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金貸しドラゴン  作者: 純米 一久
第二話「宝石ドラゴン」
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二の五

 約束の日がやってきた。

 俺はバーバラさんと豪邸の前に立っている。貴族街の奥の方に建つこの館は、地方に広大な領地を持つ伯爵の別邸なのだそうだ。

 館の使用人に案内されて、応接室へと通された。広いその部屋には、奥側にテーブルが一つ、いすが二つ。その周りには何人かの屈強な男が立っていた。俺とバーバラさんが一緒に入口側に立ってしばらく待っていると、二人の女性が入ってきた。彼女たちがいすに腰掛けると、お茶や茶菓子などが使用人達によって運ばれ、テーブルがセッティングされ、会談の準備が行われた。

 一人目は、金髪を編み上げた細見で四十代ぐらいの女性。先日宝飾店で会った女性だ。彼女がこの館の主人なのだろう。

 二人目は、小柄で銀髪。顔はヴェールで覆っていて見えない。たぶん、若い女性。だが、身なりにお金がかかっているのがわかる。顔を隠しているから、婦人の娘や親族では無いと思われるが、この場に同席していることから、それなりの身分の女性と読み取れる。


 貴族を相手にする際のマナーは、にわか仕込みだけどチシャさんから教わってきた。貴族の館ではホストが許すまでは、格下のゲストが口を開くことはできない。俺たちはひたすら頭を下げたまま、婦人がこちらに声をかけるのを待った。

