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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明日、晴れればいいな

作者: ODA兵士長









「今日も雨……」


7月に入って少し経ったある日のこと。

幻想郷の存在する日本では、梅雨と呼ばれる時期が訪れていた。


私は障子の戸を少し開けながら、誰に聞かせるわけでもなく呟いていた。


最近、お日様を見かけなくなってから、参拝客がめっきりと減った。

降り頻る雨の中、わざわざこんな辺鄙な場所にある博麗神社に訪れるモノ好きなんていないのだろう。



––––元々、参拝客なんていないけど。



でもそれは人間の参拝客ってこと。

妖怪の参拝客(?)なら、毎日毎日飽きもせずに此処へやって来る。

そいつらの所為で人間の参拝客が来ないのだ、と普段は思っていた。

そう思っていたからこそ、あいつらが来ることに良い印象はなかった。






––––何故か、悪い印象も持たなかったが。



本来は退治するべき対象の妖怪を、快く迎えることはなくとも、追い払うことは決してしなかった。

どうしてだろうか?

今までにも考えたことはあったが、分からなかった。




「……"さみしい"なんて感情が、私にもあったのね」


私はそう言いながら、戸を閉めた。




雨は降り続いている。


































「……ッ」


少し、寝てしまったようだ。

私は一度立ち上がり、んんっという声を漏らしながら身体を伸ばす。

そして枕代わりにしていた、二つ折りになっていた座布団を広げて腰を下ろす。

ため息をつきながら、ちゃぶ台を何となく眺めると、眠る前に淹れたお茶があった。

そのお茶は既に冷めきっていた。

でも、その冷たさが私の喉には嬉しかった。

残っていたそれを飲み干すと、私は流し台へとそれを片付け、洗って乾かしておいた。


「……」




雨は降り続いている。






























「霊夢!貴女、何をしているの!?」


私が呑気に欠伸をしていると、スキマの中から八雲紫が現れた。


「……ああ、悪いわね。暇だったのよ」

「暇だった、ですって?」


紫は眉間に皺を寄せ、私を睨みつけた。

私はもう一度欠伸をした。

先ほど昼寝をしたはずだが、まだ眠い。


「また私を呼ぶために結界を……」

「いいじゃない、あんたも暇でしょ?」

「はぁ……確かに刺激にはなるかもしれない。けど、貴女が結界を緩めることで外の世界の物が流れ込んで来たらどうするつもりなの?」

「……」

「幻想郷のパワーバランスが壊れるような事、あってはならないわ。貴女はもう少し危機感を持って––––」



紫を呼んだのは失敗だったかもしれない。



「––––って、聞いてるの?霊夢!」

「え?あぁ、まあ」

「……貴女が言っても聞かない子だってのは分かってるから、これくらいにしておくわ」

「帰るの?」

「本当に反省の色が見えないわね、貴女は」

「まあ、してないからね」

「何モノにも縛られない、貴女らしいと言えばらしいけど」

「……あ、そうだ。1つ頼みことがあるんだけど」

「何かしら?」

「この雨、何とかしてくれないかしら?」

「どうして?」

「暇なのよ。この雨の所為で」

「いいじゃない。雨が降れば、妖怪が来ることも少なくなるわよ?」

「……」

「それともまさか、巫女である貴女が妖怪が来ることを望んでいるのかしら?」

「……魔理沙や咲夜、早苗が来られないからよ」

「へぇ……まあ、何にせよ、私にはどうする事も出来ないわ」

「晴れと雨の境界くらい、弄れるんじゃない?」

「出来ない、と言うのは語弊があるかもしれないわ。でも、やはり出来ないのよ」

「はぁ?」

「この幻想郷、もとい日本にとって梅雨は大切で必要不可欠な雨季よ。そんな時期に雨を減らすようなことをしてはいけないわ」

「……あっそ、使えないわね」

