その四
ギルバートさんと名乗った老紳士は、見事な紳士だった。細見の体にぴったり合った三つ揃えのグレースーツ。顔は細い目に柔和な笑みを崩さず、白髪の交じった黒髪を髪をオールバックに整えていた。あまりの隙の無いたたずまいに、貴族じゃ無いかと思って聞いてみたが「ただの食器店の店主ですよ」と軽く流された。
老紳士は俺たちを先導して歩き、途中で大きな建物に立ち寄る。
「ここは、商人組合の建物でしてね。今から行く店の管理しているのですよ。あなた方もここで商売をするなら、この建物は覚えておくとよいでしょう」
どうやらこれから行く店の鍵を借りてきたらしい。
雑談をしながら、大通りをしばらく歩く。
「それで、お二方はどのような商売をする予定ですか?」
「あー、それがまだはっきり決まって無くて。その……冒険者をやっていたのですが膝に矢を……じゃなくて、事情があって続けられなくなったので、今まで貯めた金で商売を始めることにした次第です」
嘘と事実を混ぜて適当にごまかす。「そうなのですか。ほっほっほ」とか言われると、嘘が見破られているような気がする。
お二人の関係はとかの問いにも、縁があって預かることになったとかごまかす。兄妹には見えないし、嫁とか思われるのも困る。
ドラゴンがおとなしくついてきてくれるから助かった。いまのところ、周りの風景とかに興味を持っているようだ。
しばらく歩き、大通りから少し離れたところで「こちらになります」とギルバートさんが案内してくれたのは、おしゃれな雰囲気を持った三階建ての建物だった。
「ここは、以前はレストランバーを営業していました」鍵を開け、両開きの扉をくぐると彼は懐かしそうに語ってくれた。
余り大きくは無いフロアにいくつかのテーブルとバーカウンター、大きな窓は日の光を入れて店内を明るく照らしている。
だが、それだけじゃ無いみたいだ。何か感じるものがある。
「二階と三階は居住フロアになっているので、住む場所にもなりますな」
「素敵なお店ですね。どうしてここを?」
「そうですね。詳しく話すと長くなるのですが、ここは以前私の古い友人が営業していました。私もお気に入りの良い雰囲気の店だったのですが、しばらく前に友人が亡くなりまして。」
「それは、お気の毒に。それでこの店を継ぐ人はいなかったと言うことですか?」
「そうです。彼にはこの店を継いでくれる身内は居ませんでした」
「でも、俺たちがバーレストランをやるとは限らないですよ」
「いえいえ、そこは良いのです。あなた方がここで商売をしてくれるだけでうれしいのです。」
「しかし、俺たちで良いのですか? 店で騒いだだけであなたに信用してもらえることはなにもしていないですよ」
「縁を感じたと言いますか。あの娘さんが商売をするんだといったときの熱のこもったまなざしに友人を思い出しまして」
「そうですか。奇縁と言うことになりますが、俺たちにとってはありがたい話です」
まあ、火山のドラゴンだし、視線に熱がこもっていてもおかしくないか。
ちらりとドラゴンの方を見れば、彼女もこの店に感じるものがあるようで、あちこちを見て回っている。
バーカウンターの向こう側のキッチンや個室スペースをのぞき込んでいるとき、玄関が開いて店に新しい人物が入ってきた。
「ギルバートさん、お待たせしました。お話はまとまりそうですか?」
二十前後に見える若い女性だ。ショートカットの金髪に、大きな目、明るい笑顔の印象が良い。服装は事務職を思わせるシンプルな装いだが、思わずバストに目が行くぐらいにスタイルも良い。お付き合いをお願いしたくなるような素敵な女性だった。
「ああ、お待ちしておりました。彼女は商業組合の担当者でチシャさんです」
「初めまして、チシャよ。この物件の担当をしてます」
「ユー……、祐兵です。よろしくお願いします。」
おっと、ユーフェは死んだんだった。
