アクシデント
街全体に籠っていた湿気が乾いた風に追いやられた頃、ドラゴンスレイヤー達は仕事を求めてゾロゾロと彼らの『管理場所』へ赴く。
ドラゴンを狩る際、ここで申請をしておかないとせっかく狩っても金に換えて貰えないのだ。勿論、登録済みドラゴンスレイヤーである事が必須となる。
申請はメンバーと装備と、ざっくり分けられたエリアの位置だ。
遥か昔、リスパァン博士は「呼称があるのは、便利だろ?」と言って、『管理場所』を独特な発音で『イ・アーゥ』と名付けた。何を意味しているのか不明だが、博士が『イ・アーゥ』と言ったら『イ・アーゥ』なのだから、そこは『イ・アーゥ』となった。
しかし、何となく間抜けに聴こえてしょうがない。「壁にでもぶつかったのか?」と、誰かが嘲笑交じりに言い出してから、皆『イ・アーゥ』を『ウォール・ペイン』と呼び出した。
気に入らないものは気に入らないのである。
気に入らない事には改革を起こすのが人間だ。
リスパァン博士は余程閃いた呼称だったのか、蚊帳の外になったのが気に入らなかったのか、『ウォール・ペイン』に激怒して皆の事を『猿』だの『蟹』だの罵ってキーキー言ったが、その内諦め、挙句にいつしか気に入った様子だった。
『ウォール・ペイン』には受付のカウンターと、背の高いシングルベッド位の大きさの、アルミのテーブルが一つだけだ。
アルミのテーブルには、武器や仲間の照会が自由に閲覧出来るコンピュータ端末が三台乗っかって、黒いのっぺりした画面に、『どうぞ!』といった文言の緑色の文字を点滅させている。
やり取りするモノと金額の割に、こじんまりした場所だった。
ドラゴンスレイヤーは街にそうたくさんいるわけでも無いのに、霧雨上がりには彼らをあぶれさせてしまうくらいの狭さだ。
さて、例外なく勤勉に『ウォール・ペイン』へやって来たフラッシュ達も、建物からあぶれて表の通りでうだうだ順番待ちをする羽目になっていた。
「結構早く来たのになー」
地面にしゃがみこんだフラッシュはそうぼやいて、手に持ったアルミ缶の中身をあおった。炭酸水に砂糖がいっぱい入ったのが彼は大好きだった。
彼の街には何かを生産する工場などが無い上に、流通もそれ程良くない環境なので、こういう嗜好品は直ぐに売店から消えてしまう。フラッシュのこれは、本業が休みの間食糧品の小さな売店で働くドロレスが、コッソリ取って置いてくれた物だ。
「有難く思いなさいよね!」なんて、カウンターの向こうから背伸びして、物凄く威張って売って来たが……。
―――まぁ、いいや。いつものコトだ。
美味そうに喉を鳴らすフラッシュの横で、彼のボヤキから半テンポ遅れてコールドが相槌を打った。
「雨上がりだしね」
「一斉に出て来る辺り、頭悪いなー? 日にちずらした方がいいんじゃね?」
「駄目だ。待て」
「帰りてぇ」
踵をせわしなく縦に揺すって言うフラッシュに、壁にもたれて目をつぶっていたミミックが首を振る。彼がかけているサングラスに、不満そうなフラッシュの顔が映った。
仕事の申請には、メンバー全員がカウンターで登録をしなければいけない。
前回の様に他所のメンバーと組む時も、全員でゾロゾロと連れ立ってやって来たのだ。
これが面倒臭い。誰か一人が代表で、が通用しないのである。
「エリアを分ける人数には限りがあるからな、取られちまう」
「でも、装備で諦める連中だっているだろランド達みたくさ」
フラッシュは尻を叩いて立ち上がり、『ウォール・ペイン』外壁の連絡板に張り出された張り紙に指を指す。
張り紙には、フラッシュ達がまんまと実験された実験結果が記載されていた。
ざっくり言うと、「今後この型より新しい型、或いは強力な装備を使う様に云々」といったリスパァン博士からのお触書だ。
「皆、急に準備出来やしねぇよ」
「それでも行く奴は行く」
ミミックの言う事はもっともだった。そもそも、そういうヤツ等だからドラゴンなんか相手にしているのだ。
「止めないの?」
コールドがミミックに聞くと、ミミックは首を振った。
それから再び「行く奴は行く」と同じ返しをして、黙り込んでしまった。
*
仕事は取れた。