 ちらりと婦人の様子をうかがえば、こちらをじっと見つめているのがわかった。たぶん値踏みをしているのだろう。


「グレコフ領主アヴドーチヤ=シュタルク伯爵夫人ヒルデガルド=シュタルクです。」


 こちらの忍耐力を十分に試してから、婦人改めヒルデガルド伯爵夫人はこちらに声をかけてきた。


「こちらは、わたくしの友人のリア」と、ヴェールの女性を紹介した。顔と同様に身分も隠すらしい。

「あなたのお名前は?」

「は、王国の商業組合所属の商人、祐兵と言います。来たばかりですので、店はまだありません」

「スケタカ……珍しいお名前ね。どちらからいらしたのかしら?」

「東の方の国から渡ってきました。父祖はさらに東の方にある島国の出身だと聞いています」


 ファンタジーのお約束。珍しい名前は東方出身と騙ればごまかせる。


「さて、本日はたいそう立派な宝石をお持ちいただいたそうですね。早速見せていただけますか?」


 さらにいくつかの雑談を経てから、ようやく本題に入った。ここからが正念場だと気合いを入れる。

 足下に置いていたトランクを開き、三つの小箱を取り出す。取り出した小箱は、伯爵夫人の使用人に手渡す。直接渡さないのがマナーらしい。

 小箱を受け取った使用人とさらに別の使用人が箱の表面と中身を改める。確認を終えた小箱はふたを閉じられから、伯爵夫人の前に並べられた。


「今日お持ちした宝石は、強めの光を当てることでいっそうの輝きを増します」


 伯爵夫人が箱を開く前に、商品をアピールするための小細工をする。


「『明かりの呪文』を使っていただけますか。もし使える方が居られなければ、こちらで用意します」


 『呪文』は経験や修行を一定程度積んで位階を高めたものならば誰でも使える。決まったコマンドワードを習って唱えるだけだ。

 つまり、これを使えると主張することはある程度の実力があると相手に伝えることであり、


「いいえ。それには及びません」


 護衛も相応に実力を持つものがそろっていると、相手もこちらに伝えてくるということだ。

 伯爵夫人の使用人の一人が、『明かりの呪文』で部屋を照らした。


 宝石を入れた小箱は、街を歩き回って探した逸品だ。それぞれ中に入れた宝石に合わせた色を選んである。

 ヒルデガルド伯爵夫人が最初に手に取ったのは緑色の箱。四角にステップカットされたエメラルドが光を受けて豊かな緑の色をみせる。


「これは見事ね」「ええ、見たことの無い輝きだわ」伯爵夫人とその友人が声をそろえて感動している。

「シンプルな形状のエメラルドは様々なブローチや指輪などアクセサリーに使えます」


 次に赤い箱を開く。涙滴型のティアドロップカットが燃えるような輝きで彼女たちのほほを染める。


「こちらも素晴らしい」「先ほどのものにも劣らないわね」

「情熱的な赤のルビーは、女性を魅力的に見せます。この形には表裏がありますので、ペンダントなどがよろしいでしょう」


 最後の白い箱が開かれる。透明な宝石のダイヤモンドカットは一見地味だが、光を受けて輝くその姿は宝石の中の宝石だ。


「これは……」「透明感は素晴らしいし、見たことの無い逸品だけど」「評価と使いどころが難しいですわ」

「ダイヤモンドは光を受けて輝くときに真価を発揮します。指輪にしてかざして見せたり、ティアラに使うと実に映えます」


 突然、周囲がざわめいた。伯爵夫人は表情を硬くし、使用人が殺気立つ。何事かと見回せば、ほとんど全員の視線がこちらに集中していた。


「……バ、バーバラさん。何があったんですか?」


 後ろに小声で話しかけた。彼女は渋い顔をしてこっちを見ていた。


「貴様は間抜けか小僧!! 王冠を勝手に作ったら、国王に翻意ありと思われる。作れというと言うことは、反乱をそそのかしているようなもんじゃ」


 ……うかつだった。前の世界では国王は居ないし、ティアラ=王冠なんて珍しいファッション程度の意識しか無かった。

 意味を知ってから顔を上げると、針のむしろのような視線にさらされていた。緊張感に声を出すことも出来ない。


「作るなら指輪の方が良さそうですね」


 沈黙を破ったのは、伯爵夫人の友人のリアさんだった。

 一斉に注目を浴びた彼女は、伯爵夫人に顔を向け、ゆっくりと首を振る。すると、場の緊張感が解けていった。


「こちらの宝石をアクセサリーにする時は、あなたに頼めば良いのですか?」


 自分に向けられた発言だったが、硬直して動けなかった。


「だめ、でしょうか?」


 バーバラさんが後ろから小突いてくれて、ようやく硬直が解けた。


「え、あ、俺じゃダメ……じゃなくて……失礼しました。私ではそこまで及びませんので、こちらのベンエッチン宝飾店の方へご依頼ください。お望みの品に仕上げてもらえるはずです」


 トラブル対応が遅れた。とちったし、失敗もした。フォローのお礼に婆さんに仕事を回すように言ってみたけど、これ以上は余計な口を開けないな。

 伯爵夫人からは未だ厳しい視線で見られている。うかつに顔をそらすのもNGだけど、にらみ返すような視線も返せない。


「さて、宝石の値段ですが」


 商談の締めとして、ヒルデガルド伯爵夫人が発言した。


「金貨三百枚。よろしいですね」


 もう一声と言いたいところだが、こちらが大きなミスをしている以上、つり上げは出来ない。

 俺は黙ってうなずくしか無かった。

 伯爵夫人の傍らの使用人が書面を用意してきた。貴族が組合を経由して大きな取引をする際に使用する契約書面だ。

 伯爵夫人のサインが入った書面が渡されたが、見ても内容が頭に入ってこなかった。

 自分のサインをして書面を返すと、封蝋がされてこちらに戻ってきた。これを組合に渡して手続きをしてもらえば、代金を受け取れる仕組みになっている。

 後悔にさいなまれながら、伯爵夫人に礼を本日の礼を儀礼的に伝え、バーバラさんと館を辞した。


 商業組合へバーバラさんと向かう道中は一言もしゃべれなかった。バーバラさんもこっちの心境をわかって黙ってくれているようだった。

 組合の建物で、いつものようにチシャさんが出てきてくれたので、先ほどの契約書面を渡して手続きを頼んだ。彼女も雰囲気を察したのか、個室へと案内し、お茶を入れてくれた。温かいお茶に少しだけ緊張がほぐれる。


