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異世界の魔女達  作者: ぽんずさん@冬将軍
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真里のおうち



真里と初めて出会った日から数日。

少しはトンデモ、ハプニング展開を期待していたのだが、今の今まで変わった事は特にない。

年が変わり、世間はすっかりお正月ムード一色だ。テレビをつけても、全チャンネル締まりのない、緩みきった表情の芸能人達による、おめでたい正月特番で埋め尽くされている。

そんな世間同様に、俺も特にやることがない。リモコンを手に取り、正月特番のチャンネルをコロコロ変える。

少しだけ時間が経ち、小腹が空いてきた。

そうだ、昨日、除夜の鐘を最初の数回数えた後、お雑煮を鍋に作り置きしておいたはずだ。

人生負け組ジャストアラサー。独身で中小企業の低収入。少し家賃の高い2LDKのアパートに五年間一人で暮らす、俺こと十字とおあざ ひじり三十歳。簡単な料理ならばお手の物である。

餅をオーブントースターで焼いて、醤油ベースの雑煮にたっぷりのアオサを……。たっぷりのアオサを…………。

俺はここにきて致命的なミスに気付く。

アオサを切らしていたのだ。買いに出るか? いや、コンビニならまだしも、スーパーマーケットは元旦から空いているのか? いや、待て、もしかしたらコンビニにアオサが売っているかもしれない。あった気もするし、無かった気もする。

「しゃーなしだ」

少し厚手のダウンコートに腕を通すと、履き慣れたスニーカーを履き、小狭い玄関の扉に鍵をかけた。

たかがアオサ。されどアオサ。あると無いでは雑煮のレベルが違ってくる。ただの雑煮を食べるか、磯の風味豊かな、もはや神格化されたアオサ入り雑煮を食べるか。その二択を迫られる事があれば、俺は一切の迷い無くアオサ入り雑煮を食べる。そのくらいアオサという食材をリスペクトしているのだ。人生の重要度ランキング的なものがあれば、二十位前後、ミニチュアダックスフントの次くらいにはアオサがランクインするだろう。

ーー問題はコンビニにアオサが売っているか。なのだが。

俺が住むアパートからコンビニまでの距離は、近からず、遠からず。

ちょっとアイスを買いに行こう、というノリだと少しだけ遠く感じる程度の距離だ。

年末年始の会社休み、なまった身体には丁度いいウォーキング運動になる。

ざくざくと霜柱を踏みしめる。吐く息は白く、それは何処かへ走っては直ぐに消え、何処かへ走っては直ぐに消えるを繰り返した。寒さが一段と増している。海が近くにあるため他県と比べれば比較的マシだと言えるが、寒いものは寒い。誰が何と言おうが、冬は寒いのだ。寒さで耳と鼻がひりひりする。

これだけ寒い寒いと言っても、結局のところ俺が好きな季節はやっぱり冬なのである。何故? と聞かれれば大層な理由こそ無いが、消去法で嫌いな季節を一つ一つ消していった場合、必然的に冬は最後まで勝ち残るのだ。単純にコタツや毛布といった冬の防寒具で暖をとり、幸せを感じる。寒い中、コタツで温まり、そして冷たいバニラクッキーのアイスクリームを食べる。それ即ち至福の時間だ。

しばらく歩みを進めて辿り着いたのは、車の通りが多い、大きな道路に面した駐車場の広いコンビニエンスストアである。

アオサとは関係なく、肉まんの一つや二つ買って帰ろう。

元旦という事で、地域住民は皆、家でくつろいでいるためか客足も少ない。そういえば、再生の魔女である真里はどこに住んでいて、どんな暮らしをしているのだろうか。そもそもあの子はこの世界に存在する住人なのだろうか。考えれば考えるほど謎は深まる。しかし、彼女とまた会うことは無いだろう。

勝手な憶測だが、真里はこの世界の人間ではないような気がするのだ。魔女であり、奇跡を起こす。そのような存在は少なくともこの世界では見た事がない。きっと今頃は自分の存在するべき世界で年明けを祝うパーティーでも開いているだろうさ。

悲しきことにアオサはコンビニに存在していなかった。有明特選海苔ならあったが、アオサはとうとう見つける事が出来なかった。

ーーならば仕方ない。肉まんでも買って帰るか……。

そんな思いで店員のいるレジに向けて歩み始めた時だった。

「レジのおじさん、おでん、白滝を買うから、ダシ汁をたくさん入れてもいい?」

どこかで見た白い少女が、おでんの容器を手にとり、何やら店員に交渉している。

「ごめんね、お嬢ちゃん。後からおでんを買うお客様のダシ汁がなくなってしまうからね。白滝一つなら、適量のダシ汁でいいかな?」

真冬にワンピース一枚という、極めて異常な格好をした再生の魔女さんが、コンビニ店員のおじさんにダシ汁多めの提案をやんわりと断わられていた。フラグを回収するのが早すぎる。

悲しそうな表情でうなだれる真里。

というか、魔女でありながらナチュラルにコンビニに存在し、ダシ汁を沢山貰おうなどと、随分こすい事をするものだ。

「真里ちゃん久しぶり、何が食べたい? 俺が買ってあげるよ」

「お兄ちゃん! ……真里、おでんが食べたいの。でも百円しか持っていないの」

真里はワンピースのポケットから、少し汚れた百円玉を取り出して見せた。彼女の手のひらはすべすべしていて、とても小さい。そこにのせられている百円玉が大きく見えるほどだ。

