夢のない白雪姫
蜥蜴の舌のように揺らめく蝋燭の火だけが照らす暗闇の中、黒いフードが蠢いた。面積の広い滑らかな布を、まるで寒さに凍えているように長い鼻だけを出して体に巻きつけている。
それは老婆だった。遥か昔、希代の美女と持て囃された彼女も、いまやその影もなく、日に怯えながら生きている。持ち合わせた才能と血の滲む努力で培った魔法も、時間の流れには抗うことができなかった。
だが彼女の、若さへの執念は消えないでいる。むしろ燃え盛ってさえいた。
割れた鍋。折れた杖。この地下室には時間回帰の失敗がそこら中に捨てられている。それらが山になったもなお、彼女は若さと美貌を諦めきれないでいた。そしていつしか、執心は嫉妬へと移り変わり、嫉妬は憎しみとして吐き出されることを望み、吐き出された憎悪は若い美女たちの命を奪うこととなった。
老婆は魔法の鏡の前に立ち止まった。そして呪文を紡ぐように、枯れた声で鏡へと問いかける。
「鏡よ鏡。世界で一番美しい女性はだあれ?」
幾度と投げかけた粘調な言葉は、停滞した空気に気化して混じり合う。また一つ増える怨念に反応するかのごとく、鏡は面を波打たせて原色の絵の具を混ぜ合わせるように渦巻いた。そうして映し出された輪郭は、どうやら少女のようだった。だからといって躊躇はない。既に何人もの美女を手に掛けた彼女が、今更年齢に躊躇う理由はなかった。
次第にはっきりとしてゆく輪郭に、彼女は我が目を疑った。それは紛れもなく、昔、まだ魔法を満足に使えない頃の自分だった。
呆気に取られている間に、鏡は幼い自分を映し続ける。映像は煤を被りせき込んでいる姿であったり、肘や膝を擦りむいて泣いている姿であったりと様々だった。そしてそのどれもが、最後には笑った姿で終わっている。
それは魔法を追求し続ける昔の自分だった。幾度と失敗しても、挑戦することを止めない、今とは何もかもが違う自分だ。
老婆は縋るように鏡に泣いた。努力の先に何を見ようとしたのかも思い出せず、やせ細った指で鏡面を撫でながら崩れ落ちた。