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異世界の魔女達  作者: ぽんずさん@冬将軍
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プロローグ・魔女との出会い

 目の前で終わろうとしている、小さな命のともしびを見ていた。


 命の重さや、価値に違いはないというが、俺の目の前で苦しみ、もがくこの仔猫がどうなろうと通行人たちは見向きもしない。一瞬目をやる事はあっても、歩みを止める事はないのだろう。

 人間という存在は、そんな程度のものだ。

 つまり、何が言いたいのかといえば、自分に危険性や関係性がなければ多少の問題は気にも止められない。という事だ。


 では、もし目の前で苦しんでいた存在が、仔猫ではなく、人間だったならば結果は違っていただろうか?

 答えは熟考や長考をするまでもなくYESである。

 事件性や関連性を危惧して、自分の保身や、少しばかりの慈愛から救いの手を差し出す人もいるだろう。同じ人間という個体であるから心配をし、言葉を投げかけたりもするのだ。


『大丈夫ですか?』『助けはいりますか?』など気遣いをかける。


 しかし無関係であれば、人は冷酷な側面を惜しげもなく全面にさらけ出す。『猫がどうなろうが知った事じゃない』『野良猫が血を流していて汚い』などと表情を曇らせて、視線を二度とそれに向ける事はない。


 あ、いや、俺が猫に恨み辛みがあってこんな事を言っているわけじゃない。むしろ猫は好きだ。仔猫は愛嬌があるし、気まぐれに、自分勝手に『愛でろ』と言わんばかりに足にまとわりつく行動も愛おしいとまで感じる。

 ガリガリと襖で爪を研いで、襖をキズだらけにしても、おやつのカリカリを強欲にねだってきても可愛いとすら感じるほどだ。


 ただ、この冷たいアスファルトで腹部から血を流して懸命に前足を動かし、みぁと力なく鳴き声をあげる仔猫に何かを感じて足を止めたのは確かである。

 生と死の狭間で苦しむ仔猫を、今更俺が助けてあげる事は出来ない。いかに手を尽くしたとして、もう手遅れである事が火を見るよりも明らかだ。


 もし、魔法のような、二次元幻想物語御用達の存在があれば、この仔猫は死なないで済むのだろう。

 ーー即時回復魔法だの蘇生魔法だの夢のようなご都合的存在があれば……。


 傷や怪我もたちまち回復して、無くなった命さえも蘇る、神を冒涜するような現象まで起こせるのだ。


 しかし、現実世界では、それらの存在に一縷の望みを抱くことすら虚しく絶望的であろう。


 ここはまぎれもない現実世界。

 重く汚れた空気の海に、高層ビルがそびえ立ち、鉄の塊がぐるぐると走り回る、どうしようもなく冷たく冷酷で冷淡な他人同士が、形式上に共存する。法律という人間が定めた決まり事の衣揚げに、矛盾というソースをどばどばとかけた、そんな世界である。


「お兄ちゃん、この子死んじゃうの?」


 ふと、気が付けば、俺の隣には目にも鮮やかな、真っ白という表現がしっくりくる女児がしゃがみこんでいた。


 日本に銀髪の幼女。外国の少女か、ハーフの少女だろうか? 愚直にして安直に、一直線に最適解を脳内ではじき出した。


 彼女は息絶え絶え、もとい生き絶え絶えの仔猫を撫でながら、問いかける言葉を、その場にいた他の誰でもない、俺に向けて発する。


「そうだね。多分このまま死んじゃうだろうね。可哀想かもしれないけど、しょうがない事だよ」


 これもまた最適解。

 少女からの問いかけに対しての回答と、『しょうがない事』と諦めの念を緩やかに織り込んだ、無難で少女の気分を害さない、モアベターであり、安牌のなだめる一言だ。


「じゃあ、真里が助けてあげるの」


 ……助ける? 助けるとはこの仔猫をだろうか。

 幼いながらに生物の終わり、死の概念が少しは存在すると勝手に思い込んでいたが、どうやらこの真里という少女にはそれがまだ無いのかもしれない。それを少しずつ理解させてあげる事が大人の役目では無いかと、今までだらしなく生きてきた社会の歯車であり、潤滑油的な俺でも、多少の心得と自覚はある。

 辛いかもしれないが、この銀髪少女、真里に伝えてあげるべきだろう。


「真里ちゃん、この猫さんはもう助からないんだ。静かに眠らせてあげるべきなんだよ。生き物にはみな死ぬという終わりが……って⁉︎」


 俺は驚き、唐突に口を止めた。しゃがみこんだ真里が純白のワンピースを捲り上げ、これまた純白のパンツの中をごそごそと弄っている。


 ーー何だこれは?


