二の一
「七日後までに商売で金貨を増やさないと街を襲って埋め合わせをする」
ドラゴンにそんなことを告げられた。
逃げたら俺のせいで街が燃やされるし、ドラゴンは俺の居場所がわかるから逃げる意味が無い。つまりは、
「逃げ場も無い以上は、何とかして商売をやるしか無い」
とりあえず、あいつの残していった袋の中身を確かめることにしよう。重さと大きさからみて千枚ほど入っていそうなので、使いやすいように百枚ずつ小分けにする。
「しかし商売と行っても何をすればいいんだ?」
一人、愚痴をこぼしながら大袋から取り出した金貨を並べては数え、小袋に移し替える。
「都市で店舗を構えるから農業とか漁業の一次産業は無理だよな。無難なところで、前のレストランを継いでの飲食店か。転生前の知識で受けそうな料理を出せばしばらくは儲けが出せると思うけど」
大袋の中身が半分を切ったところで、金貨以外も入っているのに気づいた。
「製造業をやるとしたら、材木を加工して洗濯板ってネタはあったな。けど、作りが単純だから独占商売は無理。一ヶ月以内に真似されて売上零だな」
それを取り出してみると、こぶし大の石だった。財宝を一つかみ取ってきたとか言っていたから、石ころでも混ざったんだろう。とりあえず、脇に置いておく。
「ドラゴンが一年以上待ってくれるなら、どうにか出来そうなネタがありそうだけど、七日以内にとなると……」
数え終えると、袋の中身は金貨が千枚少々と銀貨が十数枚だった。
「金持ちの商人か、貴族とかの好事家を見つけて、興味を引きそうな何かを作って売る。一発勝負しかないか」
方針はなんとか見えた。後は明日にでも街を見回って勝負ネタと、カモ……もとい、好事家捜しだな。
バックパックに先ほど作った金貨袋を四つ入れる。
その時に、何かが視界の隅できらめいた。見れば先ほど除けておいた石ころがランタンの明かりを反射している。
「コレは……宝石の原石か? さすが赤いドラゴンの嗅覚だな。ただの石ころを拾ってくるようなことはしていないようだ」
こっちもバックパックに放り込んだ。残りの金貨袋は「探査の呪文」で見つけた隠し棚や、金庫に分けて隠しておく。
「探査の呪文」は、本来はダンジョンで隠し扉や罠の発見に使う呪文だが、こういう応用の仕方もあるのだ。
作業を終えたので三階の寝室に入り、ベッドにかけられた布をはぎ取り、バックパックを枕元に放り投げる。舞い上がるほこりにかまわず、ベッドに身を投げて眠った。人生の転機となった、いや転換させられた一日はようやく終わりを迎えた。
翌朝、バックパックを持って商業組合へと向かった。場所は教えてもらったので覚えている。ついでに、昨日は見る余裕の無かった周辺の店舗を道すがら眺めながら歩いて行く。
同じ通りには、食堂兼酒場の様な店があり、服や高級家具の店がある。嗜好品を売る店が集まる通りになっているかな。
大通りに出ると今度は食料など大衆向けの商店を多い。
人通りが多い中、昨日は中まで入らなかった、商業組合の建物の前に立つ。
ここからが勝負だ。昨日まで冒険者をやっていた俺が商売を始める。赤いドラゴンに食われないために、負けが許されない戦いだ。
自己暗示的にフィクションの中の商売人を思い浮かべて物まねをする、俺の震える心を隠す仮面をつける。
「ペルソナをつけろ。俺は商売人だ。隙を見せるな、金にがめつくなれ、信用を買い取れ」
深呼吸をして、表情を締め、未知の戦いへと踏み出した。
組合の建物に入り、近くに居た職員らしき人に用件を伝えると、まもなくチシャさんが満面の笑みをたたえてやってきた。
「おはようございます、スケタカさん。王国商業組合へようこそ。お二人とも昨日はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで。いいお店が出来そうだと、彼女も大満足でした」
本当はドラゴンは日没には居なくなっていたが、話を合わせて居たことにしておく。社交辞令という奴だ。
「それは良かったです。スケタカさんのご商売がうまくいきますよう、我々も願っていますわ」
商談のテーブルに着くと、彼女と自分の前にお茶が出てきた。いつも不思議に思うのだが、この世界は文化は洋風なのに緑茶が出てくる。日本人の魂を持つ俺にはちょっとうれしい。
そして、建物の売買について彼女との折衝をした。
当然ながら相場などサッパリなのだが、適当に相づちとはったりを交えて値切ったりサービスを要求したりするなどして商売上手を演じて見せた。我ながらうまく出来ていたと思う。
「では、売買契約の内容は以上ですね。商業組合への入会金と中級組合員権利の購入など含めまして金貨三百枚になります」
「代金はコレで。サインの前に契約書に目を通させてもらえるかな」
バックパックから金貨の小袋を三つ取り出して渡す。