「そういうこと言うのね。少し協力しようと思ったけど、辞めたわ」

「え、ちょっと……」


紫はスキマを開くと、そそくさと何処かへ消えてしまった。


「……スキマで、誰か連れて来てくれれば良かったのに」


私の呟きは、雨音に掻き消された。





雨は降り続いている。























紫が消えて、少し経った。

私は台所で夕飯の支度をしていた。

今日は山菜の天ぷらをツマみながら、日本酒を飲むつもりだ。



調理を終え、居間のちゃぶ台へと運ぶ。

鍋に入った大量の油は、揚げカスを取り除いた後に、別の容器に入れ替え保管しておいた。

あまり時間が経つと酸化してしまうので、早めに使わなくてはならない。

天ぷらは好きだが、こうした後処理が面倒だ。



私は塩を盛った小皿と、日本酒を用意して、手を合わせる。


「いただきます」


小さな頃から習慣となっているこの動作には、食材となった動植物に感謝するという意味がある。

しかし、感謝されたところで食われる事には変わりがない。

もし自分が食材側だとしたら、感謝されたところで喜ばないだろう。

結果は変わらないのだから。



––––でも、どうせなら美味しく食べて欲しいかもしれない。

不味いと思われたり、無駄にされたりするよりはマシかもしれない。



「……美味しい」






雨は降り続いている。

























「……ぷはっ」


喉が焼けるような感覚を感じながら、私は胃へ日本酒を流し込むように飲んでいた。

コップに一杯の日本酒を、一気に飲み干した。

酒には(すこぶ)る強い自信があるが、流石に少しフラッと来た。

三半規管が少しやられたような気がするが、思考は至って冷静だった。

冷静だと思っているだけかもしれないが。


「……」


でも一回……二回と深呼吸をすると、頭が冴え、平常時に戻った。

ただ、少しだけ頰が熱い。


「……さみしい」


無意識だった。

呼吸をするように、自然な流れで呟いていた。


もう一杯、日本酒を喉に流し込む。

体が火照る。


「……」


少し悔しかった。

だが、本当のことだ。



––––私は、さみしくて堪らない。



「……」


私は再びコップに日本酒を入れると、それを持って立ち上がる。

そして、縁側に面した襖を少しだけ開けた。





まだ、雨は降り続いている。






「––––明日、晴れればいいな」















































「おー、今日もすごい雨だぜ」


私は窓から部屋の外を眺めていた。

ザーッという音と共に大粒の雨が地面を打ち付けていた。


「こりゃ梅雨明けは、まだまだかなぁ」


雨は嫌いじゃない。

ただこうして眺めていると、不思議と美しさを感じる。

雨粒の落ちる細い線、地面に落ちて跳ねる雨水、草や木には大粒の雫がキラキラと輝いている。

そして私は、この雨の音も好きだった。



––––しかし、雨が降ると外には出られない。


傘を差して歩くには、地面がぬかるんでいるし、そもそも私の家は少し森の奥にあり過ぎる。

魔法で雨を避けながら飛ぶこともできるが、あの魔法薬は割と貴重なものだったりするから極力使いたくない。


「はぁ……暇だなぁ」










雨は降り続いている。
























「……」


私は紅魔館の図書館から拝借してきた魔道書に読み耽っていた。

私には夢がある。

魔法使いになることだ。

今だって充分魔法使いと言えるかもしれないが、厳密に言えば私は魔法使いではない。

魔法が使えるだけの"人間"なのだ。

私は"魔法使い"になりたい。


「……」


だけど私は"人間"でありたいとも思う。

私はこの世界に"人間"として生を受けた。

私はその生を全うしたいのだ。



……いや、本当は違うかもしれない。



私は霊夢の隣に立ちたいだけなのだ。

霊夢と対等に、肩を並べて立ちたいだけなのだ。

それなのに私だけ人間をやめてしまったら……不公平だろ?

