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路地の店

 店が並んでいる。その一軒に、マツコデラックスが帰ってくる。それが私だった。隣の店から、痩せたおばさんが出てきて、私の顔を心配そうに覗き込む。それもそのはず、心労が顔に現れているだろう。歩き方もおぼつかなかったかもしれない。路地の端の自分の店に私は入っていくが、隣の店の女も店先までついてくる。

「マツコさん、大丈夫かい」

 私は奥の部屋に入って、冷蔵庫を開ける。麦焼酎の瓶と、炭酸水のペットボトルが目に入る。

「本当はもっと甘い酒が欲しかったんだけどねえ」

 甘い酒、というのはウィスキーやワインを想定している。色がついているからだ。戸棚に、レミー・マルタンの瓶を見つけた。

「あ、でもブランデーがあったからいいや」

 ブランデーは瓶に三分の一も残っていなかった。炭酸水も半分くらいしか残っていなかった。近ごろ弱いから、これでいいか。片手で二本を持ち、もう一方の手で、木製の椅子を引きずって、店先に置いた。私はそこに座って飲み始める。テーブルに豆菓子の袋があったので、指を突っ込んだ。焙煎したナッツ類に混じって、小麦粉を焼いたあられや、砂糖をまぶしたピーナツなども入っている。私は糖質制限をしているので、ナッツ類だけ選って食べるべきなんだろうけれど、うまくいかない。

 別の日。仕事の関係者と一緒に、食事をした。食事といっても、飲みが中心で、少ししか食べなかった。最初の車にお歴々が乗るのを、一緒に乗りたくないと思ってもたもたしていた。やがて一台目が出て、二台目を待つ体になった。

 線路に沿って大通りが伸びている。そのひとつ奥に、並行して路地があった。私はフラフラとそこに入っていく。後輩の一人があとを付いてくる。マツコの店があったのと同じ路地だ。

 一軒目に、よさそうな小料理屋があって、そこでいっぱいやろうかと思った。建物の中に入っていくと、古びた喫茶店のような店があるが、妙に暗い。痩せたおばさんが出てきて「ランチまだあるよ」というが、カレーライスは食べたくなかった。もつ鍋屋があり、古書店があり、その向かいに雑貨屋があったが、そろそろ仕舞の時間らしくて、閉店準備をしている。いちばん端までたどり着くと、広いラウンジのようなスペースになっていて、木製のベンチが並び、テーブルの上に雑誌が何点か並んでいた。中に古いSFマガジンがあったので、手にとった。「山野浩一特集」「イタリアSF特集」よく見ると、古書店の手書きの値札が付いている。

 「イタリア特集」を手に取って、さっきの古書店に向かうと、今にもドアを閉めるところだったが、痩せた老人が「うちはギリギリまでやってますよ」

 そして、腕時計を見て「あと二分」といった。私がSFマガジンを見せると「二百円」といった。小銭入れを見たが足りなかったので、千円札を一枚渡してお釣りをもらった。雑貨屋に、老人たちが集まって何やらゴソゴソしゃべっている。昔の曲の歌詞を、ああだったかこうだったか議論している模様だった。その中に姉妹がいて、私を見つけると寄ってくる。一人はアコーディオンを、もうひとりはピンクのブタのぬいぐるみを抱えている。そして紙片を見せて、漢字の読み方を聞いてくるのだった。私がいくつか教えてやると「なんでも知ってるんだね」という。

「いつでも聞いてくれよ。私はなんでも知っているから」

 現実に、大抵のことは知っているし、知らないことは調べればいい。

 翌日。山野浩一特集も買おうと思って、いったん家に帰って、出かけることにしたが、いつの間にか、例の路地の店舗長屋の端っこが、私の住まいになっている。マツコがやけ酒を飲み、SFマガジンが置いてあった、一番はしっこだ。ハイツのようなドアを引くと、鍵が掛かっておらず、すっと開いた。私が中に入って、鞄を置くと、奥から父が出てきて「もつ鍋行くぞ」という。隣の隣が確かもつ鍋屋だったはずだ。私たちが入っていくと、ひとり背広を着た青年が雑誌を読んでいる。中綴じの劇画雑誌のようだった。青年は私に、奥の席を譲ろうとするが、私はそれを制して、通路側の椅子に座った。

 食べ終わったら、古書店に行こう。少し気分が良くなってきた。

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