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男たち

 砂煙が納まり薄暗くなった荒野に、未だ煙を上げて横たわる獣を銀色車のヘッドライトが照らしている。

 目に痛い光を暗明度のゴーグルで躱しながら、二人の男が、じわりと橙に光る刀身のナイフをそれぞれ持って、獣を覆う鱗の根元に突き刺した。

 ジュッ、と音を立て異臭を放ちながら高熱に光るナイフを更に根元にねじ込み、ほとんど勘で刀先を逸らすと、(勘が外れると、ヘタしたら刃が折れてしまうので、これは熟練者の仕事だ)ようやく一枚の鱗が剥がれ落ちた。

 慣れた手つきで作業をする男の、手の平位の大きさだ。ヘッドライトの明かりに、薄紅色に透け虹彩を放って光っている。


「ミミック、まだー?」


 鱗をヘッドライトに照らして眺める男に、若い男が黒髪頭の後ろで両手を組みながら欠伸混じりに尋ねた。粉塵除けのダボダボつなぎを脱いで、銀色車の太いタイヤにもたれて座り込んでいる。

 ゴーグルもマスクもダボダボつなぎも取っ払ってしまった彼は、銀色車に乗って砲座に構えている時よりも一回り小さく見える。まだほとんど少年のようだった。若い、と言うより幼い。――こう言ったら、本人は凄く怒りそうだ。


 ミミックと呼ばれた二十代半ば程の男は、彼に鱗をヒラヒラして見せた。

 こちらはダボダボつなぎを脱いだ方が、ガタイが良く見える。

 良く鍛えられた身体は、強い光の中で研ぎ澄まされた印影を浮かばせていた。


「やっと一枚だ。フラッシュ、タイヤに不備は無いか?」

「うん。コールドはチェイスの天才だ」


 フラッシュと呼ばれた若い男はそう言って、運転席に座る銀色の髪の男へ親指を向けた。

 こちらも幼い。ハッキリした顔立ちの美形で、フラッシュより一つ二つ上といったところか。もしかしたら同じかもしれないが、フラッシュより幾分か大人びて見えるのは、落ち着き冷めきった瞳のせいかも知れない。

 彼は運転席からチラリとフラッシュを流し見、暗闇の染み込んで来た荒野へ、ふい、とソッポを向いた。彼が熱くなるのは狙撃の瞬間だけだった。

 フラッシュとミミックは顔を見合わせて、申し合わせたように一緒に肩を竦めて微笑んだ。


「ウー、照れ屋だ」

「キュート」


 ミミックと一緒に鱗取りをしていた男が、熱を帯びたナイフでカンカン、と獣の鱗を叩いた。彼は、先程皆へ指揮を出していた迷彩車のリーダーだ。ミミックと同じくらいの年に見える。精悍な顔で、溌剌とした印象を受ける明るいグリーンの瞳をしている。


「ミミック、鱗取りしてくれ」

「悪い、悪い。お、ランド、そのヒートナイフ新しいヤツ? あの店のババアさ……」


 鱗取りに心を戻したミミックに微笑んで、フラッシュはよっこらせと立ち上がると、銀色車に積んであるチェンソーを取り出した。これでドラゴンのヤツを解体するのだ。

『あの店のババア』から買った安物のチェーンソーは、スターターロープを幾ら引いてもちっともエンジンがかからない。だから早めに起動準備にかかるのだ。

 キュッ、キュッと煮え切らない音を立てて、スターターロープを引きながら、銀色車の隣に並ぶ迷彩車の方へ声を掛ける。


「ニモ、今日は何回でエンジンかかると思う?」


 手を全開にし、もう片方の手で丸を作って迷彩車の下からニュッと出て来たのは、純朴そうな青年。不精に伸びた金髪が、ヘッドライトの残りカスに当たってキラキラした。

 口の中が埃っぽかったのもあって、フラッシュは唾を吐いて笑った。


「五十? ふざけんなよ! オラオラオラ~!!」


 がむしゃらにスターターロープを引いて見せるフラッシュに、ニモは手を叩いてニコニコしている。彼は声が出ないらしかった。


「へへ、クソッ! クソッ!」


 きゅるるん……。

 情けない音しか出ない奮闘を、ニモは見飽きてしまったのか、迷彩車の下へとまた潜って行ってしまった。

 フラッシュは頭にきてチェンソーに喚く。


「コノヤロ、ぶっ壊すぞ!!」

「煩いな。貸せ」


 苦戦するフラッシュに、今まで双眼鏡で周囲の見張りをしていた背の高い男が寄って来た。

 フラッシュは彼を見上げて、チェンソーを差し出した。


「あの店のババア、覚えてろよ」

「お前も出し渋ったんだろ? ババアは一人で生きてるんだ。気前よくしてやれ」

「ふん、ブラックは優しいなぁ……」

「ババアの店のチェンソーはこうだ」


 フラッシュが鼻で笑う横で、ブラックと呼ばれた男はスターターロープの取っ手だけを持って肩の辺りからチェンソーをブン投げた。

 呆気ない程上手く行った。途中でガシャンと地面にぶつかっていたけれど、動けばそれでいい。春を売る女の子達みたいに『乱暴にしないで』なんて、チェンソーは文句言わない。

 起動したチェンソーをブラブラさせて、ブラックと呼ばれた男が「ん」とフラッシュにそれを差し出した。


「ちゃんとやり方覚えろよ」

「ブラックは誰から教わったの?」

「お前のリーダーからだ」


 尋ねられたブラックは、横たわるドラゴンの上に胡坐をかいて鱗取りをしているミミックを顎で指す。

 フラッシュはチェンソーの刃を試しに回してみながら、ミミックの方を見る。

 丁度、鱗取りが終わったのかミミックもこちらへ手を上げた。


「あんがと」


 見張りに戻るブラックの大きな背中にお礼を言って、フラッシュはチェンソーを「ギュン!」と威勢よく鳴らしながら獣の亡骸へ向かった。


 辺りは地平線も空も境界を失くし、真っ黒になった。

 煌々と光るヘッドライトに照らされた獣の巨体と、空に星が散りばめられていなかったら、きっと上下などすぐに判らなくなるだろう。


 鱗の剥がされた部分から刃を捻じ込み馬鹿デカい獣を解体する合間に、フラッシュは宙を見上げる。

 たまに、星がシュッと何処かへ降って行くのを見るのが好きなのだ。

 願い事なんてしない。

 そんな言い伝えを、フラッシュは知らない。

 誰も彼も、望みを持つ事に臆病でちっとも楽しくなんかない。

 けれども、夜空を見上げる度にフラッシュはナガレボシを探す。

 願掛けを知らないけれど、なんとなく、「アレはそんな気がする」モノな気がして。



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