 突然の幼女による、見方によっては公開野外自慰行為ともとれるハプニングイベントが発生していた。しかし間を置かず、真里はアーミーナイフをパンツの中から取り出す。

 小さい身体、小さな顔、小さな手のひらに軍隊が用いるようなアーミーナイフ。


 ーー何故?真里のような少女がこんな物騒なものを?


 疑問を抱えた俺だったが、真里が次にとった行動により、その疑問は一瞬にしてかき消された。

 磨き抜かれたチタン合金の艶やかな光の筋がピッと走る。街の明かりを映し出した刃の切っ先は真里の左腕を斬り裂いた。

 迷いや、苦痛の一切ない表情、突然パンツからナイフを取り出したかと思えば、いきなりの自傷行為。

 随分と深くまで抉られた真里の斬り傷は、湧水のように、渾々と血を溢れさせた。


「お兄ちゃん、真里が猫さん助けるところ。見てて」


 そう言うと、真里は自分の腕から流れる血液をぐいぐいと仔猫の腹部や口元に押し付けた。優しく、繊細に、撫でるようにではなく、荒々しく、強引に、血液を流し込む。

 真里は何をやっているんだ。ただただ理解の追いつかない状況が、三流映画最終エンドロールのようにダラダラと垂れ流されている。


「真里ちゃん、一体何を……?」


 ーーいや、そうじゃない。理解の追いつく、追いつかないは問題じゃない。


 何か理由があったとして、一から百まで、余す事なく、漏れなく自傷行為であることには変わりない。

 だとすれば、止めなくては。人の目がある。傷口から菌が入り、化膿するおそれもある。何より白く美しい幼女の柔肌に傷跡が残ってしまっては大変だ。


「真里ちゃん、猫さんを眠らせてあげよう? 猫さんも余計に痛くなっちゃうし、真里ちゃんも痛いでしょう?」


「大丈夫だよ。お兄ちゃん。猫さん、もうすぐ戻ってくるよ」


 俺の忠告など何の力も持たない。挙げ句の果てには、仔猫が戻ってくるなど、意味のわからない事まで口走る。あるはずのない、十中八九完璧な妄言だ。


 ーーみぁー……。


 ただ、目の前で苦しんでいた仔猫が、何事も無かったかのように立ち上がり、真里の脚部に頬をすり寄せる。その光景は、彼女の妄言など吹き飛ばし、みるみるうちに嘘めいた言葉に力を吹き込み、揺るぎようのない真実へと昇華させてしまった。


 ーーみぁー。みぁー。


 仔猫はまるで、命の恩人である真里に感謝の意を表すように、寄り添い甲高い鳴き声で鳴いてみせた。


「どうなっているんだ……? 真里ちゃん、君は……」


 俺は何とか昂ぶる感情を抑えて言葉を紡ぐ。

 真里は仔猫の身体が回復したのを確認すると、未だ鮮血湧き出る傷口を、反対の手の指ですぅっとなぞる。すると、今まであった傷口は、はじめから存在していなかったかのように、綺麗に、見事に、さっぱりと消失してしまった。

 そう、回復でも、治癒でもなく、傷口の消失。あまりに刹那の出来事すぎて、そう表現せざるを得ない。奇術師が手品を見せたときのように、胸の奥が騒つく不思議な気分になる。

 何故だ? どういう理屈で、どういう原理だ。


「お兄ちゃん。真里は再生を司る魔女なんだよ」


 ーー再生を司る魔女?