それでは霊夢の隣に立つ資格なんて無くなってしまう。

だから私は"人間"でありたい。


「……お前がここに来るなんて、珍しいじゃないか?」


そんな矛盾した夢を持って、私は魔法の勉強をしている。

今もこうして、半分も理解できない魔道書を読んで知識をつけようとしているのだ。

正直、読むより実践したほうが早いから、あんまり黙って読むだけなのは好きじゃないのだが


「あら、分かるのね。あなた程度の人間にも」

「お前が、私程度の人間すらバレる程度の妖怪ってことなんじゃないか?」

「面白い冗談ね」

「ちょうど今、魔道書を読んでいて分からないことがあったんだ……実験をしたいだが、いいか?」

「いいわよ。何かあっても私は無事だろうし。貴女とこの家がどうなるかは知らないけど」

「ははっ……まあ、冗談さ。それで?何の用だよ、紫?」


何もない空間に謎の亀裂を作り、そこに腰掛ける女––––八雲紫は扇子で口元を隠しながら微笑んでいた。

私と軽口を言い合うのを楽しんでいるのだろうか。


「用もなく訪れちゃ、いけないかしら?」

「……そんなに仲が良かったのか、私達は。知らなかったぜ」

「酷いわねぇ。一応私は、貴女に一目置いているつもりなのだけど?」

「そいつは嬉しいぜ。かの偉大な妖怪の賢者様に一目置かれていたなんてな」

「一応、だけれど」

「……まあいい。私だって暇じゃないんだ、用件を言えよ」

「そう……貴女は暇じゃないのね」

「は……?」

「暇じゃないのなら、貴女に用はないわ」

「え?お、おい!ちょっと待てよ紫!」


紫はすぐにスキマに入ると、それを閉じてしまった。


「……一体何だったんだ、あいつは?」


私はふと、窓の外を眺めた。

先ほどと変わらず、強い雨が大きな音を立てて窓を叩いていた。


「まあ、いい暇つぶしにはなったかな」

「暇つぶしってことは、やっぱり暇だったのかしら?」

「うわっ!?」

「あら、驚いた?今度は分からなかったのね」


紫は、まるで無邪気な少女のように笑っていた。


「いきなり出て来るなよ……ってか、盗み聞きなんて良い趣味をしてるじゃないか?」

「まあまあ、良いじゃない」


私はそんな紫を睨みつけてやるが……あまり効果はないようだ。


「ところで貴女、暇なんでしょう?」

「まあ、暇だぜ」

「今から、私とデートでもどうかしら?」

「……は?」


この時の私は、心底驚いた表情をしていたと思う。








雨は降り続いている。



























私は紫と共に、傘を差して人里を歩いていた。

もちろん別々の傘で。


雨の日の人里は、どこか寂しそうな雰囲気だった。

いつもなら寺子屋の子供達が走り回り、店の店主らが大きな声を出して客を呼び寄せている。

しかし今日はそんな様子は見られず、傘を差して黙々と歩く人影がチラホラと見えるだけだ。


「おい、そろそろ目的を教えてくれないか?」

「だから、ただのデートですわ」

「……だったら霊夢と行けばいいだろ」

「霊夢じゃダメなの」

「なんでだよ……?」

「さあ、着いたわよ」


突然紫が立ち止まる。

私も慌てて立ち止まった。


「え……ここって……」

「さあ、入りましょう」










雨は降り続いている。



































降り頻る雨を、私はただ眺めていた。

何故だろう?

私の心は少し晴れていた。

なんだか良い予感がする。


……飲み過ぎただろうか?