ドラゴンも本名で呼んでいるし、これからは祐兵と名乗ろう。
ギルバートさんとチシャさんの案内で店のあちこちを見せてもらい、前のオーナーの趣味の良さを感じる。一方でドラゴンは、建物に施された装飾や、そこに居る見えない何かに興味を引かれたようだ。
「スケタカ、ここは良いな」
「そうだな」と返事を返す。
「どう、このお店は気に入ったかしら?」とチシャさんが満面の笑みで聞いてくる。
「ええ、気に入りました。ギルバートさん、いい場所を教えてもらえて感謝します」
「先ほども言ったように、私はここを使ってもらえれば良いのですよ。お二人の商売がうまくいくように願っております」
ギルバートさんに礼を告げ、チシャさんと購入の詳細を話し合う。
正式な手続きは明日の朝と言うことでまとまり、今夜はここに泊まらせてもらうことになった。前のオーナーが残していった家具があるので、不便はなさそうだ。
「では、また明日」と言ってギルバートさんとチシャさんは帰っていった。
トントン拍子で手に入った俺の店。
二階の広いリビングにある暖炉に火を入れ、ソファーに腰を下ろす。
ドラゴンは開いた窓辺に腰をかけ、町並みを眺めている。
傍らにバックパックを下ろし、旅の荷物をほどく。
残った保存食を取り出し、夕食を考える。
もっと休みたいという気持ちを抑えて一階まで水をくみに行き、鍋やポットに水を張って暖炉の火で湯を沸かし、薄切りにした固いパンの片面を火であぶっておく。
温まった水に、塩漬けになっていた肉や乾燥野菜を入れてふやかす。
柔らかくなった肉や野菜をパンにのせ、その上からチーズをのせ、チーズが溶けるまで火にかける。
肉や乾燥野菜を取り出した後のお湯に塩で味をつける。
簡単なピザトーストにスープ、そしてポットのお湯でお茶を入れて、テーブルに並べる。
ふと見れば、遠く、街の外壁に夕日がさしかかっている。
俺はテーブルに並んだ夕食を前にして、今日はいろんなことがあったと振り返りながら、大きく息をついた。
そこへ大きな音を立てて、ドラゴンが金貨の入った袋をテーブルに置いた。
「スケタカ、店も手に入ったし、これで商売をできるな」
「いや、まだ無「これ以上、無理とか聞かせないでくれ」」
ドラゴンがにらみつけてきた。適当にごまかすのも限界か。
「スケタカ、この街はいいところだな」
「ああ」唐突に話題が変わったが、とりあえず相打ちを討つ。
「あちこちに金貨や財宝の気配がする。たくさんの人間が集まっているから、たくさんの金銀財宝があるのだな」
ドラゴンの視線が窓の外へむく。そちらには王城や貴族の住む上の街があると聞いた。
「私は」ドラゴンはそのまま窓際まで歩き、こちらに向き直る。
「スケタカがする商売とやらに興味を持っている。金銀財宝を奪うのでは無く増やす、というドラゴンには出来ないことをどうやってやるのか。それを見るのを楽しみにしている」
「だからな。これ以上、無理とか言ってがっかりさせないでくれ」
「失望のあまり、この街にある金銀財宝を集めて無聊を慰める」
「今は、そんなことをしたいとは思っていない」
「が、長く待たされるのも熱が冷めそうでつらいのだ」
ドラゴンは、少し寂しげな表情でぽつりぽつりと語る。彼女を照らしていた夕日が沈み、影の中に赤い瞳だけが浮かび上がる。
「七日待つ」
「唐突に何を」
「スケタカ、それまでに金貨を増やしておけ」
赤い瞳が一瞬強く輝き、そして消えた。
俺は慌てて窓際へ駆け寄るが、そこに赤いドラゴンは居なかった。空には星々の明かり、地上には人々の生活の明かりがあるだけだった。
窓から夜風が流れ込んできた。振り返れば、テーブルの上のランプの明かりに照らされて、ドラゴンのおいていった袋の金貨が鈍い光を放っていた。
導入の「商売ドラゴン」を四分割して投稿しました。ここで一区切りです。
次回から、祐兵とドラゴンのお金儲けが始まります。