左の栄光を我に
僕達の星は、度々霧雨に包まれる。星一個丸ごとだよ。
霧雨が降ると、ドラゴンがどっかで生まれるんだ。
そうして、僕達を喰い散らそうと牙を剥く。
僕達は逃げたり、立ち向かったりして減ったり増えたりしているよ。
やだよね、霧雨。
でもね、程々な距離に太陽があるから、霧雨が終わるとそこかしこで虹が見えるよ。
僕達は、何処までも平たい瓦礫クズの大地に掛かる大きな虹や、頽れたビル群の僅かに残ったガラスが反射する光の中の虹を見ては、『ああ、綺麗だな』って思えるくらいには、まだマトモでいます、神様。
*
誰がそうしてしまったのか、呆れるほどの荒涼とした大地を見下ろせば、黄土色の濃い砂埃を立てるオープントップの四輪車が二台。
(この星では)伝統的なグリーンを地にした迷彩柄と、塗装の剥げ落ちた銀色の車だ。
どちらの車体にも後席に物々しい砲座が乗っかって、そこにしがみ付く様につなぎ姿の若い男が一人ずつ足を踏ん張っていた。
独特のエンジン音を立てながら、ほとんど擦り切れてしまったタイヤをガンガン回して砂埃を立ち上げ一直線に向かうのは、二足歩行で地響きを立て彼らへ突進する獣だ。
硬質な鱗に覆われた巨体で突進してくる獣は、擦り切れたおとぎ話に出て来るドラゴンそのものだ。つんざく様な咆哮が、空気を震わせ四方に散らばった。
「へっ、火を吹かねぇだけマシさ」
剥げた銀色車の砲座にしがみ付きながら、腰を落として砲撃首がマスクの中で吐き捨て、ガシャンと大砲の筒先を獣に向ける。
「どー、どー! 作戦通りに頼むぞ!」
砲撃首の横で揺れとスピードに揺さぶられていた男が、今にも撃ち放たれそうな砲口を手で覆って封じ、怒鳴った。
「分かってる!!」
『弾を無駄にするな』
チッ、と砲撃首は舌打ちして、インカムを通して聴こえて来た声にも「分かってる!」と、返事をすると、身体をほぐす様に肩を揺らした。
クス、と、小さく笑う誰かの息が、銀色車、迷彩車に乗るクルー全員の耳に聴こえた。
銀色車の砲撃首以外はそれに微笑み、或いは苦笑しながらも、目の前に迫り来る獣からは目を放さない。
『……百間隔地点で右へ!』
『了解』
銀色車の運転手が小さく答えた。
『地点まで、八十……五十……』
巨木の様な巨体が暴力的な凶暴さで迫ってこようと、彼らのスピードは落ちない。
むしろ加速して行く。
『三十……まだだ……フラッシュ、弾ちびるなよ……』
『クソくらえ! ……二十……』
まだ百間隔と少し在るというのに、獣の咆哮が銀色車のフロントガラスをビリビリ震わせた。
それでも彼らは臆さない。
二台の車は己こそが真の獣だと言う様に、突き進んで行く。
『十五……八……五……』
零。
迷彩車のクルー達が一斉に喚いた。
『左の栄光をシルバーウイングへ!!』
「……加速!!」
迷彩車と銀色車は獣の咆哮に負けない踏み込み音を立てながら、左右に分かれ、獣を中央に挟み込む。
左側に付いた迷彩柄が大砲を撃ち放った。
砲弾は良く乾いたマッチ棒をシュッと擦る様な軽い音と共に獣目がけて飛んで行き、獣の駆けない左前足に当たって弾けた。
カッと辺りが不自然に真っ白に光り、爆風が地面の細かな砂をほとんどを吹き飛ばし空気が滅茶滅茶に乱れた。そんな中、獣は怒り狂って立っていた。左前脚はしっかり胴体と仲良ししている。
シューシュー、と唾液を霧に変えながら息を吐き、獣はどちらを獲物にしようか一瞬で決めた。
小癪な迷彩柄の方へ、しっかりと向き直り、どデカイ頭のほとんどを横に裂けさせて、雷の様に咆哮し長く太い尾で埃の積もった地面を打った。
微かな縦揺れに、一気にバック走行へ切り替えた迷彩の車体が一瞬浮いた。
地面を捉え損ねた車輪がから回ってキュルルと高く唸る。
砂埃が砲撃首の男のヘルメットや肩に積もった。こうなる事を見越しての装備なのか、彼を始め全ての男達はゴーグルをはめ口元を布で覆ってマスクにしているので表情は見えない。
迷彩は思い切りバックをしながら、右へ弧を描いて獣を誘う。
操縦士は背後なんて見やしない。
彼らの戦場は建物も生き物もスッカラカンの荒野だ。そのお蔭で、かつて滅び去ったスカイスクレイパーの群集が何処にいたって目に入る。御大層に、霞がかって、朧にそびえ立っているのだ。
つまらない風景を巻き上がる砂埃の中吹き飛ばしながら、迷彩が獣を誘う。
右へ、右へ……!!
一頭と一台の描く半円のまた外側を、塗装の剥げた銀色車がグングン駆ける。
殆ど自ら自身の巨体の左側を晒し、他に夢中になっている獣の横に銀色車がつくと、再び全員が叫んだ。
『フラッシュ!! ラ・ッテー(今だ、撃て)!!』
荒野に閃光が迸って弾けた。