いや、まだ大した量は飲んでいない。


私は開けていた(ふすま)を閉じると、再び座布団に腰掛け、ちゃぶ台の上の天ぷらに手を伸ばす。

少し時間が経ったからか、それとも雨による湿気からか、少ししんなりしてしまっていた。


「美味しい」


それでも私には美味しかった。

だがそれは食材のおかげでも、私の調理法のおかげでもない。

ただただいい予感がする、そのことに心が弾み、しなしなの天ぷらさえも私の舌は美味しく感じていた。





















「霊夢ーッ!遊びに来たぜーッ!」





















雨は降り続いている。





























「あれ、出てこないな?」

「縁側の方へと回ってみましょう」

「ああ、そうだな」


私と紫は歩いて縁側へと向かった。


「……なんだ霊夢、いるんじゃないか」


縁側に1人の少女が立っていた。

その少女は右手にコップを持ち、左手に酒瓶を持っている。


「もう飲んでるのか?まだ日も落ちてないってのに、ちょっと早すぎ……霊夢?」


私の見間違いかもしれない。

こんなにも雨が降っているのだ。


「霊夢……泣いてるのか?」


霊夢の頰には雫が滴っていた。

それは葉っぱの上の雨粒のように、キラキラと輝いていた。


「……早く入りなさい、2人とも」

「あ、ああ。邪魔するぜ」

「お邪魔しますわ」


霊夢は襖を開けて中に入った。

続いて私、紫の順に入り、紫が襖を閉めた。

霊夢はちゃぶ台にコップと酒瓶を置き、座布団に腰掛ける。

ちゃぶ台の上には、山菜の天ぷらがあった。

それは幾らか、しんなりしているように思えた。

私と紫も、敷かれていた座布団の上に座った。


「霊夢……大丈夫か?」

「……何が?」

「だってお前……泣いて……」


霊夢が音を立てて鼻をすする。

その目は酷く充血していた。

霊夢は私の目を見た後に、少し俯いた。


「……しかった」

「ん?」

「さみしかった」

「……え?」

「雨だから誰も来ない。1人は、さみしかった」

「霊夢……?」


いつもの霊夢ではなかった。

霊夢がこんなに弱みを見せるなんて、なかなか無い。

……いや、全くなかったんだ。今までは。


「さみしかった……だから、お前は泣いてるのか?」

「違う」



霊夢が顔を上げた。



「––––魔理沙が来てくれて、嬉しいの」



そう言う霊夢の顔は、とびっきりの笑顔だった。






雨は降り続いている。

























「ほら、飲みましょう。2人とも」


紫が何処からかコップを2つ持ってきた。

そのうち1つを魔理沙に手渡すと、ちゃぶ台の上の酒瓶を手に取り、自酌した後に魔理沙のコップにも酒を注ぐ。


「はい、乾杯」


紫は一方的にコップを当てると、酒を喉に流し込んだ。


「くぁあ……いいわねえ、お酒って。ほら、貴女達も飲みましょう?」


紫は再び自酌すると、コップを私達に向ける。


「……ああ、そうするぜ。乾杯」


魔理沙はそのコップに自分のコップを当てると、先ほどの紫のように酒を飲む。


「くーっ、こりゃキツイぜ」

「ほら、霊夢も」


紫は私にコップを向けた。


「……ありがとう」


自然と感謝の言葉が湧き出てきた。

どうしてかは、自分にもよく分からない。

何に対してかも、自分ではハッキリしない。

ただ、紫は微笑んでいた。


「ふふっ、ほら乾杯」

「乾杯」


私が紫のコップに自分のコップを当てると、私は一気にそれを飲み干した。

そして深いため息をしてから紫を見た。

紫も同様に、飲み干していた。


「私も霊夢と乾杯したいぜ!」








雨は降り続いている。































「紫のやつ……調子に乗って飲み過ぎだな。あいつが潰れるところなんて初めて見たぜ」

「……そうね」

「にしても、霊夢は本当に酒強いな。酔ってんのか?」

「まあ、一応はね」


私は魔理沙と縁側に腰掛けて、降り続いている雨を眺めていた。

紫は既に眠ってしまった。

……あいつのことだから、本当に寝ているかは定かでないが。

とにかく私は、魔理沙と2人で話をしている。


「一応かぁ……一応と言えば、紫のやつ、私のこと『一応』一目置いてるらしいぜ。嬉しいっちゃ嬉しいが、一応ってなんだよ一応って」

「そりゃ、一応でしょう」

「あー?そういうことじゃなくてなぁ!その……だから……えーっと、あれだ!」

「何よ?」

「もっと強くなって、霊夢と……」

「……私と?」

「あぁ……いや、何でも無いぜ。私は強くなる!」

「そう……別に魔理沙は、今でも十分強いでしょうに」

「いーや、まだ足りない。私は認めないぞ!認めないぃーーー!!」


魔理沙はそう言いながら、ゴロンと体を倒し寝っ転がった。


「魔理沙、だいぶ酔ってるわね」

「酔ってないぜ私は!」

「ふーん」

「なんだよ、冷たいなぁ……」


そんなことを呟きながら、魔理沙はスッと体を起こす。

そして、私のリボンに触れた。


「よく似合ってるぜ」

「……あんたらが選んだんでしょう?私に似合いそうなものを」

「それはそうだが、実際に付けてみて改めて思ったんだ」

「……そう。ありがとう」


今私が頭に付けているリボンは、先ほど魔理沙と紫から手渡されたものだ。

今日、人里で買ってきたらしい。


「霊夢……ごめんな」

「いきなり何?」

「……言ってたじゃないか、さみしかったって」

「……」

「この雨じゃあ、あまり外に出る奴もいないし、仕方ないのかもしれないが……それでも、ごめん」

「魔理沙が謝ることじゃないわ」

「いいや、私は謝らなくちゃならない」

「……え?」

「だって私は霊夢のことが––––」










雨は降り続いている。




















「霊夢」

「どうしたの、魔理沙?」





「––––明日、晴れればいいな」







雨は降り続いている。














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