大抵、皆いつもと同じエリアを選ぶから、フラッシュ達のいつものエリアは選ばれずに空いてくれていた。
登録から三日後、フラッシュ達は荒野へ駆り出した。
久々の運転に気分の良さそうなコールドが、グングンスピードを上げてエンジン音を響かせた。ミミックは双眼鏡を覗き込みながら標的を探し、フラッシュはリスパァン博士おススメの大砲に跨りながら、ドラゴンがこちらを見つけやすいように高い音の出るハーモニカを吹いていた。このハーモニカの音を、ドラゴンはどえらく好きか、嫌いなんだそうだ。
聴きつけたが最後、絶対に突進してくる優れものだ。
コールドが出鱈目に四輪車を駆るのに満足し、フラッシュの頭が笛の吹き過ぎでクラクラし出した頃、双眼鏡を持ったミミックが「おっ」と声を上げた。
「西だ、コールド、西の方向!」
ミミックが物凄く大雑把に西を指した。確かにその指の先にいるのだろうが。
フラッシュが砲台からピョンと飛び降りて、顎にずり降ろしていた布マスクを装着しながら奇声を上げる。
「ヤホー! いたか!」
「ミミック、いつも思うんだけど、もう少し細かく方角を……」
「あっちだ、あっち!! もっとアクセル踏め!」
「あっちって……!」
コールドの要求を無視して、ミミックは横から手を出しハンドルを切る。車体が急なカーブにガクンと揺れ、タイヤが不満そうに甲高く鳴った。
車内の荷物が、ガチャガチャ音を立てて片方に寄って、コールドが頭痛にでも襲われている様に目を瞑った。
ミミックは一匹狼が長かったので、こういうところがある。コールドはたまに、自分の役目はいらないのではと少し思うところがあるが、自分がしっかりしなくては、と思うトコロもある様だ。
そういう頭の無いフラッシュは早くも、砲座の傍に身を屈ませ、肩にロケットランチャーを担ぎミミックの指差す方へ照準を合わせていた。
荒野の彼方に、点の様なドラゴンを見つけると、フラッシュはマスクの下で唇を舐めた。
彼の本能が、恐怖を恐怖と感じない様にそれを血の湧き立つ興奮へと変える。
知らず車体から身体をジリジリと乗り出して行くフラッシュに、ミミックが注意した。
「あんまり乗り出すなよ!」
「ん、んっ!」
「構えー……三、二、一!」
ミミックがこうして合図を出す瞬間が、フラッシュは堪らなく好きだ。
引き金に触れる指に待て、待て、と言い聞かせるこの瞬間が。
「ゼロ!!」
「あ、ごめん、岩踏んだ」
引き金を引く瞬間に四輪車の車体が大きく揺れてしまい、フラッシュはよろめき仰向けに倒れてしまい、虚しく空へと発砲した。
派手な音を立てて砲弾がすっ飛んで行く。
「コールド!!」
「ごめん」
悪びれずにこちらを見もしないコールドを睨み付けて、フラッシュは鼻の穴を膨らませた。
元々おびき寄せの為の捨弾なのだが、思っていた位置に飛ばないのは気分が良くない。けれど、ミス(フラッシュのミスじゃないが)の次に直ぐ行動を取れない奴はドラゴン狩りじゃなくても無能だ。
フラッシュは切り替えて砲座にしがみ付く。
どっちにしろドラゴンはお冠になってくれた様子で、こちらをしっかり見据えて咆哮し出した。
「しっかりしろ!!」
フラッシュの代わりに、ミミックがコールドに喝を入れている。
けれど、コールドはあまり堪えない様子で空を指差した。
「ごめん。でも空にさ、なんかいる」
「ああ!?」
ミミックがドラゴンを気にしつつも、双眼鏡をコールドの指差す方へ向けた。
晴れ渡る空の中、一筋の雲が―――雲の先っぽが、こちらへ向けて、空から斜めに落ちて来ている。とても緩やかな動きだが、確実に落ちている様に見えた。
ミミックは眉をしかめ、目を細めた。
「なんだ?」
「ミミック! ドラゴンが来てる!」
「コッチに飛んで来てない?」
「……来てる」
「ミミック! ドラゴンが!!」
「逃げろ!!」
「ええ!? なんで!?」
コールドがハンドルを進行方向の真逆に切った。ドラゴンからも、落ちて来る何かからも背を向ける。
フラッシュが不満の声を上げた。
ミミックが空を指差して、こちらへ飛んで来るモノの存在を教えると、フラッシュはドラゴンと飛行物体――と言ってもなんだか微妙に落ちて来ている――を見比べて、何を思ったのか砲座にしがみ付き、大砲の照準を空へ向けた。
