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金貸しドラゴン  作者: 純米 一久
第一話「商売ドラゴン」
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その三

 王国。百年ほど前の騒乱の中から生まれた英雄が興した国で、しばらく前に周辺国家との紛争も落ち着き、いまは文化や産業に力を入れて大きく発展しようとしている国だ。

 この王都は四方を高い壁で囲まれ、大門だいもんから伸びる広い大通りは様々な店と出店で大勢の人たちが集まり賑わっている。

 そんな大通りは所々に公園があり、そこにある街路樹の木陰は走り疲れた体に心地よく、俺はそこに座ってしばし体を休めることにした。



「おい。なにしてるんだ」


 せっかく気持ちよく眠れそうだったのに、子供が邪魔をしてきたようだ。とりあえず、無視。


「おい、また聞こえてないのか? スケタカ!」


 俺はユーフェだ。祐兵は前世の名前で、ここで聞くはずの無い名前だ。


「スケタカ。商売はこの街でするのか?」


 しつこく呼ぶ声に根負けして目を開けると、そこには真っ赤な髪をポニーテールに結んだ少女が立っていた。年の頃は十代半ばだろうか、やや小柄な体に簡素なワンピースを着ていて、健康的な手足が見える。なぜか大きな袋を肩に担いでいるようだ。

 じっと俺の顔をのぞき込んでいる勝ち気そうなつり目は、どこかで見た覚えがあるような気がするが……


「やっとお目覚めか、スケタカ。」

「誰だ?……なんでその名前で俺を呼ぶんだ?」

「おまえに聞いた名前じゃないか、スケタカ」


 見知らぬ少女は、知らないはずの俺の名前を連呼する。


「それよりもいいものを持ってきたから受け取れ」


 少女は肩に担いでいた袋をこちらへと放り投げてきた。反射的に手を出すが予想外の重さに支えきれず、大人一人分はありそうな重量を腹で受け止める羽目になった。


「ゴフっ。なんだ、これは?」予期せぬボディーブローで口からはうめき声が漏れ。袋からはジャラジャラと細かいものが入った音が聞こえた。

「スケタカが言っていただろう。商売は金が多い方がより多く儲かると。だから最初からたくさん稼いでもらうために貸してやろうと思って持ってきたんだ。」

「俺が教えた……商売……スケタカ……」


 キーワードが頭を巡る。思い出したくない記憶が刺激され、目の前の少女とは全く異なるシルエットが彼女の背後に浮かび上がって見えたような気がする。


「ドラ……ゴン? おまえ、赤いドラゴンの?」

「ん、ああこの姿か。元の姿で人の街に来ると動きづらいからな。ちょっとした変身魔法という奴だ。」


 最悪だ。ドラゴンの使い魔とか関係者じゃ無くて、本人だとは! というか、全力で逃げたはずなのに何で先回り出来たんだ!!


「それから、心の叫びはほどほどにしておけ。私がおまえの名前を知ったと言うことがどういう意味を持つか、まだわかっていないみたいだからな」


 ガッデム!! つまり、あれか。真名とかで呪ったりするアレか! 俺はこのドラゴンの奴隷状態か?!


「余計なことを考えてるけど、そんな強制力は無いぞ。安心しろ。強い感情を感じたり、場所がわかる程度だ。今は」


 しれっと今はってつけたぞコイツ。それ以上も出来るって言ってるようなものじゃないか……



「それはともかく。商売だスケタカ!」


 少女改めドラゴンは、俺の抱えている袋を指さした。


「私の大事な財宝だ。さっきも言ったがスケタカが商売で増やしてくれると言うから貸してやろうと思ってな。ひとつかみ分ほど持ってきてやったぞ」


 いやな予感を覚えつつ、袋の口を開いてみると、そこには金貨がぎっしりと詰まっていた。袋の大きさから言って千枚ぐらいはあるだろうか。


「いや、貸すと言われても……」

「これでどれぐらいに増える? ふたつかみぐらいになるか? 私としては小山ぐらい増えると幸せなのだが」


 まずい、口先で言ったことを鵜呑みにして勘違いしてる。


「いや、まて。増やすとは言ったがすぐに増えるとは言ってないぞ。その気になれば十年後二十年後と……」

「ああん」やばい、ドラゴンの目が不機嫌をうったえてる。

「わかった、わかった。商売で増やす。増やすけど、まずはいろいろと買いそろえないと無理だ」

「は、無理?」

「増やすのが無理とかじゃ無くて、えっと、その、場所。そう、お店とかを買ってからじゃないと商売が出来ないとか」

「そうか。商売をする店があればいいのか」


 ドラゴンはイイ笑顔を見せると、俺が抱えていた袋を軽々と肩に担ぎ上げて、すぐそばにあった店へと向かっていった。


「おい、商売を始めるからこの店をくれ」


 俺が止めるまもなく、ドラゴンはお店の扉を開けると同時に言い放った。

 突然の出来事に店の中の人が反応も出来ず戸惑っている中で、彼女は一方的にまくし立てる。


「商売をするのに、店が必要だ。金はあるから店を……むぐ」


 俺は後ろから口を押さえて黙らせた。


「すみません、連れが失礼なことを言いました。すぐ立ち去りますので……バカなこと言ってないで出るぞ」


 愛想笑いでごまかしながら、ドラゴンを小声でしかりつけて引きずり出す。力で押さえ込めるとは思ってなかったが、少女の姿を取っているときは力も少女並みなのか?

 ともかく、なんとか手近なベンチに引っ張っていって座らせた。


「何をするスケタカ。おまえが店が欲しいって言ったんじゃないか。どうして邪魔をする」

「邪魔というか、話をきちんと聞け。ルールとか相手とか、いろんなことを無視して事を進めるんじゃ……」


 っとと、さっきの勢いで説教をしてしまったが、こいつはドラゴンだった……へそ曲げて暴れ出したりしないだろうな……

 そっと顔色をうかがうが、思ったよりはおとなしそうに見える。さて、どうしよう……


「もし、お二方。少しよろしいですか?」


 そんなことしていた俺たちに、初老の紳士が声をかけてきた。

 どうやら先ほど騒ぎを起こした店から出てきたようだ。


「私は、そこのヘイリー食器店の店主でギルバートというものです。先ほどのお話の続きをしたいと思いまして」


 え? あの騒ぎで続きの話をするって?

 唐突な話に俺は戸惑い、ドラゴンが話に飛びついた。


「そうか、店をくれるのか!」

「ほっほっほ、いえいえ。あの店は私の大事な城でして。あれを譲って差し上げるわけにはいかないのですが、お二方にお力添えをしてあげようと思ったのですよ」


 さすが、老紳士。ドラゴンの突進をやんわりとかわしてくれた。


「お力添えと言いますと、どこかのお店を?」

「ええ、ご案内しますので、いまからご一緒しませんか?」


 見事な紳士ムーブに、さっきまでの慌ただしい雰囲気が霧散し、俺たちはこの紳士の言葉に素直に従うのだった。

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