5.1 頑張って作ったけど……ちょっと怖い
甘いチョコレートの香りがダイニングまで漂ってくる。
今年も大好きなシーズンがやってきたなあってあらためて思う。
「あー、幸せだなあ」
「愛華はほんとチョコが好きだよね」
「うん!」
にこにこ顔のさらに上、満面の笑みでうなずいたら、向かいに座るみっちゃんは渋い顔になった。
「あーあ。どうして日本のバレンタインはチョコをあげるのが普通なんだろう。私、作るのも甘ったるいのも苦手なのに」
そう言うみっちゃんの手にはブラックコーヒーが入ったマグカップが握られている。
さっきまで私とみっちゃんは二人でバレンタインチョコを作っていた。私の家でのチョコ作りは毎年恒例の行事になっている。
小学生の頃は製菓用の板チョコを刻んで溶かして固めるだけの、ほんと簡単なものしか作っていなかった。あげる相手も家族や友達だけだった。でも今は――みっちゃんは違う。みっちゃんは恋人の高須くんのために特別なものを作るようになった。甘いのが苦手といいつつも、甘いのが大好きな高須くんのために頑張るみっちゃんはとっても素敵だと思う。
そして私も――今年は特別なチョコを作った。
心までほんわかしてきたのは、余ったチョコを溶かして作ったカフェモカのせいだけじゃない。これは恋をしているから。うん、私のこの感情はきっと恋。ぽやんとしていたこの感情の輪郭がくっきりしてきたのは、初夏から続いたいろんな経験のおかげだ。
早く渡したいなって思う。
だけど渡す時のことを想像するだけでひゅうっと背筋が寒くなるのは……勇気がないから。
「ねえ、みっちゃん。大丈夫かなあ」
みっちゃんには私がチョコを渡す相手は打ち明けていない。……だって恥ずかしいから。でも一つだけ特別なものを作っていた私を見て察してくれている。
「心配になってきちゃった。どうしよう……」
「またあ? いくらなんでも自信なさすぎだし悲観しすぎじゃない?」
「でもでも!」
「大丈夫。自信もって。きっと相手も愛華のチョコを待ってるから」
「……そうかなあ。だって私、先週の家庭科でチャーハンを焦がしちゃったんだよ?」
「え? 愛華が料理で失敗するなんて珍しいね」
みっちゃんが心底驚いたといった感じで目を見開いた。
うんそう、何を隠そう、私は家庭科全般が得意なのだ。手芸だけしか取り柄がないわけではないのだ、決して。
「実はね」
二人きりしかいないダイニングだけど、こそっと小さな声で打ち明ける。
「バレンタインのことを考えていたら上の空になっちゃって……」
「……ぶはっ! 愛華ったら純情!」
「もう! 笑わないでよ!」
ふくれてみせたら「ごめんごめん」と涙目で謝られた。……涙が出るほど面白かったってどういうこと?
と、そこに従弟の卓也が現れた。
「ただいま。……と、あんたも来てたんだ」
弧を描いていた卓也の目がみっちゃんを認めるや尖った。
卓也は私のママが作る夕食がすごく好きで、こうして毎日学校帰りに我が家に来る。だから我が家の鍵も持っているし、インターホンも鳴らさず勝手にあがってくるのだ。ただ……。
「おかえり卓也。でもみっちゃんにあんただなんて言い方したら失礼でしょ?」
卓也は昔からみっちゃんに冷たい。絶対に名前を呼ばないし、こうして私が注意しても知らんぷりする。今もみっちゃんを一瞥するやキッチンの方へと行ってしまった。
「お、いい香りがすると思ったら今年も作ってたんだな」
「う、うん。まあね」
いくら強く言っても卓也には響かない。だから最近はあきらめ気味だ。
「今年は何をくれるの?」
「ガトーショコラ。ていうか、卓也がガトーショコラがいいって言ったんでしょ?」
「はは。ありがとな、愛華」
ああもう、こうやって無邪気に笑われると怒れないんだよね……。
と、ご機嫌になった卓也の雰囲気が一転して不穏なものに変わった。
「これなに?」
その視線の先にあるのは焼きたてのハート型のクッキーだ。
「なにってクッキーだけど?」
食紅で染めたピンクとココアを混ぜ込んだこげ茶のクッキーは、冷めたらチョコをサンドしてそれぞれ重ねるつもり。そんな手のひらサイズのクッキーを予備含めて七個作る予定でいる。
「……!」
卓也の顔色が変わった。怒ったのだ、とはっきりと分かった。
「どうして怒るの?」
何か悪いことをしたのかもと慌てると、なぜかみっちゃんが「気にしない気にしない」と私の手をとった。
「さ、ラッピング買いに行こ」
「え、でも」
卓也が何か言いたげに睨んでるんですけど。
だけどみっちゃんに強引に手を引かれたから「じゃ、行ってくるね」と卓也を残して家を出た。
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