「―――おい、止めろ! 何かわかんねぇのに!」
「何かわかんねぇからだろ!!」
「どうせならドラゴンに撃て!」
「左じゃねぇと効かないだろが!!」
「ちょ、なんかすっごく大きいよ!?」
コールドの言う通り、それの影がすっぽり彼らの四輪車を覆って来ていた。
細長い、楕円型のそれは、まだ明るいのに底(?)を青く光らせていた。その青い光はコールドの銀色の髪を真っ青に染めてしまうくらい強かった。
「なんだこりゃ!?」
フラッシュが大砲を撃った。弾ける轟音が、ドラゴンの咆哮と、ゆっくり落ちて来る巨大なモノの立てる音にグルグル掻き消されて、もう何が何の音だか判らない。
それでも砲弾は落ちて来るそれに当たって、ボンと何かを爆ぜさせた。
バカン! と上空で音がした。
フラッシュもミミックもコールドも、何となく聴き覚えのある音だったのと、当たり前だが驚いて、音のした方を見上げた。
それは、鉄製のドアを乱暴に開け放つ時の音に似ていた。
ゴウゴウ音を立てて落ちて来る巨大な物体の一部が|開いて≪・・・≫いた。
開いた個所から、途端に白い煙が勢いよく噴き出した。
「!? なんだ!?」
見上げるミミックの肩越しに、チュンッと音を立てて何かが四輪車のシートをうち貫いた。
「!?」
「ミミック貸してくれ!」
フラッシュは肩を押さえるミミックから双眼鏡を取り上げ、四輪車から身を乗り出した。
多分、逃げ切った。真上からぺしゃんこにされる恐れが無いところまで来ている。
しかし……。
双眼鏡の視界の中、先ほど開いたと思われる四角い穴から噴き出る煙の勢いが納まっているのが見えた。―――そして、その白い煙の中に、小さな人影を見つけた。
「……女?」
人影だとしたら恐らく腕の辺りで、キラッと何かが銀色に光った。
フラッシュは顔をしかめ、瞬きした。
「銃だ」
小さな人影は、銃口をこちらへ向けて、身を乗り出している。
よくわからない。こんな時、手でも振るのか? 完全に的にされる気がする。
しかし、このままでは確実に近く彼女――彼女に決めた――は大参事に巻き込まれる。
もしも無事に着陸しても、フラッシュ達が挑発した怒れるドラゴンが牙を剥いている。
―――助けるべきか?
「あああでも、銃持ってるコッチ狙ってる」
「お前のせいだろ! 砲撃するから!!」
「それに、あんなの助けようがないよ」
コールドが冷たい事を言う。
彼は振り返ったりせず、銀髪を風になびかせ前をしっかり見ている。
チュンッと、また発砲が続いた。
今度はフラッシュの傍の、砲座にカンと当たって火花を上げた。
フラッシュは舌打ちして彼女を見上げる。煙が完全に晴れて、人影の全体が見えた。
ピッタリしたボディースーツの様な服を着ているので、華奢な体つきを際立たせ、確実に女か子供だ、とフラッシュは確信した。
肩の辺りで切り揃えたボブ・カットの金髪が、風に乱れている。
「うぉっ、かわいい!!」
もうそんな必要も無い程接近していたが、フラッシュは双眼鏡を構える。
大きなアーモンド形の瞳の中身はほとんど黒目で、濃い藍色がキラキラしていた。
間近に迫って来たドラゴンの咆哮が響き渡る中、フラッシュは呆然と彼女の瞳に心を吸い寄せられた。
彼女がキッとフラッシュを見た。
フラッシュは思わず手を振った。
「何やってるんだマヌケ!!」
「だって!! 助けないと!!」
「どうやって!」
「コールド、車止めろ!」
馬鹿! と、ミミックが怒鳴って、今にも車から飛び降りそうになるフラッシュを押さえつけた。
コールドは今までにない速度を出して、車を止めたりしなかった。
そうこうする内に、女の子を乗せた楕円形のデカい物体は運の悪いドラゴンを下敷きにしながら轟音を上げて地面を滑り、荒野を引っ掻き回して墜落してしまった。
直ぐに何かの爆発音が地鳴りの様に響いて、火と煙が上がり出す。
それを遠のく背後に観ながら、コールドが徐々にスピードを抑え始めた。
「あらあらあらあら……」
ミミックが呆然として、ようやく声を上げ、コールドもフラッシュも恐らく同じ面持ちで燃え上がる火柱を見詰めていた。