4.4 一番を教えて
「あ……お久しぶりです」
同級生相手に敬語になってしまったのは、『あれ以来』この二人とは会話をしていないからだ。つまり、もう一年以上会話していなかったことになる。しかもその久しぶりの会話がお互い仮装をした状態でなんて、きっと滅多にないんだろうな。
「久しぶり」
「……」
「す、すごくかわいい。小悪魔?」
「ああ、うん。そう。小悪魔だよ。チャールズさんが縫ってくれたの」
「チャールズさんって誰?」
ややどもりながらも普通に話そうと努力してくれていることがとても嬉しくて、気づけば話がはずんでいった。
「高須くんの執事さん。ほら、あそこの燕尾服を着ているロマンスグレーの髪の人」
「ええっ? あの人がこの衣装を?」
「すげえ……。店で売っているものとそん色ないな」
「だよね。でも私には似合わないよね」
こんなに素敵な衣装をわずか五分で仕上げたチャールズさんはすごい。すごすぎる。材料をぱぱっと用意できる高須くん家も相当すごい。でも私にはそんな素敵な衣装を着こなすことはできていない。それがすごく残念で……。
だけど菊池くんが間髪いれずに「そんなことない。似合ってる」と言ってくれた。もうすっかり落ち着いている。
「かわいいっていうのも嘘じゃないから。な? 山中」
「ああ、うん。その……すごくかわいい」
そう言った山中くんの目元が若干赤くなっていることに気づいた。
「どうしたの? 体調よくない?」
「え?」
「熱があるのかな。えいっ」
踵をあげ、ぐっと手を伸ばして山中くんの額に触れる。
「あれ? 熱はないみたいだね」
「た、立花さんっ」
「あ、手袋があるからかな」
さらに顔を赤くする山中くんを見ていれば私がきちんと熱を感知できていないのは明らかで、急いで手袋をはずした。腕がむき出しになる恥ずかしさには目をつぶろう。
「もう一回測らせてね。えいっ」
そうやって再度額に手をあてようとしたところで、なぜか伸ばした手を菊池くんにとられた。
「はあ……。立花、相変わらずの天然小悪魔なんだな」
「へ? 私の小悪魔はただの衣装だよ。やだなあ、天然って。それを言うなら作り物の小悪魔でしょ?」
おかしなことを言うから笑ってみせたら、なぜだろう、菊池くんに握るその手を引っ張られた。
ヒールのあるブーツを履いているから踏ん張れなくて、慣性にしたがって私の顔は菊池くんの胸にぽすんと収まった。
「いいや。立花は天然の小悪魔だ」
「おい菊池っ!」
基本寡黙な山中くんが急にいきり立った。
「今すぐ立花さんから手を離せ!」
「はいはい」
言われた通り、菊池くんはあっさりと私を離してくれた。
ごめんね菊池くん。私が慣れないヒールを履いていて危なっかしかったんだね。だからさっきも手を掴んで支えてくれたんだよね。なのに怒られちゃって、ほんとごめん……。
「ところで立花は野田と広田のどっちとつきあってるの?」
「え? 何?」
自己反省していたのと、向こうで騒がしい集団が大きな声を上げたせいでよく聞こえなかった。
「だから。野田と広田、どっちとつきあってるのかって訊いたの」
あれ、やっぱり私の耳、調子が悪いのかな。
菊池くんが言っていることがうまく理解できないや。
あり得ないことを言われるとなんて返せばいいのかわからなくなる。
「えーと。その質問の意図は?」
「……意図?」
菊池くんがびっくりした顔になった。
「そう返されるとは思っていなかった」
「私のほうこそそんな質問されるとは思わなかったよ」
久しぶりに会話をした同級生にこんな変なことを訊かれるなんて思ってもいなかった。
「じゃああっちでじっくり話そうぜ」
「え? それは困る」
バルコニーへ誘われて間髪入れずに断ったら、菊池くんがもっと驚いた顔になった。
「どうして駄目なんだよ」
「えっと。野田くんと広田くんにお水を持っていきたいから」
正直に答えたら、なぜか菊池くんの目が据わった。あらら、まん丸になったり細くなったり、菊池くんの目ってすごく忙しいんだね。サッカーする人ってそういうものなの?
