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治療師ギルドマスターの話

 いきなり発せられたノクスさんの言葉はフィデスさんから話を聞いていた俺としてはある程度予想できていた。


「冒険者ではなく治療師ギルドで働いて欲しい······ですか」


 フィデスさんの話では、今治療師ギルドは人が足りていないと言う事だったが、こんな初心者を白魔法師という理由だけで雇おうとするほど大変な状況なのだろう。所謂猫の手も借りたいという状況なのだろうか?


「ノエル君はこの治療師ギルドの現状についてどれくらいの事を知ってる?」


「えっと······少し前に大勢の白魔法師を失って、経営が傾きかけたと言う話くらいは······」


 俺の答えに満足したのか、ノクスさんは頷いて


「そう、その通りだ。一つだけ訂正するとしたらその傾きは未だに解消されていないってことかな? 元々数が少なかった関係もあって、うちのギルドでも所属している白魔法師の数は現在20人······青魔法師を含めても所属人数が30人だ。正直冒険者になった彼等がいた頃でもきつかったのに、一気に5人も減られたらかなりしんどい状況なんだよ」


「いや、それなら何でその白魔法師達を冒険者として登録させたんですか!?」


 おっと、思わず口から突っ込みが出てしまった。


 しかし、ノクスさんはそんな事を気にせずに


「それを言われると辛いものが有るんだけど、あの計画には段階があってね。まずは白魔法師が最低限戦える実力が有ることを証明してから、フィデスの紹介するパーティーに一人ずつ同行させてもらう事になってたんだ。一応、治療師ギルドからの依頼を積極的にその受け入れてくれたパーティーに振ることを対価にはさせてもらってるけどね······まさか最初の最低限の実力を見せるって段階で全滅するとは思わなかったけれど」


 なるほど······一応納得は出来なくはない······のか?


「しかし、今現状厳しいとは言えこのギルドの経営自体はきちんと出来ているんじゃないですか? それなら俺は必要ないんじゃ······」


「いや、それも優秀な青魔法師を冒険者ギルドから借りていることで何とかしているって感じなんだよ······彼等は優秀な冒険者だから国のためにもそんなに拘束はしたくない」


 俺の問いに即答で返すノクスさんに俺は少し考え込む。どうやったらこのノクスさんを説得出来るのかと言ったことを考えているのだが、どうやらノクスさんは俺が治療師ギルドと冒険者ギルドの間で揺れていると考えたようだ。


 追撃とばかりに言葉をかけて来る。


「俺としては貴重な白魔法師には命の危険がある冒険者なんかよりも、より多くの人を助けることが出来る治療師になって欲しいんだけど······」


 ──ブチッ──


 その言葉を聞いた瞬間堪忍袋の尾が切れる音が微かに聴こえたような気がした。


 要するにそうだ······俺はその言葉に我慢できなくてぶちギレたのだ。


「治療師が冒険者に比べてより多くの人を助ける?」


「ん? そうだよ? ······いきなりどうした······」


 急に雰囲気が変わった俺にノクスさんが戸惑いの視線を向ける。


「なら、何故あの時に俺の村の人達を助けてくれなかった! 俺を庇って死んだ母さんを! 俺を逃がすために囮になった父さんを! 魔物に飲み込まれる形で死んだ村の皆を! 何で助けてくれなかったんだ!」


「何を······!?」


「毎年辺境の村では何人の人間が病に苦しんでいると思っているんだ! 王都からは往復で二ヶ月もかかるからって······薬さえ買うこともできずに死んだ人だっている!」


「それ······は、人手が足りない! そもそも全ての人を助けることなんて出来るわけが······」


 最早相手が目上の相手だとか相手を説得するだとかそんな事は全て頭の中から消えていた。


 あの頃から抑圧していた感情がここに来て溢れ出したのかもしれない。


「より多くの人を救えるだなんて所詮王都の中たけじゃないか! それとも王都に住んでいる人間以外は人では無いとでも言うつもりか!」


「······」


 俺の言葉に反論する事が出来なかったのかノクスさんは遂に項垂れてしまう。


 そこに俺は追撃を加えようとして······


「そこまでよ。それ以上は言わない方が良いわ。あなたにもわかっているでしょ? 人の力には限界がある。」


 ヤマト君と呼ばれていた女の人に止められる。


「すいませんでした······」


「いや、こっちこそ何も知らずに無神経な言葉だった」


 ヤマトさんに止められた俺とノクスさんはお互いに謝罪しあう。


「さっきまでの話を聞く限り、えーっと······ノエル君だっけ? は治療師になるつもりはなくて冒険者になりたいのよね?」


 まだイライラが収まったわけではないが俺はその問いに首を縦に振る。


「それでノクスさんからすれば折角の白魔法師なんだし、死んでほしくないし、治療師ギルドに入って欲しいと」


 微かにノクスさんが頷く。


「それならノエル君······今から私と模擬戦をしませんか?私もそれなりの実力を持った冒険者ですし、模擬戦を通して悪いところのアドバイス等もできますし······冒険者になるなら私との模擬戦はいい訓練になると思いますよ」


「ヤマトさん! いいんですか!?」


 いきなりの提案に俺は思わず怒りを忘れて飛び付く。


「ええ、でもその代わりと言ってはなんだけどノエル君にも頼みがあるの。冒険者ギルドと治療師ギルド両方に所属して欲しいのよ」


「両方に所属!? そんなことできるんですか!?」


 俺の質問にヤマトさんは頷き懐から二枚のカードを取り出す。片方は先程冒険者ギルドで見たアオイの冒険者ギルド証と同じ物だ。ただ、ランクはB級とかなり高めではあったが······もう一つは白いカードそこには『治療師ギルド証』と書かれていた。


「一応私も冒険者メインとは言えここにも所属してるし、同じようにすることは可能なはずよ。そもそも、それが無理なら治療師ギルドの人たちが冒険者ギルドに登録することもできなかったはずですよ」


「そう言えば······」


 よく考えてみればそんなことも可能なのか。


「でも、その提案は俺にとってもノクスさんにとってもメリットが無さすぎませんか?」


 俺は多分両方に入っても冒険者ギルドの方を優先するだろうし、それだと治療師ギルドに所属している意味が無いのだ。


「そうでも無いわ。ノエル君は治療師ギルドに所属することで、白魔法師としての必要な技術を学ぶことが出来るし、最悪冒険者ギルドの中で可能な依頼が無いときも治療師ギルドで仕事ができる。それに、様々な患者と触れあう機会もあるから、自然と病気にも詳しくなるわ。ノエル君の目標が沢山の人を救いたいと言うことならその経験は無駄にはならないはず。そして治療師ギルドとしてのメリットは······」


「非常勤とは言え働き手が一人増える他、さっき俺が言っていた素材の調達なんかを冒険者に頼む時、ノエル君に頼むことが出来るって言うのと、ある程度白魔法師の数が増えてきた時にノエル君が有名になっていてくれれば、その前例を出して最初から他の職業の人達とも組めるようになるかもしれない······か。うん、なるほど、このままだとノエル君が治療師ギルドに所属してくれないっていうのは確実だし、ここが落とし処かな? まぁ、俺がノエル君に死んでほしくないってのも本音だしそこは可能な限りバックアップすれば良いだろうし」


 よかった······この流れなら何とか冒険者登録をすることが出来そうだ。······後は


「それじゃあノエル君。行きましょうか」


 今の俺の力がどこまで通じるか確かめるだけだ。

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