4.2 みんな頑張れ!:小太郎視点
僕は高須小太郎。ここは僕の家だ。いや、正確には豪邸だ。世界を代表する高須コンチェルンの総裁である僕の父は、こういった豪邸を世界に五軒所有している。僕の代には十軒、いや百軒にしようと思っている。
さて、ダンスホールにもなる大広間には招待者の多くがすでに集まっていて、その中には当然、僕の親友である野田と広田の姿もあった。
ちなみに広田は白衣を着ただけの医者、野田はマントを肩にかけただけの魔法使い……のつもりらしい。
お前ら、この高須小太郎主催のハロウィンパーティーによくもそんな手抜きで来れたな。
「今日は立花さんどんな格好で来るのかなあ」
さっきからそわそわとしているのは広田だ。
おい広田、お前が落ち着かないのは分かるよ。
でも自分の恰好を見ろよ。
その手抜きでよくも立花さんに過剰な期待ができるな。
逆に椅子に座って手元のカメラを無言でいじくっているのは野田だ。
おい野田、お前そのカメラで立花さんを激写するつもりだろ。
でもそんなことをしたらただの変質者だからな。
カメラってのは気軽に他人に向けていいものじゃないからな。……せめてスマホにしてくれ。
と、背後に執事のチャールズが近づいてきた。
「坊ちゃま。美玖様と立花様がいらっしゃいました」
その名が聞こえるや、広田と野田がぴくんと肩を震わせた。
広田はいよいよ落ち着かなげに視線をさまよわせ、野田のカメラをいじる速度が速くなる。まったく、これだから恋愛初心者ってやつは。
「二人はここで待ってて」
「お、おう」
「分かった」
やはりというかなんというか、自ら出迎える気概も勇気もない二人をおいて玄関へと向かうと、そこには僕の愛しの美玖ちゃん、それに立花さんが揃っていた。
「わあ、さすが美玖ちゃん。ファビュラスな格好だね! ……って、立花さんは何してるの?」
「はい?」
振り返った立花さんは黒い布の塊に足を突っ込もうとしたところで動きを止めた。
「あ、高須くん。これどうかな?」
びよーん、と布を引っ張り上げると、それがパジャマの類なのだと分かった。
「猫ちゃんだよ?」
フードをかぶれば、確かに黒猫だ。
だぼだぼの衣装に上目遣いで「猫ちゃんだよ?」と言われるのは……なかなかいい。
でもちょっとなあ……。
僕の親友があれだけ期待しているのに、これだとちょっと物足りない……かな……。しかも猫の顔、やけにブサイクだね。
「小太郎」
美玖ちゃんがちょいちょいと僕に手招きした。
「どうしたの?」
「ごめん。私、愛華にこのパーティーにあの二人が来ることをちゃんと伝えられてなかったみたい」
「え? そうなの?」
「うん。しかも愛華、今日は単なるデザートバイキング的なパーティだと思ってて」
「あ、そうなんだ」
そこに立花さんが口を挟んできた。
「違うの?」
きょとんとした顔は本心からの問いかけだろう。
ああ、なんて無垢で天然なんだ。君ってやつは。
だがここでピンとひらめいた。
「そう。違うんだ」
ニヒルな感じの笑みが口元に広がっていくのはこれからの展開に期待してしまうからだ。
「実はね。今日のパーティーでは仮装のレベルによって食べられるものが違うんだ」
「えっ」
「男子はかっこよさ、女子はかわいさ、あとはどれだけ美しいか本格的か、そういうので参加者全員が評価されるんだ。評価するのはもちろんこの僕」
胸をぱんと叩いてみせる。
ちなみに今日の僕はタキシードを着て頭にはモーツアルト的な白の巻き毛のかつらをかぶっている。
「だから高須くんもみっちゃんもそんなに気合入ってるんだ……」
案の定、素直な立花さんは僕の嘘を信じ込んでしまったようだ。
「というわけで」
意地悪だけどあらためて立花さんの恰好を眺めてみる。
「今日の立花さんは……うーん、せんべい一枚ってところかなあ」
