試練の洞窟その10
そして、大会当日。私は完膚無きまでに負けた。
認めたくは無いが、事実は事実として受け止めるべきだろう。
戦えば負けることなどあり得ないと思っていた相手に、逆に手も足も出ずにされるがままの状態なのだ。
これで負けていないと言い張る方が滑稽だろう。
しかし、あの時の私はそれを認めることが出来なかった。
緑魔法ほど得意では無いものの、青魔法以外に全く適正を示さなかったアオイと違って、私には本当に少しずつとは言え、他の属性の魔法の適正もあったのだ。
不馴れな赤魔法や茶魔法を使ってまで、形勢逆転を狙ったが、全てアオイの魔法によって防がれる。
そしてそんな中その言葉は呟かれた。
「······ウィン······あなた弱くなった? ううん、違う······最後に戦ってから強くなっていない?」
私の中で何かが壊れた気がした。
今まで玩具か何かのようにしか思っていなかったアオイに上から見下ろされると言うのは私にとって、かなり衝撃的な出来事だったらしい。
その時の私の思考はぐちゃぐちゃで、今思い返してみても何を思っていたのかなんて思い出せない。
ただ、アオイへ燃えたぎるような殺意だけは覚えている。
······そして、そこに何かが囁いてきたことも。
私はその声に促されるままに昨日、セバ・スチャンから渡された物を飲み込む。
それと同時に何かが私を乗っ取ろうとしていることに気づく。
私はそれに抗おうとしたが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
急激に私の意識が朦朧とし始めたのだ。まるで強制的に眠りへと落とされるように。
乗っ取ろうとしている力だけが相手でもなんとか抗えるかどうかだった私が、別の力に対して抵抗などできるはずも無かった。
私の意思とは反して私の意識はどんどん眠りへと落ちていき、一旦途切れるのだった。
しばらくして目覚めた私は奇妙な感覚に襲われていた。
『ようやく目が覚めましたか。初めまして。私は名も無き魔と呼ばれる存在。故あって貴女の中に居候させてもらっています』
いつの間にか私の中に謎の存在がいたのだ。
うん、私も訳がわからないがそうとしか言いようが無いのだから仕方がない。
と言うよりもこいつは私の体を乗っ取ろうとしていた奴ではないだろうか?
『うん。そだね。ただ、今の私は封印のせいでそこまで大きな力を出せない上に、散々ボコボコにされてかなり弱っている。君の体を奪うなんてしばらくは出来ないから安心して良い』
うん、むしろ全然安心できないのでさっさと出ていって欲しいくらいなのだが······それよりボコボコにされたって······もしかしてさっきから私の体の節々が痛いのはそれが原因かしらん?
『残念ながら私の本体が君に取り込まれてるから無理だね』
本体? ·······あのセバ・スチャンに渡されたやつか!
最初は何の事かわからなかったが、あれを飲んだ瞬間から意識を奪おうとする力が発生したのだ。
あれが原因と見て良いだろう。
『それに、私はもう貴女の体を乗っ取ろうと考えてはいません』
どういう事だろうか?
『私は私をボコボコにした奴をぶち殺したい。そしてあなたは誰にも負けないような力が欲しい······ほら、ウィンウィンな関係でしょ?』
その目標とやらをぶち殺した後私が乗っ取られない保証が無いわけだけど?
『そこは信じてとしか言いようが無いね。第一信じようとそうでなかろうと貴女は私を追い出す方法を持ち合わせてはいないはずだけど?』
······それもそうだ。
『それに私をボコボコにした奴は貴女とも関係があるしね』
そう言えば私をボコボコにした奴って誰なんだろう?
兄様のうちの誰かかな?
『あの、ノエル等と呼ばれていた小僧だけは絶対に許さん! 力が戻ったら今度こそ八つ裂きにしてくれる』
······え? ノエル?
ノエルって確かアオイの仲間の?
『その通りだ。私は奴によってボコボコにされてしまった。貴女もアオイとやらに雪辱をはたしたいだろう?』
······確かに私もアオイに負けて思うところが無かった訳ではない。
と言うよりも、かなり悔しい。
······しかしだ、恐らく今の訓練をサボっていた私ではノエルどころかアオイにも勝てないだろう。
『それならちょうど良い場所があるじゃないか』
そう私の中にいる何者かが私に囁いた。