新たな魔王 ②
ソドム教会内で暑さを逃れようと風通しの良い椅子に寝そべり足をバタつかさせながら本を読んでいたフランは扉の開く音に顔を上げた。
「お帰りなさいませカイネ様。流奴受け入れ準備はつつがなく終わっています。それと酒場の店主がアンリさんにご贔屓のお礼を伝えてくださいとの事です。」
「布施はしてたか?なら伝えとこう。」
荷物を下ろし椅子に座ったカイネは天井を見上げクク、と笑う。
「あいつは今頃魔王の座を押し付けられてるんだろうよ。」
「良いのですか?カイネ様の目的を成す為の理想とは少し・・・いえかなり違いますが。」
「ハハハ、人生とは理想を求めながら思うようにいかないものだ。それを認め如何に近付けるかそれが大事なんだよ。」
カイネは自身のスキルを使いアンリを転移と回復に特化させ続けているがそれを知らないフランは首を傾げ諦めたように本を閉じた。
「難しい事はカイネ様にお任せします。」
「あぁ、フランはそれで良い。で、頼みたい事があるんだがいいか?」
「流奴に販売させる試作品ですね?」
カイネはあぁ、と頷き忌々しい顔で立ち上がると懐からレシピの紙を取り出しフランに渡す。
「アンリのレシピ通りに作ろうとしたが何故かパンが出来ん。やはりパンは神の子の肉だから私には無理なのかもしれん。」
「カイネ様は敬虔ですから恐れ多いと身体が拒否されてるのかも知れませんね。」
胸を張ったフランはレシピを受け取りそれをスキルでしまうと頷き、
「私達では手に負えない事ですからアンリさんに任せましょう。なんとかしてくれる筈です。」
「そうだな、元はと言えばあいつの事業の一部だ。頑張ってもらうとしよう。」
夏前とあり気温が高くなってきた時期だがそれとは別の要因でアンリは頬が熱くなるのを感じていた。
ノイルの整った顔が間近にあり背もたれごと両肩を抱くように正面から抱えられのぞき込まれた顔は柔らかく微笑えんでいる。
「そんなに見詰められると・・・照れちゃうよ?」
「ココ、からかいがいのある子よの。しかしなにを照れると言うのだ?主が王になるなら妾は傅くだけよ。これも、その先すら何一つおかしな事ではあるまい?」
「なんて魅力的な提案だ・・・。でも駄目!衆人観衆プレイなんて俺にはアブノーマル過ぎてまだ早いと思います!」
何故敬語?と思いつつ頷き身を反転させたノイルは族長達の戸惑う視線を確認して身を離す。
「そんな拒否理由を言われるとは思わなかったのう。なら本題に入ろう。」
ノイルが台を降りた所でアンリは首を傾げた。
「なんだ・・・誘惑ついでに記憶を取るつもりじゃなかったのか。ノイルさんならその方が効率的に進められたんじゃないのか?」
「わかってて身を委ねるとは主は喰えんの。ココ、しかしな、妾は主にだけは誠実にあろうと思っておるのよ。信頼・・・そう、信頼関係こそが互いの最善ではないかえ。」
アンリは感極まったように目尻を抑え天を仰ぎ嗚咽混じりに口を開く。
「いい子に成長したんだな。お父さん泣いちゃうぞ。」
「変なキャラになるでない!何故主と話すと脱線しかせんのだ。」
「誰が原因か知らんが俺に言うなよ。」
「「「お前だーーーっ!!!」」」
全員が声を揃えた。
ノイルが説明している姿を見ながら倒木に腰を下ろしたルークスは横に立つリゼに視線を向け口を開く。
「アンリさんは何時でも誰でも変わらんな。ブレないと言うかブレっぱなしと言うべきか・・・。」
「そうだな、ノイルがあれ程感情豊かと思わなかった。
・・・ルークスは納得したの?脅されたの?」
「納得だ。どの道アンリさん以外ではここを纏めきれん以上頷くしかないだろ。リゼもか?」
えぇ、と頷き頬を掻く。
「正直面白くはないの。でも私じゃ力不足だし何より考える面倒がない今が楽で仕方ないのよ。悪くない対価も貰ってる以上今の生活が続くなら認めるわ。」
「俺もだ。あの人と関わり格段に同胞達の暮らしは豊かになった。なら、支えるしかない。それが最善と判断したからな。」
ノイルの説明を聞きながら酔いを完全に覚ましたアンリはそうかと頷く。
「人の国相手なら確かに俺が交渉に当たるのがベストだろう。だがノイルさんも人に化けれると聞いたんだけど?」
「姿だけよ、魔力を抑えればバレないだろうが疲れるから嫌じゃ。主は鬼の気配を身に纏っておるがそれを除けば見た目だけは人間と変わらん。」
見た目だけ?と呟きアンリは身体を確かめるように動き横で遊んでいるサラに向き直る。
「前にカイネに言われた時から疑問だったけどなんかしたのか?」
「・・・寝てる時に少しな。」
「何してるんだ!?気になるじゃないか。無抵抗な俺を弄んでるのか!?」
サラは瓢箪から酒を煽り数秒視線をさ迷わせラズに助けを求める視線を向けた。
頷いたラズはカードを伏せて微笑み、
「今まで問題無かったのですから気にする事はありませんよ。大切なのは今、そうですよね?」
ぬぅ、と唸り誤魔化されたと思うがなす術ない為頷く。
「仕方ない・・・とはいえノイルさんの話は大体わかったがそれでもあと一手足らなかったと言おう。
俺は仕事上この地を空ける事も多いから責任ある立場になる事は頷けないよ。」
ノイルは残念よ、と呟きラズに視線を向ける。
頷いたラズは立ち上がり、
「魔王の立場を拒否するなら転移出来ないように縛って宙に吊るし蚊のいる部屋に閉じ込めますよ。」
「待て!ふざけんなよ!?力ずくでもやっていい事と悪い事あるだろうが!!?」
「アンリさんがそれを言いますか?ですが安心して下さい。頷くまでの間食事の世話はしますので我慢ですよ。」
葛藤を全身で表現したアンリは項垂れ頷く。
「蚊に負けた魔王で良ければやるよ・・・。」
「色んな意味で新しい魔王の誕生ですね。ご愁傷様です。」
「ココ、では決まりよな。期待しておるから精進せい。」
項垂れたアンリにまばらな拍手を送った族長達は厄介事を押し付けられた安堵から笑いあった。