「……ええっ!」
今度こそ本当に驚いたようだ。
「おせんべいも好きだけど、私、かぼちゃのスイーツがすごく好きなの……。どうしよう……」
「ああそうなんだ。うちのパンプキンタルトとパンプキンプリンは絶品なのになあ」
「……知ってる。みっちゃんから聞いてたから」
ああ、なるほど。きっと美玖ちゃんはかぼちゃのスイーツで立花さんの参加意欲をあおったんだな。で、他のことは立花さんの耳に入らなかった、と。
「そんなに食べたい?」
「うん!」
「だったらチャンスをあげる。おい、チャールズ」
ぱちんと指を鳴らすと、さっと僕の背後にチャールズが立つ。
「今すぐこの淑女にふさわしい衣装を見繕うんだ」
「は。かしこまりました」
うん、さすがはチャールズ。
うちの執事は優秀だからどんな無理難題もささっとこなしてくれるんだ。
「どどど、どういうこと?」
「立花さんはかぼちゃのスイーツが食べたいんだよね?」
こくりとうなずいた立花さんに僕は満面の笑みを返した。
「じゃあチャンスを掴むためにも頑張ろっか」
*
広間に戻って来た僕の背後に目的の女性がいないことで、野田と広田がくってかかってきた。
「おい。立花さんはどこに行った?」
恋に溺れる男達には僕の隣に立つファビュラスな魔女が見えていないみたいだ。
「焦るな焦るな。淑女の準備には時間がかかるんだ」
「は?」
「二人とも僕に感謝することになるよ」
くくくと笑う。
「ねえ小太郎」
「なあに美玖ちゃん」
「私はどれを食べたらいいの?」
「ああもう、美玖ちゃんはどれを食べたっていいんだよ」
君がこの場で、いやこの世界で一番素敵な女の子なんだから。
「じゃあさ」
その世界一素敵な美玖ちゃんが何やら含むような顔つきになったと思ったら。
「野田くんと広田くんはどれを食べることができるの?」
「……ああ」
にやりと笑う。
なるほどね、美玖ちゃん。
確かに二人ともせんべい一枚にしか値しないね。
いや、柿の種のピーナッツ一個で十分だね。
ちなみに僕はピーナッツはいらない派だよ。
「野田。広田」
「なんだよ」
「お前達も今から衣装チェンジだ」
「はあ?」
「俺はこれでいいんだよ」
抵抗する二人にずばっと言ってやる。
「駄目駄目。立花さんは超絶かわいい恰好なんだから、それじゃあ釣り合わないよ」
「彼女は人を見かけで判断しない!」
「そういうことじゃない。このパーティーには実は決まりがあってね」
にやり。
ああ、今日の僕はどうやらこういう役回りみたいだ。
いいだろう、不肖この高須小太郎、今日は親友のためにひと肌脱ぎましょう!
「最後につり合いが取れる者同士でツーショット写真を撮ることになってるんだよね。でも今の二人じゃ……」
わざとらしく全身を眺めて再び悪役っぽい表情を作ってみる。
「うーん、立花さんには釣り合わないね。これじゃあ立花さんはあいつとかあいつとツーショット撮ることになるなあ」
指さした方向にはサッカー部の主将である菊池と全国模試で常に上位にいる山中がいる。ちなみにさっきから二人は壁際で不特定多数の女子に囲まれて大変なことになっている。
菊池も山中も仮装はドラキュラでかぶっているけど、あれ、男らしさをアピールするには一番いいんだよね。まあ仮装のプロの僕からしたらまだまだだけど。
ここで一応親友のことをフォローすると、野田も広田も二人に負けないすごくいい男だよ。でも二人の衣装が適当なのは事実だし、二人が立花さんに惚れていることは学園祭以来周知の事実だから、どの女子も近づかなくなっちゃったんだよね。
「さあ。どうする?」
あらためて仕切り直す。
「着替える? 着替えない?」
敢えて選択肢を二人に与える。
だが僕の親友は迷いなく正しい選択をしてくれた。
「着替えるに決まってるだろう……!」




