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モルモットは選べない

 夢はグルグル回って、混ざり、また回る。

 何を観ているのか、分からないまま、ただただ暗いイメージだけを残して。

 そして、音が轟いている。

 ドラゴンの咆哮、否、砲弾の音……?

 リスパァン博士がグレーのマーブル模様の中で、透けて嗤っている。


『ミミック、選択してご覧』

『誰も君の気持ちや行動の理念を汲んでくれやしないよ。だからサァ、ほら、ほら!』

『進むしか無いのさ。賭けながらね』


 そんな事を言いながら、博士はにゅうっ、とミミックに近寄って来る。

 悪夢なのだろう。だから博士がデカい。凄くデカい。皮膚だけが艶々元気な、顔の皺に挟み込まれてしまいそうだ。例の子供の様な笑い方を老人の顔でして、博士はミミックに向って膨らんで来る。

 ミミックは異様さに後退り、銃を取り出した。

 あの喰えない博士を銃で撃つ。これはミミックの地味な夢だ。

 ミミックは、平気でドラゴンスレイヤー達を好奇心の玩具の様に扱うあの老人が嫌いだ。

 アイツが楽しそうな度に、殴ってやりたくなる。

 でも、叶わない、叶えてはいけない夢だ。

 博士がいなくなったら―――少なくともミミック達はドラゴンスレイヤーとして喰っていけない。武器や情報を失くしたミミック達は、逆にドラゴンに喰われてジ・エンドだ。


 ―――否、遠く離れて点在している街にも、ドラゴンスレイヤーはいる。


 ミミック達が住んでいる様な街は幾つもある。そのどれもに、ドラゴンスレイヤーは居る筈だ。じゃなきゃ、一帯は霧雨の度にドラゴンで溢れてしまう。

 と、言う事は、彼らを支持するリスパァン博士の様な―――彼ほど変わっていなくとも―――人物がいる筈だ。


 ―――だったら、街を捨てて……否、否……博士が今これから引き金を引かれていなくなり、俺たちがドラゴンを狩れなくなるのは、この街にとってマズイだろう。第二の支援者が現れるのではないだろうか?

 もしもそいつが、まとも(・・・)だったとしたら……他所の街に割り込むよりもずっと良い未来だ。

 しかし、俺は許されるだろうか? 

『ずっと良い未来』に、仲間入りできるのか?


 銃口を博士に向ける間も無く、博士の腕が鋭敏に伸びて来て、ミミックの銃をかすめ取って行く。

 そして、銃口をミミックに向けた。

 ぼうぼうに伸びた眉毛の下で、爛々とした目玉がグリグリ踊っている。黒目に光っているのは狂気、もしくは激しい何かへの愛だ。

 これは本当の博士ではなく、ミミックの夢の中の博士だというのに、博士が普段隠している彼自身をまざまざと見せて来る。

 しかし、次に博士が繰り出した言葉はらしく(・・・)なかった。


『選べ、ミミック』

『とうとう気付いているんじゃないかい?』

『初めに気付いた者は、謎を解くべきだ』


 博士がそう言って、ミミックとは別の方向へ銃を向けた。

 咄嗟に目で追うと、フラッシュがこちらへ背を向けて走っている。

 彼の向かう先には、巨大なドラゴンが牙を剥いていた。

 目を見開いて半ば懇願の眼差しを博士に向ける。

 博士はこちらを見もせずに、穏やかな横顔をミミックに晒していた。


『フラッシュは馬鹿だよね~、食べられちゃうよ』

「……止めろ」


 博士の持つ銃の銃口が、ピッタリとフラッシュの背を狙っている。


『ねぇ、これは情だよ。愛だよね』

「―――っ!! 止めろ!!」

『フラッシュは何を咥えているかな』


 萎びた人差し指が、引き金の輪っかに滑り込んだ。


 いや、これは夢だ、夢だ、夢だ。


 *


 フラッシュ!!