「なんだよ。やっぱり二人のどっちかとつきあってるんじゃないか。ていうか二人まとめてつきあってるとか?」
「だからそういうんじゃないから」
ああもう、どうして堂々巡りの会話になるんだろう。
野田くんも広田くんも私のこの似合わない恰好を見ていて気持ち悪くなっちゃったんだよ?
それなのに私と、その、つ、つきあってるなんてことあるわけないよ。
「だよな。野田も広田も独占欲が強そうだし」
独占欲?
そんなのないと思うけど。
気まずくなるまでは、野田くんは猫ちゃんの写真を惜しみなく共有してくれていたし、広田くんとはおでかけのたびに食べ物を半分こしていたもの。
「だったら立花さんは誰とつきあってるの?」
ずっと話を黙って聞いていた山中くんまでこの変な会話に参加してきた。
「もう! 私は誰ともつきあってないし、今まで恋人がいたこともありません!」
いい加減疲れてきたのでびしっと言ってやったらすごくすっきりした。
でもこれになぜか二人揃って高揚しだした。
「だったら俺にもまだチャンスあるかな」
意味がわからなくてこてっと首を傾げたら「一年の時、試合に誘ったこと覚えてる?」と菊池くんが言い出した。
「あ、うん」
「あれ本気だから。先輩がどうとか違うから。俺がゴールをきめるところを立花に見てほしいんだ。いつも、いつまでもずっと」
そこに山中くんまで「俺も……一緒に勉強しようって誘ったのは覚えてるかな」と問われた。
「う、うん」
「あの時も今も同じ気持ちだから。高校だけじゃない、大学も、その先も立花さんとずっと一緒に肩を並べていたいんだ……!」
これは一体どういうことだろう。
えーと、菊池くんは私がサッカー好きだと勘違いしているのかな?
シュートする瞬間を生で見たいとか、口走ったことあったっけ?
山中くんは……もしかして解けない問題がいっぱいたまっちゃってるのかな。
でも大学生になった時のことまで心配するなんて、いくらなんでも心配性じゃない?
むぐぐと口を閉ざしていたら菊池くんが突然山中くんにこそっと耳打ちした。「もうあれしかないから言うぞ」と。これに山中くんがためらいつつも力強くうなずいた――と思ったら。二人揃って興奮と緊張が混在した表情で私に向き直った。
「あのさ」
「う、うん」
「俺達のどちらか一人を選んでくれたら嬉しいけど、二人同時でもいいから」
さっきから会話がかみ合わなくて理解が追い付かない。菊池くんに続いて山中くんまで変なことを言い出した。
「こう見えて俺達、保育園時代からの幼馴染だから仲はいいんだ。だから菊池となら立花さんとの時間を共有してもいい」
ええと。
同時というのは、サッカーの試合を見ながら一緒に勉強をすればいいってこと?