代わりに受け取った契約書に目を通す。前にいた国とこの国では言葉も文字もほとんど変わりが無いようだ。商人特有の言い回しには苦労するが、わかっている顔をして読み続ける。
契約書を読み終えて顔を上げると、チシャさんが渋い顔をしていた。
「スケタカさん。申し訳ありませんが、商業組合ではこの金貨を受け取ることが出来ません」
「え? 何か問題がありましたか?」
「失礼ですが、この金貨はどうやって集めたのかしら?」
彼女の目が細くにらみつけるような視線になる。
「あ、いや。変なことはしてませんよ。えっと、俺は冒険者で、いや、それはもうやめたことにしてて、じゃなくてもうやめて、商売を……」
まずい、ペルソナがはげてる。一度茶でも飲んで仕切り直す。
「おほん。申し訳ない。俺は冒険者をしていたのですが、事情があってやめることになったんです。それで、それまで稼いだお金を元手に商売をすることにしたんですよ。だから、この金貨は俺が命をかけて集めたものです」
ギルバートさんに伝えた設定を思い出した。どこでとか具体的に聞いてきませんように。あ、チシャさんが顔を背けながら口元押さえて肩をふるわせてる。
「そうなの。それじゃ仕方ないのかなぁ」チシャさんにちょっと笑われている気がする、
「あのね、スケタカさん。たしかに金貨の枚数は三百枚あるんだけど、種類がバラバラなのよ」
言われて、彼女の前に広げられた金貨を見る。デザインは当然として、大きさに厚み、ものによっては円形で無いモノまで混ざっていた。
「うちは、王国の支援を受けている商業組合だから、この国で流通している金貨で無いと取引できないのよね……」
「ああ、それでですか」
「この国で流通している金貨、わかる?」
彼女は金貨を何枚か並べてみせる。
じっと並んだ金貨を見る。前に居た国の金貨はわかる。だが、この国は昨日着いたばかりだから金貨どころか銅貨すら見たことが無い。
「やっぱりね。じゃ、うちで換金もしましょうか」
「ここで出来るんですか?」
「ええもちろん。手数料はいただくけどね。ただね、コレだけ種類があると換金の前に、鑑定もしないとダメだし、金の重さだけで換金する分も混ざっていそうだから大変なことになるわよ。覚悟してね」
「手数料に鑑定料というと、いくらぐらいに?」
「そうね、規定の換金手数料だと5%。けど、明らかに古代の金貨やどこのものかわからないが混ざってるからいくらになるか想像もつかないわ。この金貨三百枚は、金貨三百枚以上の価値があるとは思うけど、たぶん手数料と鑑定料をまかなうには足りないでしょうね」
俺は四つ目の袋をバックパックから取り出した。
「この街で商売するための資金も必要になったから、こっちも一緒に換金してくれ。それで」
「ええ、後は任せて。正式な入金がまだだから契約の成立は先延ばしになるけど、あのお店は今日からあなたのものということで手続きしておくわ」
建物の売買契約書、入会手続き書、金貨の換金依頼書その他いろんな書類にサインして彼女に手渡し、引き替えに複写された控えを受け取る。そうして事務手続きは終了した。
早速、組合から受けられるサービスの一環として、日用品や食料品の購入先と、ドラゴンの持ってきた宝石の原石を買い取ってくれそうな宝飾店を紹介してもらった。
「茶葉が欲しいってのはわかるけど、生葉が欲しいというのは珍しいわね」
「ちょっとこだわりがあるのでね」
「お茶なら私も好きよ。いいのがあったら教えてね。それと、もう少し親しい話し方にしてくれた方がうれしいわ」
イイ笑顔を見せてくれる。彼女とは結構仲良くなれた気がする。
「じゃ、最後に私からのサービス」あれ、笑顔には違いないけど、なんか違うような……
「二枚だけ、金貨の種類を教えてあげる」
チシャは先ほど換金に出した金貨から二枚取り出して、一枚目をよく見えるように手に持った。
「この金貨は、この国の建国王が鋳造したものよ。当然、図面が建国王で裏の刻印は王国の印。金の含有量も多いし、建国王の人気は高いからこの金貨での支払いは受けもいいわ。覚えておいてね」
うん、建国王の金貨か。記念硬貨みたいなもので、人気があるってのもわかるな。……あれ、王国の金貨?
そして、二枚目の金貨を反対の手に持ってみせる。
「そして、こっちのは建国王のものから三度改鋳された後に発行された金貨。裏の刻印は同じだけど、図面は先代の国王ね。今一番使われている金貨よ」
あ、やられた……。表情にも思いっきり出てる。
「わかったようね。この二枚は王国で流通している金貨よ。よく覚えておくといいわ」
今日一番のとびきりイイ笑顔だ。俺は換金不要の金貨を換金に出して手数料を稼がせてくれたカモってことか。
「悔しいけど、勉強になったよ。授業料は高くついたみたいだけど」
「この街で商売をするんだから、これから頑張ってね」
最後にいくつかの資料を受け取り、彼女と握手をした。