 *


「あんだよ、さっさと起きろよ!」


 *


 ハガッ!? と息を飲みながら、ミミックは飛び起きた。

 ゴチっと頭に何かがぶつかって、金属の棒でいきなり打たれた様な衝撃に、再びベッドにうずくまる。

 彼のベッドの脇でも、フラッシュが頭を押さえてうずくまっていた。

 どうやら、ミミックを起こそうとして寝顔を覗き込んだ刹那、急に起き上がられて頭と頭をぶつけてしまったらしい。


「い、いいぃてぇ~……??」

「フラッシュ……」


 ズキズキ痛むのは、フラッシュの頭とぶつかったのもあるが、夢のせいでもある。

 フラッシュは顔を上げてミミックを見ると「うおっ」と、驚いた。


「な、なに? ミミック、すげぇ汗だけど……どっか悪いの?」

「いや……どうした?」

「打ち上げに全然来ないからさ、皆が呼んで来いって」

「あ~……寝こけちまったな」


 だらしねーなー、と、フラッシュが大袈裟な調子で言うのを聞きながら、伸びをして首を回す。しゃんとして来た。

 これで冷たい水でも浴びれば、気分もちっとはマシになるかも知れない。

 そして、仲間と夜通し騒ぐのだ……。


 *


 ミミックがシャワーを浴びて(彼の部屋にはシャワーがある。ここでは飛び級で良い部屋だ)仕度を済ますまで、フラッシュは彼を待っていた。

 ミミックが加勢する次のバカ騒ぎの為に、酔いを醒ますのが目的だろう。

 二人は夜のスラム街をブラブラ歩きながら、皆のたまり場へ向かった。

 フラッシュがこういう夜には必ず起こる、酒の席での珍事二つ三つを、吹き出し、ツボに嵌って息も絶え絶えに笑いながら、ミミックに報告した。

 その様子は本当に無邪気で、フラッシュは、ミミックといるなら怖い事など起こるハズが無い、建物の薄暗い隙間や、曲がり角の向こうに潜む邪な視線や悪意など、ちっとも恐れる必要がない、と、思っている様子だった。

 ミミックは、なんとなくその安心感を壊しておかなければいけない気になった。


「なぁフラッシュ。はしゃぐのはわかるけど、あんまりフワフワするな」

「え、なんで?」

「何が起こるかわからないんだぞ」

「銃なら持ってる」

「そうじゃなくて……」


 きょとんと首を傾げるフラッシュに、ミミックは軽く息を吐く。

 フラッシュはコールド程落ち着いていないが、もともと孤児でドブネズミみたいに生きて来た少年だ。ここでの立ち振る舞い方くらい、彼の身には十分すぎる程身に染みついている。―――フラッシュがこんなに無邪気なのは、何も俺といるからじゃない。場になれているからだ。

 そう思うと、気が軽くなる様な気がした。

 そして、自分が自惚れている様にも思えて極まりが悪い。

 皆が吞んでいる店の明かりが見えて来た。

 フラッシュがウキウキと駆け出した。

 彼のまだ少年臭い背が遠ざかって行くのを見て、ミミックは夢の気配を鮮明に思い出す。

 あ、と声を上げそうになって、慌てて口を噤んだ。


 だって、どうするんだ。

 止めるのか? 

 どうして。


 *


 店内では、既に復帰を果たしたフラッシュがニモに絡んで楽しそうに笑っていた。

 ニモもジョッキを煽って、フラッシュが言う冗談にクスクス笑っていた。ニモは昔、何かの抗争に巻き込まれ、これまた運の無い事に、爆発した建物のガラスに喉を裂かれたせいで口が聞けないけれど、耳は聴こえるのだ。それから、ジェスチャーが上手い。フラッシュと彼はあまり気質が同じには見えないが、とても仲が良い。

