その二
あれからどれぐらいの時間が経っただろうか。わずかに回復した体力で這いずるようにキャンプ地まで戻り、残してあった水と食料を腹に入れて泥のように眠り、目を覚ました。
体を起こしてみると、立って動き回れる程度には回復出来ていた。
空を見ればすでに日は落ち、星が瞬いていたが、周りは溶岩の火でほのかに照らされていた。
「とりあえず、麓の村まで戻ってあいつらと合流するか」
俺には環境耐性というチート能力あるので火山地帯でも平気だが、他の連中には無理だったから村においてきていた。おかげで不幸中の幸い、ドラゴンに無様に負けるのをあいつらに見られずにすんだ。
のろのろと荷物をまとめて立ち上がる。夜道だが月も出てるし歩ける程度の明るさがある、明け方まで歩けるだけ歩いておこう。
「はあ、これからどうするかなぁ」
山を下りながら、これからのことを考えて、ため息が漏れた。剣と盾は代わりがあるが、鎧は新調しないとダメだ。壊れた奴を売りつけてきた商人は今度あったらとっちめてやる。
それから、あいつらに笑われるだろうが、ドラゴン退治に失敗したことを話して、村長にも謝らないとな。
ドラゴン討伐のやり直し……はゴメンだな。アレと戦うなんて無理だ。となると、依頼主の領主にも……
「ん、領主?! そうだ、領主のところも行かないとダメか?」
あそこはまずい。何がまずいって、やらかしすぎてまずい。
すっげーもてはやされてたから、大見得を切って出てきた。俺の名誉とかその辺が失墜するのは当然だが、まあこれは取り戻せないことは無い。ここまではいい。
けど、ドラゴン討伐で手に入るはずの財宝を当て込んであれやこれやとやってもらったし、領主にもかなり無理を強いていた気がする。そして何よりも、ついやっちまったアレとかソレとかがすごいまずい。気まずいってもんじゃ無い!!
ドラゴン討伐に失敗したとノコノコ帰って行ったら殺されかねない! 殺されなくても、ドラゴン討伐の再挑戦を言い渡されるのは確実!! どっちにしても俺、詰んでる?
足が止まる。ふと見下ろせば、森の切れ目から目指している村がうっすらと見えていた。逆に振り返ればドラゴンの居た山頂。前にも後ろにも進むことが出来ない、そんな気持ちにとらわれて、足を前に出そうとしても動かなくなった。
そんなとき横顔に光が差した。朝日が昇ってきたのだ。そちらに顔を向けると、遠くの山を越えて光が差してくるのが目に入ってくる。前でも無い、後ろでも無い、横。光の道が横方向に伸びている。そんな気がした。
「そうだ、逃げよう」
ぽつりとつぶやいた自分の声が、何かの導きのように聞こえる。
「そうだ、逃げればいいんだ! ユーフェはドラゴンに討たれて死んだ。そう思わせればいい。名誉も財産も戻ったら無くなるんだから、捨てていっても同じだ。仲間からも、領主からも、ドラゴンからも逃げて、どっかでやり直そう。遠くへ、明日の方へ」
俺は村でも火山でも無い方へ体を向けると一気にかけ出した。ここは辺境で国境線が近い。どうせ逃げるなら、国外まで行った方がいい。
やることを決めたら一気に心が軽くなった。ついでに、無意識に身体強化をかけたらしく、体も軽い。追っ手や探索が来る前に遙か遠くまで移動してしまえ!!
そこから国境線を越え丸一日走り続けた。適当な村で食料と水を分けてもらい、さらに走り続けた。すれ違った奴らが驚いていたようだが気にする余裕も無い。今はともかく、遠くの街、いや、よそ者が居ても目立たない都市に逃げ込んで人混みに紛れる。そのために俺は走り続けた。
そうして、三日三晩ほど移動しただろうか。俺はとある国の王都までたどり着いていた。
前に噂で聞いた都市だ。交易が盛んなので、人の出入りも多く、発展しつつあるので移住者も絶えないという理想的な場所。追っ手もここまでは来ないだろうし、人に紛れて暮らせば目立つことも無い。
ここを新天地にして、やり直すのだ。