「バーバラさん。ご迷惑をおかけしました」


 ようやく謝罪の言葉を口に出来た。


「気にするな、とは言えんが伯爵夫人は外にはださんじゃろうから心配するな」

「あの、リアさんと言われる方は」

「そっちは詮索無用と思った方がよいな。助け船を出してくれたんじゃから、感謝だけしておれ」

「はい」


 どうやら、この国にいられなくなる事態にはならないみたいだ。


「けど、あれがなければもっと高く……」

「お待たせ~」


 とぼやいていると、そこへチシャさんが入ってきた。引っ張ってきたワゴンにはいくつもの袋が乗っている。


「スケタカさん、すごいわね。いきなり伯爵様と大口の取引をしてくるなんて驚いたわ」

「たぶん今回だけですよ。他に売れるものを持ってませんから」

「そんなこと言って~。期待してますよ」


 謙遜では無く、本当に無いのだが、信じてもらえない気がする。


「それじゃ、今回の取引詳細がこれね」


 チシャさんが数字の並んだ書面を見せてくる。金銭の授受に組合を挟んだので、また手数料が取られている。


「宝石を三つ販売して、金貨九百枚。組合の金庫を使ったので、手数料が~」


 え?


「チシャさん、待った。いまいくらって言った?」

「うん? 手数料? 1%だから」

「いやその前」

「前って、売上? 九百枚でしょ。間違ってたかしら?」

「九百? 三百じゃ無くて」


 チシャさんは契約書面を取りだした。


「ええ、間違ってないわ。一個三百枚、三つで九百枚の支払いとなっているわね」


 書面を確かめると、確かにそうなっていた。サインしたときはちゃんと見ていなかったが、まさかあのとき告げられた金額が一個あたりだったなんて。

 信じられない思いで、バーバラさんに意見を求める。


「間違いないようじゃの。伯爵夫人はそれだけの価値を認めてくれた、ということじゃ。あとは、若いのへの援助の意味合いも入っているかもしれんな」

「援助?」

「まじめに商売を始めるところじゃと言っておったよな。交渉は未熟だし、慌てるとどもる。値付けもまだまだ甘い」


 婆さんは俺の肩をぽんぽんと叩きながら言った。


「どうしようも無いかと思ってたら、商売のイロハを学んで出直してきたようだし。見所が無いわけじゃないようだから、これからの働きに期待してるといったところかの」


 貴族に先行投資をしてもらえたということか。


「まあ、ワシらも原石を磨けば見事に光り輝くことがあると教えてもらったわい」


 大きな声で婆さんが笑う。当分の間、この婆さんには頭が上がらなくなった気がする。

 礼もかねて、バーバラさんへの手数料は約束よりも多く渡した。




 商業組合を出て、婆さんと別れてから振り返ると、そこにドラゴンが待ち構えていた。

 夕日に照らされて、彼女の赤い髪がさらに燃え上がるような色合いを見せている。


「スケタカ、商売はどうだった?」

「ああ、儲かったよ」


 俺は、手をひらひらと振ってみせる。金貨は組合の金庫に預けてきたので手ぶらだった。

 彼女は俺の手を取ると両手で包み込み、顔をそっと近づけてにおいを嗅いだ。そうして俺にニッコリとほほえむのだった。


「財宝の気配が増えている」

「そんなのまでわかるのかよ」

「わかるのさ」


 今度は、踊るように俺の周りを一周して、腕を組んできた。


「さ、スケタカ。帰るぞ」

「え?」

「まだ、私の分の宝石を作ってもらってないからな」


 ああ、そんな約束もしたっけな。

 ドラゴンに手を引かれながら、俺は、まだ名前のない俺の店へと帰るのだった。

第二話「宝石ドラゴン」は以上です。

第三話から新しいキャラクターを登場させていきます。

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