えーと……それはさすがに大変じゃないかな。というかそこまで私は器用じゃない。サッカーの試合を見るときはサッカーに集中したいし、勉強をするときは静かな場所で集中してやりたいし。
「それならいいだろ?」
うう、二人の圧が強い。
「な? 考えてみてくれないか?」
「でもそれはちょっと大変かなあ……」
だけど二人は一向に引いてくれない。
「大変じゃない。ちゃんと俺達がフォローするし無理はさせない。優しくするしたくさん甘やかす」
「まずはお試しからでもいいから」
お試しっていっても、サッカーの試合を見ながら勉強をするなんて絶対に無理だよ。古文も数式も頭に入らないよ。とはいえ、
「な? この通り!」
「う、うん……」
二人のドラキュラの真剣な面持ちに若干流されかけたところで――救世主が現れた。
「お前ら立花さんを困らせるな……!」
「そうだ! お前達には立花さんはふさわしくない!」
「……野田くん! 広田くん!」
助かった――と思ったけど、野田くんも広田くんもなんだか怒っているみたいでどきっとした。で、その理由にすぐに気がついた。
「ごめんね。お水持っていくのが遅くなって。すぐ探してくるから」
ぴゅーっと駆け出しその場を離れる。もうヒールだからとか言っている場合じゃない。
冷水を注いだグラスを持って小走りで二人のところに戻ったら、なぜか野田くんと広田くん、菊池くんと山中くんの四人がにらみ合っていた。
「どうしたの? はいどうぞ」
グラスを差し出すと広田くんが毒気を抜かれた表情になった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。はい、野田くんもどうぞ」
強引にグラスを持たせると野田くんが切羽詰まった表情を向けてきた。
「立花さん」
「は、はい」
うわあ、今日の野田くんはいつも以上にかっこよくて、こうやって見つめられるとどきどきしちゃうな。文化祭の時の告白バトルも、野田くんに見つめられてすごくどきどきしたんだよなあ……。
「今日こそはっきりさせてほしい」
「はっきり……?」
過去にトリップしかけていた頭をむりやり現実に戻すと、野田くんは今までにないくらい真剣な表情で問いかけてきた。
「教えて。立花さんが一番好きなのは誰?」
「一番?」
「そう。一番。前に俺に教えてくれただろ? あの時と今の気持ちは同じだよね?」
と、その時。
「一番好き」という台詞で私はようやく大事なことを思い出した。
「……ああっ!」
突然大声を出した私に四人の男の子が揃ってびくっと震えた。
「どうしたの?」
「すっかり忘れてた!」
「何を?」
「パンプキンタルトとパンプキンプリンを食べるのを!」
今日一番の楽しみだったのにどうして忘れていたんだろう。壁掛け時計を見ればもうだいぶ時間がたっているし、机に並ぶ大皿のどれもがほとんど空っぽになっている。
でも私、まだ何にも食べてない。
一番好きなかぼちゃのスイーツ、一つも食べてないっ!
……ああもう、泣きたくなってきた。
「ごめんね。ちょっと行ってきてもいいかな?」
潤んだ瞳で見上げたら、野田くんが「うっ」と喉を鳴らして黙りこんだ。
「いいかな……?」
残る三人にも上目づかいでそろそろとお伺いを立てると、三人ともぐっと黙りこんでしまった。
「いいかな……?」
もう一度野田くんに視線をやると、「……いいよ」と若干目線を逸らされたものの言ってもらえた。
「……ありがとう! 一番大好きなの!」
我ながら単純というか、なんというか。
いいよって言ってもらえた瞬間、満面の笑みになっていた。
*
その寸劇みたいな一部始終を僕、小太郎は愛しの美玖ちゃんとやや離れたところから眺めていた。
「……立花さんって史上最強の天然小悪魔だね」
「今頃わかった?」
足取り軽くスイーツコーナーに向かう立花さん。
残された四人の男達は揃ってもだえ苦しんでいる。
「あれだけの面子を相手に……。さすがは美玖ちゃんの親友だね」
「従弟の卓也くんのしていることもあながち間違いじゃないでしょ?」
「……うん、そうかも」
従弟の存在は正直話を面倒なものにしているだけかと思っていた。だけど先日の告白バトルと今日の一部始終を見る限り、ああやって勘違いしているくらいでちょうどいいように思えてくるから不思議だ。天然過ぎて、素直すぎて、純粋過ぎて、そして可愛すぎて……小悪魔すぎて。でもけっして憎めないんだ。ああもう、彼女はなんて罪作りな女の子だろう。
ふと思った。
「立花さんはいつになったら恋人ができるんだろうね」
これに美玖ちゃんが渋い顔で言った。「つきあう以前に両想いになるのがすごく難しいよね」と。
うん、確かに。
立花さんと両想いになるのはすごく難しい。
4.3で挿入したイラストは一本梅のの様が描いてくださいました。
のの様のおかげでこのSSはできました。
のの様、このたびは本当にありがとうございましたm(_ _)m




