商談 ⑤
ディストラント城内、執務室で朝食後に書類仕事をしていたレアはノックの後に開かれた扉に視線を向け一礼とともに口を開いた。
「アンリ殿が魔王になったとはな・・・。おめでとうと言うべきなのか迷うが何か進物を用意させよう。」
レアに倣い一礼を返したケイトは王への言葉を選びながら頬を掻き、
「ありがとうございます。私も困惑しましたが、特に変わった事はないので今まで通りよろしくお願いします。との伝言です。
今の状況が落ち着いたら祝宴を開く予定ですので参加されますか?」
「ハハハ、魔族と酒を酌み交わすとはなかなかできる事ではないからそれも良いかもしれん。まぁ、座ってくれ何か用があって来たのであろう?話を聞こう。」
もう1度一礼をし椅子に座ったケイトは難しい顔で頷き、
「マルナを含めた大通商路、その貿易協定の話を預かっています。」
「ケイト・・・殿?貴女がその担当と考えて良いのか。」
「コホン、本音を言って良いのなら全く理解出来てないので代役ですね。」
鈍い汗を額に浮かべたケイトは書類の束を差し出し押し付けると深く頭を下げた。
「協定内容から補足情報と用意しました。アンリはこの場に来れないので質問や協議は何卒お手柔らかにお願い致します。」
「あ、あぁ・・・わかった。わかったから頭を上げてくれ。そうか、貴女も大変だな。」
アンリ殿が無茶を押し付けたんだろうなと察したレアは書類に視線を落とし協定の理解を始めた。
同時刻
マルナ王城で海を眺めるテラスでヴァンはリックと面会をしていた。
「いい天気ですね。海辺だからか風も涼しくて過ごしやすいです。」
「涼しいのは確かだが、この時期は照り返しで日に焼ける故に気をつけろよ。」
書類を捲り全てを読み終えたリックは横に立つカナトに視線を向ける。
「どう思う?」
「通商路を定める事は街道の整備費削減や道中の安全性と税の徴収、商品の需要・供給を把握する上でも有意義だと思います。
が、それを協定としたいという事は・・・本当の狙いは別にありそうですね。」
ふむ、と頷き広げた地図の通商路候補を指でなぞる。
カナトも思考を走らせながら正面に座り海を眺めているヴァンに視線を向けた。
あの表情、おそらく何も聞かされていない・・・。もとより前回から協議で決めた事を伝えるだけの人ではあったが今まで以上に何も考えてなさそうだ。
リックも同様の感想を得てどうしたものかと思う。
損益を考えるなら断る内容ではない、だが相手は魔王の座に着いた奇人。信頼はしているが何を考えているかはわからないのが本音でもある。
揺さぶりをかけて見るかと思い、咳払いをしてヴァンの視線を自身に向けさせた。
「確認なのだが現在貴方達はクラン公国と戦闘中だな?」
「そうですね。予定ではもうぶつかってる筈です。
魔族の皆さん魔王様にいい所見せて褒賞もらおうとやる気出してましたから森には近付かない方がいいですよ。」
「それは恐ろしいな。だが言いたいのはクラン公国をどうするのか?という事だ。何か聞いてるか?」
うーんと唸ったヴァンは頭と下げ、
「出来るなら穏便に済ませるつもりとしか・・・すいません。」
「いや良い安心した。ならばこの通商路にクラン公国もふくませるようにアンリ殿を説得してくれ。
公益で栄えるあの国の伝手を利用出来るなら、こちらも安心して行動出来る。」
ヴァンは頷き紙に筆を走らせ伝える内容を書き留めると視線を合わせ、
「他にも質問や要望はありますか?お昼時が転移の時間なので早めに返事が欲しい事案からお願いします。」
ノイルはサラ達に指導を終え自主練に任せた所で2階への階段を登る。
覚えの悪いサラの指導に僅かな疲れを感じつつ扉を開くと椅子に座りワインを飲みながら書類を眺めるカイネは視線を向け口を開く。
「馬鹿は寝てるよ。こっちの首尾は問題ないが何か用か?」
「ココ、ちと気になることがあってな。主にも確認したい事はあるが・・・。」
歩みを進め書類の束に手を這わせたノイルは目当ての物を見つける。
見慣れぬ筆跡で書かれた各国の情報や主要な者の経歴、スキルが書かれた紙を鼻に当て納得した。
「女の香・・・娼館の娘達が集めておるのか。」
「与太話程度から複数の者が語る話をまとめたらしい。情報確度としては悪くないだろうよ。
クク、女を抱くために金を払って情報も抜き取られるとは笑える話だ。」
可笑しそうに笑うカイネを横目にノイルは書類を捲りながら思案した。
国として繁栄する為に重要な力がある。
戦闘力、経済力、政治力そして情報力。アンリがそれを理解しているとは思えないが商業を主軸に置く事で繁栄に必要な力を得ていたのだろうと思う。
「動かず、そして気付かれずにこれ程の情報を得たと考えると恐ろしいの。」
「あぁ、南北を結ぶ主要な街道にある関所、そして無法地帯同然のソドムだからこそ咎められず気付かれない上策だ。」
そうよな、と頷き、書類を置いたノイルはカイネ視線を合わせもう一つの懸念を口にする。
「ラズを前線に出しておるが大丈夫かえ?当然相手がという意味での。」
「やり過ぎるだろうし今後の交渉に響くだろうが知ったことか。それは相手の頑張り次第でこっちには関係ない事だ。
まぁ暇を持て余してるなら旗でも持って応援するか?」
「ココ、主は昔と変わらずふざけておるの。妾は2国へ送った特使からの返事待ちよ。暇などないわ。」
あぁ、と呟いたカイネは笑み濃くしワインを口に含む。
「あの2人がこの戦い最大の剣だからな。どれ程譲歩してでも飲むしかない。もっとも、アンリの協力を得られなくなる可能性を考えられる頭があれば頷いてくれるだろうさ。」
「ココ、主もアンリもあくどいの。とはいえ、調整は必要であろう?その為にここにいるのではないかえ?」
「まぁな。教会を通じての圧力も考えたんだが後を考えると良くないだろう。友好的かつ有効的に事を済ませたいものだ。」
笑みを浮かべるカイネに頷き椅子に座ったノイルは寝室への階段に視線を向け、
「昼時には起こさなくてはの。その時に鬼の娘達の経過も報告せねばな。」
落ちた声色にカイネは笑いながら前屈みになると楽しげに口を開く。
「サラは特に覚えが悪いだろう?あいつは昔から力任せで事を成してきたから脱力なんざ無理と諦めろ。」
「それが鬼の生き方よの。さて、どうアンリに言い訳するかの・・・。」
「ハハ、言い訳は必要ないだろ。やれる事をやったら後は丸投げ、それが楽して生きるコツってもんだ。」
苦笑したノイルは頬杖をつくとため息をこぼし項垂れる。
「主は気楽で羨ましいことよ。妾もこれが遊びであればそうするのじゃがな・・・。」
諦めたような呟きとカイネの笑い声が響いた。




