、その厳しさは故なきものではなかった。


『お前は確かに天才だが、せいぜいが十万人に一人の天才だ。大きな街になら必ず一人はいる――その程度の天才にすぎない。村勇者を決め込むなら不足はないが、外へ出たらきっと後悔する日が来るぞ』


 けれど、幼い俺はその厳しさに動じることはなく。

 そこに内包された優しさにも気づくことはなく。


『そんなことないよ。だっておれ、限界を感じたことないもん。これからいくらだって強くなれるし、もっともっと成長できる。それでどんどん強くなって、先生だって越えちゃうかもしれないぜ』

『はは。そいつは大きく出たな。せいぜい死ぬ気で勉強することだ』


 幼い頃の俺の言葉は半分本気で、半分嘘だった。

 限界を感じたことがないのは本当だが、先生を越えられるなんてこれっぽっちも考えていなかった。


 ただ、先生の特別になりたかった。

 先生にとって俺は数え切れないほどいる弟子の一人だったのだろうけど、俺にとって先生は一人しかいないんだから。

 他の有象無象とは違うのだと思ってほしかった。

 そうなりたかった。


 そして先生もそんな俺の考えを承知の上だったらしい。

 だからこう返してくれた。


『じゃあな、我が未来のライバルよ。お前の未来に女神の祝福があらんことを』


 そう言って去っていった先生の背中を、俺はじっと見届けた。

 小さくなって見えなくなるまで、その場に立って、ずっと。

 それが俺の始まりだった。

 クロウという村の子供が、大魔導師クロウに至る最初の一歩だった。






 ――暗転。






 今度の俺は学院の制服を着て、学長室にいた。

 学院というのは魔法使いの育成と研究のための機関だ。

 俺は学院に入って三年でライセンスを取得し、以降は研究者としてそこにいた。

 向かいに座っている長い白ヒゲの爺さんはそこの学長で、あれやこれやと世話をしてくれたものだ。

 ただこのときは珍しく、気難しげに表情を歪めていた。


『クロウ君。君は本当に優秀だ。歴代最年少で黄金のコードを組んだときは、時代の変化を感じたものだよ』

『恐縮です』


 黄金のコードってのは、人には使えない魔法のことだ。

 呪術的文字列をルール通りに記述し、魔法としての体裁を整えてあるはずなのに発動することができない魔法。

 人間の脳では処理できないほど複雑な演算が必要だったり、必要な魔力容量が人類の限界値をぶっちぎっていたりする魔法。

 例えば――


 『生命創造』。

 『時間干渉』。

 『世界越境』。


 そういった魔法として完成してはいるが、使えないがゆえに学院の書庫に禁忌として塩漬けされているコードたちを黄金のコードと呼ぶ。

 ちなみに俺が開発したコードは『反魔法』。

 展開される魔法のコードを発動する前に分解し、魔力に還元する魔法だった。


『だがね、黄金のコードは禁忌として死蔵しておくべきものなのだ。人の手が届くようにしてはならない』


 そう、俺の研究とはそれだった。

 黄金のコードを人間が発動可能なレベルまでなんとか簡略化できないか。

 あるいは人間の限界そのものをなんとか突破できないか。

 そう言った論文を書いては握り潰され――その果てに、この対面となったわけだ。


『本当に惜しいと思っているのだ。君の才能も人格も、私は好ましく思っている。だが、君は一線を越えてしまった。かくなる上は――』

『破門、ですか』

『申し訳ないのだがね』

『……いえ。暗殺されないだけ温情だと思っていますよ』

『すまないな。いくぶんかの資金は手配してある。どうかそれで、新しい道を探してほしい』


 学院を出て研究を続けるのは難しい。

 在野に下るということは、研究者ではなく実戦魔法使いになるということだ。

 だが、それがかえって俺を初心に戻らせた。

 思えばこれも、必要な寄り道だった。






 ――暗転。






 今度の俺は今とそう変わらない。

 縫い合わせたサラマンダーローブを着て、腰にショートソードを差している。

 その時の俺は涼しい顔をして炎天下の砂漠の中を黙々と歩いていた。

 サラマンダーローブは寒暖のどちらにも強い。

 見た目で侮られることを除けば実に有用な装備なのだ。


 さて。

 そうして歩く俺の後ろを、ずっとついてくる小さな影が一つ。

 小さな子供だった。

 不健康な肉付きと傷だらけの褐色の肌はこれまでいた環境の過酷さを物語り、歳不相応に落ち着いた目は彼女の成熟した精神年齢を示している。

 俺は嘆息して振り返った。


『どうしたってんだよ、お前はもう自由なんだぜ』

『自由なら、魔法使いについていく。そう決めた』

『はっ、変わりモンめ。まあいいさ。俺はいずれ世界を救う大魔法使いになる男だ。子供の一人くらい養ってやる』


 そのときの俺は一仕事終えて気が大きくなっていたのだろう。

 あるいは先生の真似事ができて精神がガキに戻っていたのか。

 とにかく安請け合いをしてしまった俺を、少女はじっと見て。


『キトラ』

『ん?』

『名前、キトラ。魔法使いの名前は――?』






 ――暗転。






 今度の俺も装備は変わらない。

 ただ、満身創痍だった。

 全身血まみれで、サラマンダーローブの色も変わってしまっている。

 自力で立つこともできない。時折苦痛にうめくの関の山だ。

 そんな俺を背負い、ずるずると引きずっていくキトラ。


 ――向かう先は神殿だった。


 今となっては希少な女神リーファを祀る神殿。

 もはや放棄されて久しく、荒廃の限りを尽くしているそこにキトラが向かった理由はわかっている。

 幾度となく語って聞かせたせいで覚えていたのだろう。

 神聖魔法の話を。かつてどんな傷も治せる魔法がこの世界にはあって、女神様の力はあまねく人を癒やしていたと。


『神様――どうか、魔法使い、助けて』


 キトラは真摯に祈る。

 無駄だ、と当時の俺は思った。

 女神はとっくに人類を見放している。

 女神からも人からも見捨てられた神殿で、奇跡など起きるものか――と。

 それでもキトラは祈り続ける。

 その額から紫電が走る。

 薄暗い神殿に散った小さな光は、古代文字の掘られた女神像の台座に吸い込まれるように消えていき。




 ――視界が白く曖昧な何かで染まっていった。




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