5.6 重苦しい空気
今、目の前にはなぜか野田くんがいて私を見つめている。
そして私も野田くんを見つめている。
でもそれも当然、今は美術の時間で、ランダムに決められた相手とお互いの姿をスケッチするという課題に取り組んでいるのだ。
クラスのみんなは素直に黙々と鉛筆を動かしている。野田くんも、私も。
ただ、野田くんの視線があまりにも強くて……私はもうノックダウン寸前だった。
今日は朝からいろいろあったうえに選択科目が続いて野田くんと同じ教室にほとんどいられなかった。しかも昼休みになったらなぜか広田くんが教室に来て、一緒にランチしてって頼まれちゃったし。
いつもはみっちゃんと一緒に食べるんだけど、今日はバレンタインだから高須くんと食べるらしくて私はボッチ確定だったので「いいよ」と言った。
でもどうして私なんだろうと思っていたら、すぐに疑問は解けた。ベンチで一緒に並んでお弁当を広げていたら、周りの人達がチョコをあげる瞬間に何度も遭遇したから。そう、広田くんもバレンタインが嫌いだから、今日みたいな日はしんどいんだろう。
「私がそばにいれば誰も広田くんにチョコを持ってこないね」
そう言ってみたら、広田くんは驚いたけど嬉しそうにうなずいた。
で――なぜ今その時のことを思い出しているかというと、その時、広田くんのスマホに野田くんからのメッセージが届いたからだ。広田くんはそれを読むと私に「立花さんとのこと、野田に言ってもいいかな?」と頬を赤らめながら訊いてきた。
なるほど、盾になる人間がそばにいることの幸せを自慢したいのかなと思って「いいよ」って答えたんだけど――。
「……ごめん。野田くん」
たまらずギブアップする。
そんなに見つめられたら恥ずかしくて絵なんて描いていられない。
それに野田くんのことが好きだっていう気持ちを抑えられなくなっちゃう……。
でも野田くんは私から視線をそらしてくれなかった。
「あの……ほんとごめん」
限界を感じてもう一度謝ると、野田くんははっとした顔になった。そして小さくうなだれた。
「いや……こっちこそごめん」
しばらく二人してうつむいた。
鉛筆が紙の上を滑る音に囲まれ、私達は手を止め、お互いの顔を見ることもなくうつむいていた。
「あの、さ」
野田くんがためらいがちに口を開いた。
「こうなったら訊くけど、俺、勘違いしてたんだよな……」
「勘違いって?」
「だから……あ、いや、なんでもない。さ、絵を描こう」
「う、うん」
そして重苦しい空気の中で野田くんのことを描きながら、私は思った。
たとえ野田くんがバレンタインを嫌いじゃなかったとしても、こんな感じでは告白どころかチョコを渡すなんて無理だったな……と。
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