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小さな運び屋

 ドラゴンがバラバラになる頃、大型トラックがフラッシュ達のいる場所へ到着した。

 自分の背と同じ位の高さから、飛び降りる様にしてトラックから降りて来たのは、フラッシュよりも更に幼い少女だった。ショルダーベルトを肩に掛け、背に機関銃を背負っている。


「ドロレスちゃん、早かったね」


 ミミックが彼女を迎え、幼い子供に話しかける様に優しく呼びかけた。実際彼女は幼いのだ。

 少女は鋭い切れ長の目を吊り上げてミミックを睨む。

 彼と向き合う際に、彼女の背負った機関銃がショルダーベルトの金具と擦れてカシャンと音を立てた。

 

「その呼び方止めてくれない?」


 一瞬で場を凍りつかせそうな、低く冷たい声だった。

 ミミックは肩を竦めた。

 フラッシュ達も彼女の尊大な態度を怒るでもなく、横目で見て薄く笑っただけだ。

 皆、彼女の態度に慣れっこなのだった。


「抜いた血の容器、ちゃんと蓋をした? 前みたいに荷台に零したら許さないから」

「大丈夫だ。気を付けたよ」

「当たり前よ。発火性があるから、ホントに気を付けてよね!」


 ふん、と、鼻を鳴らして、ドロレスは腕を組み、明かりに照らされたバラバラのドラゴンを見る。


「尾がそのままじゃない」


 フラッシュが厭そうな顔をした。

 同じタイミングで、ドロレスと目が合って直ぐに逸らす。

 ドロレスは、フラッシュに「あんたね」とウンザリした声音を吐いて、ドラゴンを指差した。


「三等分にしてよ」

「げぇぇ、面倒臭ぇ。いいだろ、ちょっとくらい」

「トラックからはみ出す」

「クリッと曲げりゃ入るよ!」

「うるさい黙れ。せめて半分に切って」


 フラッシュの手は、まだ肉を解体するチェンソーの振動による、むず痒い感覚が残っている。

 狩りから解体までの仕事で、正直疲れてもいるし、何より、こんな『チビ』の言う事をホイホイ聞くのも癪だ。

 しかし、ムッとしつつもフラッシュはチェンソーを再び回し(起動はブラック式で上手く行った)、尾の切断に取り掛かった。

 ドロレスも、おどろおどろしいドラゴンのバラバラに恐れもせずに近寄って、フラッシュの仕事を監視した。


「グズ」

「ブス」

「早くやんなさい!」

「ブスブスブスブス~!」


 フラッシュは喚きながら、鱗の無い切断面から固い鱗と皮の下に器用に刃を滑らせる。


「上手くなったじゃない」


 ドロレスが偉そうに言うのを無視して、ほぼ半分の所で刃を下に向け、皮ギリギリでチェンソーを止めた。鱗まで行くと、刃が欠けてしまうので、ここからは再び鱗取りをするか、力でブン曲げるのだ。

 もちろん面倒臭いので力技で尾を折り曲げて、ドロレスに渋々頷かせる。

 実のところ、「切れ」というドロレスの主張は単なる難癖なので、これで良いのだった。


 

 *


 背の高い荷台に解体したドラゴンを詰め込むと、ドロレスの大型トラックが走り出した。

 フラッシュ達も、彼女のデカいケツの後に続く。

 ガタガタ揺れる後席に落ち着きながら、フラッシュは携帯食用に持って来たビスケットを口に放り込み、彼女のテールランプを睨んでぼやいた。


「こっちが客なのになぁ。他に得意先もいねぇのに、何考えてんだ?」


 助手席に座ってそれを聞いたミミックが振り返る。


「ドロレスはなぁ、不安なんだ」

「なにが」

「一人ぼっちがさ」


 フラッシュは首を傾げる。


「あんなの、一人になるに決まってる」

「そう思いながら、俺達を試してるのさ」

「……」


 フラッシュはミミックの言葉に、眉をひそめる。

 もし、彼の言う通りなら、皆腹立たしくは無いのか?

 アイツはまだガキだし、オヤジの残したあのトラックだけが財産だ。

 アイツのオヤジには世話になったし、だからってのもあって、ミミックもブラックも父親を継いだ、と言うより継ぐしか糧が作れないドロレスに、運びの仕事を依頼する。

 俺たちに有難がったって、お釣りが来るくらいなのに……。


「あのはな、それでもお前が良いよって、されたいんだよ」


 ガキと女は面倒臭いなぁ、ミミックはそう言うと、前を向いて酒瓶を煽った。

 フラッシュは前を行くドロレスの大型トラックを、ぼんやりと見る。

 トラックの方から吹く向かい風が、急にひゅうひゅう心もとなく泣く声に聴こえた。


「拾ったばっかのお前の方が、大変だったぞ」


 フラッシュはミミックの言葉が風で聞こえないフリをして、車の隅っこでクシャクシャになっていたボロ布を頭から被ると、目を閉じた。

 風の音が、記憶を心から引っ張って逆巻いて行く。


 ・・・・・・・・・


 フラッシュは、擦り切れたボロキレみたいな孤児だった。

 縁あって、ミミックが彼を引き取り世話をしてくれた。

 けれども、フラッシュは彼に反抗ばかりしていた。

 どうしてか、不安で不安で、苛立ってばかりいた。苛立ちは、開きっぱなしで蓋の無いブラックホールみたいだった。

 こんなに気が休まらないなら、孤児で野垂れていた方がマシだと思うくらいだった。

 込み上げ、突き上げて来る、恐怖にも似たフラッシュの感情のはけ口は、ミミックに向いた。

 ミミックが大事にしている物を理由も無く壊しまくった。

 彼のねぐらの中をめちゃくちゃにしたし、彼の連れ込む女の髪を急に引っ張ったりしてかき鳴り声を上げさせた。

 乱暴な言葉で彼を罵った。

 それでもミミックは、「してはいけない」を提示するだけで、怒らなかった。彼を苛めぬいた世間の大人たちの様に殴らなかった。

 フラッシュが本当に「大丈夫なんだ」と、納得するまで、ミミックは辛抱強かった。

 そうしていつしかフラッシュの苛立ちは消えて、ブラックホールには蓋がきちんと閉じられた。それは、暖かいもので形成されているのだった……。



 ・・・・・・・・・


 何か大きめの石でも踏んだのか、ガクン、と車体が揺れて、頭にかぶった布がずれ落ちた。風に布が飛ばされない様に、フラッシュは両手で布の端をギュッと握る。

 風音が再びフラッシュの耳に入り込んで来た。

 やっぱり、泣き声みたいに聴こえた。


「……馬鹿なヤツ」


 布を首に巻き付けポケットに手を突っ込むと、携帯食のビスケットが手に触れた。


 ―――街に到着したら、くれてやろう。喰わないかもだけど。


 フラッシュはそんな事を思って、大型トラックから目を逸らした。

 真っ暗で何も見えないけれど、その方が良いのかも知れない。

 風は泣き続けている。



 私を許容ゆるし続けて。

 私を見捨てないで―――。



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