しかし、白滝だけで、果たして『おでん』と呼べるのだろうか。それはただの白滝の煮物じゃなかろうか。

「じゃあ、適当にとるね」

俺はそういうと、おでん種を適当に大皿に移す。変わり種で卵焼きや、プチトマト、フランクフルトなどもあり、十把一絡げに、一つのおでん容器にぶち込まれている。そういった変わり種はなるべく避けて、定番の白滝、厚揚げ、はんぺん、蒟蒻などをチョイスするも、コートの裾をくいくいと引かれた事に気付いた。

「お兄ちゃん、プチトマトさん食べたいの……」

上目遣いで俺に訴えかける真里。危なかった。ここがコンビニエンスストアではなく、男達の理想郷エルドラド、あるいは楽園エデンだったならば、そのマシュマロのような頬を数時間ふにふにした後、壊れるほど強く抱きしめていた。

それくらいの衝撃を感じるほど彼女は可愛らしい。一応言っておくが、俺はロリータコンプレックスの気は一切無い。

何にせよ、コンビニおでんの闇、やり過ぎた変わり種の中でも、とりわけ群を抜いて一際目立つ、プチトマトを選択するとは。真里には恐れ入る。興味本位なのか、勇敢なのか、無謀なだけか。そのどれだとしても、ダシ汁でふやけたプチトマトなど、食べたいおでん種ランキングの選択肢に含まれるのだろうか。

長時間売れ残り、原型を辛うじて保っているプチトマト串をすくい上げると、真里に見えるようにおでんの大皿へと放り込んだ。

「やった。トマトさん」

死に損ないのプチトマト串を救出しただけで、真里は弾けるような笑顔を溢れさせた。百円のプチトマト串でこの笑顔が見れるのであれば安いものである。

「他は? 肉まんを買うつもりだけど真里ちゃんも食べるかい?」

沢山のおでん種が入った大皿容器にプラスチックのフタをかぶせながら真里に尋ねた。

「かたじけない。心遣い痛み入るでござる」

……?

…………肯定、と受け取ってもよいのだろうか? 何故、急に武士のような口調に?

突拍子も無い真里の武士口調に驚きながらも、レジの店員におでん種を確認してもらうと、重ね加えて肉まんを二つ注文し、代金を払った。

「何処か公園でも行って食べようか」

おでんと肉まんの入ったビニール袋を持ち、コンビニエンスストア出口に向かいながら真里に伝える。

「真里のおうち近いよ。お兄ちゃん来る?」

つぶらな瞳でこちらを覗き込み、上目遣いで自宅へと招く真里。そもそも真里は誰かと暮らしているのか? 魔女の同居人など、狂気の死地でニタニタと笑っているような恐ろしい人物ではなかろうか? 寧ろ、人ではないかもしれない。これは行くべきなのか、行かないべきなのか。言ってみれば俺の生死に関わる究極の二択を迫られているのではないか? だとすれば真里の自宅なるものの存在は激しく気になるが、ここは安牌を切り、保身を選択させてもらう事にする。

「真里ちゃん、悪いけど俺は……」

「お兄ちゃん、来てくれないの……?」

少しだけ口角が歪み、夕立ちが降り始める空のように、おでんを買い与えられてご機嫌だった真里の表情はみるみるうちに曇ってゆく。

その瞬間に俺に与えられた選択肢は消え、『真里のお宅におじゃまする』一択の強制不可避イベントへと発展した。

「行くよ!真里ちゃん。喜んで」

返事を聞いて、喜色を表情に浮かばせる真里。俺の手を引くと、少し強めに引っ張り、道路に沿って進んでゆく。

どれくらい歩いただろうか、老朽化が進み、今では近所の子供達すら遊びに訪れない公園へと辿り着いた。

ーーまさか、この公園を真里のおうちとでも言うのだろうか。

子供向けの遊具は、所々塗装が剥げて、錆び付いている。手入れのされていない敷地内はゴミや草木によって散らかされ、少し物哀しさが漂う。

「真里ちゃん、ここは?」

隣にいる真里に目をやると、何やら拾った木の枝を振り回している。

「真里のおうちだよ。ちょっと待っててね」

よく見れば真里は、木の枝で、空中に何かを描いているようだ。それが何かと問われても、俺にはそれを確認するすべがない。ただ、わかる事といえば、彼女がとてもご機嫌な様子で、鼻歌まじりに浮かれ顔という事だ。

「出来た!」

……?

……どうやら何かが出来たらしい。本来ならば、嘲笑、苦笑いして、憐れみながら同調してあげるところだが、真里は魔女なのだ。こちらの想像を容易に超えてくる。

真里がぶつぶつと何かを口に出すと、まだ昼間だというのに、俺達のいる公園だけが仄暗くなってゆく。少し雲が出てきて薄暗い、というレベルではない。大袈裟にいえば夜と同じくらいに暗くなっていた。

「……マジでか」

不意を突かれて、思っていた言葉が反射的に口から溢れてしまう。

数百メートル先の空は明るい。しかし公園のあるこの区画だけは黒に包まれているのだ。驚きを隠せるわけがない。

そして、真っ暗になったと思いきや、次の瞬間には明転。強い光に包まれ、その眩しさに瞼をとじてしまう。

「…………⁉︎」

恐る恐る瞼をひらいた俺の目に飛び込んできたものは、小高い丘から見える壮大な景色。目の前にそびえる石レンガ造りの城。

先程まで、公園に居たはずだが……。

辺りの風景や世界観、巨城を前に、右手に持たれたコンビニのビニール袋が、一際目立ち浮いている。

唖然としていた俺に、真里が嬉しそうに語りかけた。

「お兄ちゃん、真里のおうちへようこそ」


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