 サバサバして遠慮の無い(コールドはこれを嫌がっているが)フラッシュの接し方は、時に遠慮がちな態度を多くとられがちなニモには嬉しいのだろうし、フラッシュはフラッシュで、この静かな友達のバリーション豊かなジェスチャーが好きだし、いつも心から彼の事を『スゲェ』と思っているのだった。なにをどう『スゲェ』と思っているかは、謎だが。

 店内に入って来たミミックに手を上げて席を作ってくれたのは、ランドだった。

 ランドの横では、コールドが大人しく吞んでいる。その横には、ドロレスもいた。

 彼女はコールドの皿のツマミを口に運びながら、戻って来て早速煩いフラッシュをツンとした調子で睨んでは、何やらコールドにぶつくさ言っていた。コールドは頬杖を突いて上の空だ。


「遅かったじゃないか」


 ランドがテーブルに占領して並べられた満タンのジョッキの一つを、ミミックに掲げた。

 店には他の客もいるし、酒には限りがある。だから、キが抜けようが、ぬるくなろうが、確保が大事だ。

 ミミックはジョッキを受け取り、彼の隣に腰かけると、微笑んで見せた。


「今日は助かったよ。改めてありがとう」

「よせよ。……なにか用事があったのか?」

「寝こけちまっただけだ」

「そうか……売りから戻ってから、お前、顔色がおかしいぞ」


 心配するランドに、「今もか?」と尋ね、ミミックは直ぐに彼へ心の内を明かそうと思った。


「……リスパァンの野郎、何か隠してる気がする」


 口に出して言ってしまうと、なにかアッサリしている様な気がして、ミミックは戸惑う。

 ランドが笑い飛ばしたので、余計に、囚われていた事がちっぽけな様な気になって来る。


「そんなの、いつもじゃねぇか」

「そうなんだが……あの爺さんのせいで、仲間が消えたぞ」


 ドラゴンの個体自体か、鱗か、ミミックには判らないが、それらが今より頑強になって来ている予測を隠した。そして、ミミック達で実験(ため)した。

 どの砲弾なら駄目で、どの砲弾ならイケるか。

 偶々、比較したい砲弾を持っていて、狩りのタイミングが合ったのが、きっと消えた仲間達と、自分たちだ。

 きっと消えたメンバーは、ミミック達が以前使っていた武器と同じものを持っていたに違いない。これは、照会すれば一発で判る。データを書き換えるのは博士にとって容易い事だが、あの爺はそんな事しない。ミミック達が、この考えに辿り着いてどう思うかなんて、彼の興味の至るところでは更々ないのだった。

 そして、代りなんてたくさんいる。


「あのジジイらしいな」


 ランドがミミックの見解を聞いて、厭そうに顔を歪めた。


「俺も新しい武器を勧められたら、従う事にしようかな」


 ミミックは頷き、しかし思い当たって慎重に答えた。


「その方が良いかも知れないし、もしかしたら、いけないかも知れない」


 リスパァン博士の事だ。結果を堪能する為に、どんな舌先のトラップを用意するのか分からない。それが、今回「研究」のモルモットにされたミミックの感想だ。

 助かった方のモルモットはしかし、ケージの中なのに変わりは無いのだ。

 次は「何用」のケージに入れられる?

 その時は何時だ?

 その条件は?


 すぐかも知れないし、もうずっとずっと後かもしれない。

 酷く重い内容かも知れないし、ほんの些細な事かもしれない。


「運が握られてる気分だぜ」

「俺たちは、知る段階なのかもしれない」

「……ミミック?」


 お祭り気分を打ち消されてガッカリしながらも、ランドは友の呟きの意図を図りあぐねて、厳しい顔を覗き込む。

 彼の友人は、酷く真剣な顔をし、「玩具にならない為に」と言葉を結ぶと、酒を煽った。



 *



『ミミック、選択してご覧』


 畜生! 危険が無いなら、いつでも踏み込んでやるぜ。

 ……。

 ああ、畜生は、俺だ……。


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