 宗教的な絡みは、ハッキリと理解しているわけではないが、おそらく、大体、アバウトに、漠然としてはいるが知識くらいはある。

 魔女というのは、あの魔女の事を指し示しているのだろう。中世ヨーロッパとかそこらへんのもので、魔女を畏怖、そして忌み嫌った結果が魔女狩りという歴史へと発展する、そんな史実さえ書き残されている、あの魔女だ。


 目の前で起きた奇跡、そして真里の言葉。俺にはその言葉を疑う余地と選択肢は与えられなかった。

 そうなると新たに浮上してくる疑問がある。

 ここは日本で、中世でもなければ、ヨーロッパでもない。付け加えて言えば、ライト兄弟やナイチンゲールもお顔真っ青よろしく、科学技術や医療技術などド最先端時代のオーバートゥーサウザンドである。そこに魔女という時代錯誤の伝説級遺物単語の介入する余地はコンマ1ミリでもあるのか? 答えは否だ。問われれば、首が千切れるまで高速で横に振り続けるほど、断じて否だ。

 それでも真里は魔女なのだろうか。


 そして、もう一つ。あることに気がついた。通行人が騒ぎ一つ起こさないのだ。真里がアーミーナイフで腕を切り裂き、これだけの異常事態を招けば、通行人は嫌でも騒ぎ、人集りの一つでも生み出すのではないだろうか。いや、むしろこちらの姿が始めから見えていないようでもある。目すら合わないからだ。


「再生の魔女……。真里ちゃん、もしかして俺たちの姿は周りの人達には見えていないのかい?」


「うん。人払いの結界。この空間にはお兄ちゃんと真里と猫さんだけなの」


 ーー人払いの結界。およそ二次元創作物の中でしか聞き及ばないような単語を確かに聞いた。


 お約束的に、そういったものは『そんな馬鹿な』『信じられるか』などと真里に対し一蹴するものだが、事実通行人達からはこちらが見えていない。百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、こうなると人払いの結界とやらも信じざる得ないのである。


 得意げに話す真里、その恩人に擦り寄る仔猫、目の前の非日常イベントに絶句する俺。

 真里という現実世界とはかけ離れた少女に聞きたいことが山ほどあった。当然である。奇跡と呼べる事象をこの両方の目で確認したのだ。彼女に対しての質問や疑問が、間欠泉のように爆発的に噴き出した。危ないもの見たさか、無謀ゆえか、興味本位か、はたまたそのどれでもないのかはわからないが、魔女である彼女に小一時間ほど押し倒して、磔にして、舐め回すように観察をした後、納得する回答をもらうまで、頭のつむじから、足の指先まで全てを問いただしたいと切望した。

 しかし、その願い虚しく、真里はたどたどしく走り出すと、少し開いた距離で振り返り、叫んだ。


「それじゃあ、真里行くね! ばいばい! お兄ちゃん」


 俺が返事をする間も無く、真里は人混みの中へと消えていった。


 ーーみぁー。みぁー。


 仔猫を治すだけ治して、連れ帰るわけでもなく、奇跡の産物である仔猫をその場に残して、雪のように真っ白な彼女はいなくなってしまった。


 ーーみぁー。みぁー。


 真里が居なくなった途端に、あざとく俺の足へと頬を擦り寄せる仔猫。

 幼いながらにこの仔猫が学んだであろう、自分の可愛さを全面に押し出し『媚び甘える』という最強の処世術だろう。

 弱いからな。猫を好きな奴には特に……。

 そして非常に残念ながら、例に漏れずこの俺もその中の一人であった。


「いっちゃったな。お前の恩人。……折角救ってもらった命だ。また路頭に迷った挙句、車にはねられて死なれちゃ困るからな。一緒に来るか?」


 俺は仔猫に対し、話しかけると、ふみふみと仔猫の顎先を人差し指で撫でる。


 ーーみぁー。


 その意味を知ってか知らずかわからないが、仔猫は一言、鳴き声をあげると、また差し出した手に顔を擦り寄せ、甘えた声を出した。


「行くか」


 猫を抱き抱えると、石畳の商店街、行き交う人々の中へと入り込み、マンションへと帰路を急いだ。

 忘れもしないクリスマスイヴ、それが再生を司る魔女、真里との初めての出会いだった。

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