大魔導師クロウ
突然だが。
俺の嫌いなものランキングを発表しよう。
第五位。
考えることを放棄した人間。
第四位。
間違いを認めない人間。
第三位。
権威を笠に着て居丈高に振る舞う人間。
第二位。
自分の力を過大評価する人間。
だからまあ、コイツに腹が立つのは仕方ない。
そうして対面する王城の老いた門番を、俺の嫌いな要素を集めて作ったゴーレムか何かだと思うことにした。
「だからさぁ、せめてこいつを確認してから話をしようぜって言ってるんだ。この建設的な意見をどうして断るのか、頭の悪い俺に教えてくれ」
「何度も言っておるだろうが。ライセンスカードなど見るまでもない。王は貴様のような薄汚れたネズミとは会われない。諦めてさっさと田舎に帰るんだな」
駄目だこりゃ。
俺は盛大に溜息を吐き、踵を返した。
「文字通り話にならん。行くぞ、キトラ」
「う!」
俺の声に応えて、黒いローブをすっぽりかぶった少女がついてくる。
従者のキトラだ。
「しょうがねぇや。宿に戻って昼飯でも食おう。本番は夜だ」
「うー!」
そうして俺たちは混雑する人の波をかき分けて宿に戻る。
どの建物も古めかしい石造りになっている。さすがに七大古王国の一つだ。
だが、古いものが固くなるのも世界の摂理。一ヶ月前の黒パンに歯が立たないように、古めかしい国というのはどこも頭が固くなる。
「いちおう顔を立ててやろうと思ってんのになぁ……話が通じたのはあのお姫さんだけだったぜ」
「う?」
「まあ、そうだな。別に俺は困らない。困るのは飽くまであちらさんだ」
正当な手順を踏んで駄目なら、邪道な手段に頼るしかない。
元よりそちらのほうが得意なのだぜ、俺は。
まあそんなこんなで宿に戻り、適当な飯を注文して食事を始める。
肉の塊を骨から引っ剥がす作業に夢中になっていると、突然正面椅子が引かれた。
「失礼。相席をよろしいでしょうか?」
「お好きにどうぞ」
「では失礼して。シアン、君も隣に座りなさい」
「は、はい……失礼します……」
そうして俺の前に座ったのは、恐ろしく高そうな鎧を来たイケメン騎士と、顔色の悪い魔法使いの女だった。
と言っても、騎士の方はまっとうな騎士ではないな。
鎧が綺麗すぎる。明らかに新品同然で、立ち居振る舞いも騎士というより貴族めいている。たぶん大貴族の次男坊ってところだろう。
そう値踏みしていると、その視線の理由を勘違いしたのか、騎士は胸に手を当てて名を名乗った。
「申し遅れました。私はクラウス、こちらがシアンです。貴方が先程、王城の前で何やら揉めていたのが見えまして、気になって参上した次第です」
「俺は悪くねえぜ。あんにゃろ、俺のライセンスカードを見もしなかったんだ。しょっぴくつもりならその辺の事情も加味してくれよ」
「拝見しても?」
「構わねえよ。減るもんじゃないしな」
ライセンスカードを騎士の兄ちゃんに投げ渡す。
彼はすぐにカードを確認し、眉のあたりを少しだけひきつらせる。
驚きを隠す訓練も受けているみたいだな。みんなもっと大仰に驚くもんだが。
少しの沈黙の後、クラウスはカードを返してきた。
「失礼致しました。人類の盾たる【三英雄】に、そのような態度を取るとは――」
「うええええええっ!?」
クラウスの隣りに座った女魔法使いが大声を上げながら腰を浮かせる。
そんな彼女を手で制しながら、騎士はこちらを見た。
俺はにやりと笑い返してやる。
しかし、座り直したシアンとかいう女は訝しげだった。
「で、でもそんな……だって、サラマンダーローブですよ? しかも繕ってある……絶対貧乏人の詐欺師ですよ……」
「失礼ですよ、シアン」
クラウスがたしなめた。
だが、それを言われるのは何百回目かだったので、いまさら腹を立てたりはしない。
サラマンダーローブは安い。物理防御力も高くないから、みな駆け出しの冒険者だったころに一度着て、新しい装備が手に入るとすぐに売り払ってしまう。
しかしながら便利なんだよな、これ。
俺はなかなか手放せずにいる。
「【大魔導師】クロウ様。シアンと、かの門番に変わって私が謝罪致します。申し訳ありません」
「アンタが謝ることはねえよ。別に気にしちゃいないしな」
果物の絞り汁を一気飲みした俺は、隣で飯を食い散らすキトラの皿の回りから豆を拾って口にする。
「しょっぴいて行かないってんなら、それだけで大満足だぜ」
「満足と言えば」
クラウスは話を変えた。
いや、戻した。
「王城にはどんな用があったのですか?」
「それを聞いてどうする?」
「場合によってはお力になれるかと。少々ツテがありますので」
「へえ。アンタ思ったより大物なんだな。条件は?」
「この国に危害を加えないこと、そして貴方が本物であると証明して頂くこと。この二点です」
「証明ねえ。ライセンスカードじゃ足りないか」
「カードが本物でも、貴方が本物ではあるとは限りませんから。失礼ながら試させていただきたい」
「――具体的には?」
「私たちと一緒に小迷宮の攻略をしていただけませんか?」
「クラウス様……!? そ、それは……」
「シアン。これも神様の思し召しだと思うのです」
クラウスはそう言って、シアンから俺に視線を戻す。
シアンの方はハラハラそわそわという感じでクラウスと俺を見比べている。
「実は数日前、街の外れに小迷宮が発生しまして。近く騎士団で討伐隊を組み、攻略する予定だったのです。私はそこで先陣を切る予定でした」
「ははあ。そいつを俺にやらせようってのか。経費と被害の削減ね。なかなかいい性格してるじゃないか」
「……ええ、そういうことです。気に障りましたか?」
「いいや。計算高いヤツは好きだぜ。何も考えてないヤツの何倍もいい。ただし、神様の思し召しってのはいただけないな」
そんな俺の言葉にクラウスは初めて訝しげな表情をした。
「なぜですか?」
「――俺は、女神様が大嫌いだからさ」
そうだ。
嫌いなものランキング一位の発表がまだだったな。
俺がこの世で一番嫌いなのは、この世界を生み出した女神リーファだ。
アイツにもう一度会って、この現状を解消して――その後で思い切りぶん殴るのが、俺の旅の目的なのだった。