カイネの思惑
曇天の空、森を歩くカイネの足取りは軽く視線を上げれば目的地が見えている。
混合村ソドムだ。
流奴が名付けた滅びた都市の名だがその響きはあっていると思う、人と魔族が交わり、交易と諍いを生み平和と暴力が混濁する様はいずれ同じ結末を迎えるのだと連想させた。
村の教会に歩を進め、ドアノブの無い扉を押し開け中に入ると正面から女性の声がきた。
「戻られたのですね、カイネ様。」
それに手を挙げ応えながら視線を向ける。
「様付はやめろと言ってるだろ。フラン、問題はあったか?」
「それは無理と言っておりますカイネ様。そして問題はありませんでした。ただ御友人が来ておりますよ。」
その言葉から相手を理解し、
「わかった。相手してくるからここを任せるよ。」
そのまま奥の部屋の扉を開けた。
書籍が並ぶ壁から本を手にした見知った顔がある。
「あら?おかえりなさい。留守とは思わなくてお邪魔しています。」
「あぁ、出掛けてて悪かったね。」
「いえいえ。でもどちらに行っていたのですか?」
中央の机に荷物を置き椅子に腰掛け応える。
「サラの所だ。面白い流奴を拾ったって聞いてね。」
「あぁ、彼処ですか。収穫はありましたか?」
「上々だ。アイツがここに残るなら目的は近くなるな。」
「そこまでの強い力を持った流奴ですか?」
「いや、強さで言えばミジンコの方がまだ役に立つ。だがサラは気に入っていてね。アイツを引き込めれば鬼も付いてくるって事だ。」
手にした本を机に置きカイネに真剣な眼差しが向けられる。
「その方はここに残るのでしょうか・・・流奴なら人の国へ渡るのが普通ですけど?」
「あぁ、残るさ。サラが私の嘘を伝えたら残らざるえないからな。鬼を恐れてないから尚更な。」
「なかなか面白い方ですね。あなたも気に入っているようですし。」
荷物から箱を取り出し蓋を開け、
「そいつが作った食物だ。元の世界の記憶があり、それを再現出来る知識と意欲がある。なかなかいない人材だと思うが。」
それを手に取り口にする。
「美味しいですね。戦えずとも文化ではこちらを勝ってるという事ですか。」
カイネは、あぁと頷き箱の中身に手を伸ばし口に運ぶ。
「鬼の戦力と流奴の知識、手元に置いときたいと思うだろ?」
「えぇ、私も1度会ってみたくなりました。教会にはいつ来るのですか?」
「明日の昼位だな…会うのは良いが殺すなよ。」
「分かってますよ。ただの挨拶ですから。」
不安に思うが顔合わせはしといた方が良いと思い頷きで応えた。
「後は戦力をもっと集めなきゃならんな・・・。」
森の情勢を考える。
街道を挟んで東の森には支配者足る魔族の王がいない為長く荒れている。
「巨人族のあの馬鹿が生きてればな・・・」
「確かサラさんの御自宅を破壊して殺されましたね。」
「あぁ、生きてれば扱い易かったのに。クソが地獄で炙られてるアイツに油をかけてやりたい気分だ。」
思い出すのは昔いた巨人族の王の最後だ。
東の森大半を支配して調子に乗った挙句鬼に手をだし肉塊にされたのだ。
「その時サラさんと一緒に居たんですよね?善戦はしたんですか?」
いやと首を振り、
「圧倒的だったな・・・馬鹿の見せ場は壁を破壊して啖呵を切った所までだ。
それにキレたサラが謝るまで殴るって言ってから馬鹿の膝を砕くと地面を泣きながら転がってたよ。」
思い出し笑いが込み上げてくる。
「何か言おうとしてたけど鳩尾に拳がめり込んでね。後は呻いて妙な踊りを披露している間殴られ続けて終わりだ。」
「鬼の力で鳩尾殴られたら喋れないでしょうに・・・。」
だよなと頷く、
「あの馬鹿が居なくなって纏まりが無くなったからな。誰か王になってくれれば取り入って戦力増強も簡単なんだが。」
最有力候補としてサラがいるが本人は面白く無ければ動かないから除外する。
霧の谷に住む竜人達も強者揃いだが数が少なく東の森を統治出来る程の戦力が揃っていない。
同じ理由でエルフ達も除外される。
森で最大派閥を誇る獣人達はリーダー同士争って纏まりがない、
他、有力者はいても鬼の方が強いから除外される。
「やはり今は無理だな。纏めきれる勢力がないからな。これに関しては待つしかない。」
「その時まで待ちましょう。焦らず今まで準備をしてきたのですから。」
カイネは席を立ち、
「今は待つ次いでに商売をする準備でもするさ。」
伝え横の部屋に向かった。
陽が上り森を照らす、時刻は10時頃になる頃だ。丘の頂上付近に2人の人影がある。
アンリとサラだ。
森を歩き村へ向かう途中休憩をしているのだが、
「と、遠い・・・」
小屋を出てから3時間程経過したが目的地はまだ見えない。
「へばるな、後少しだよ。」
さっきも聞いた言葉にアンリは気分が下がるのを感じる。
「こんなに遠いと思わなかった・・・」
「私だけならもう着いてる時間だけどな。運動不足じゃないか?」
「現代人は普段歩かないからな・・・ところで今向かってる村は何でこんな所にあるんだ?」
「街道を抜ける時の休憩と関所のためだ。」
「関所?」
「あぁ、大森林を安全に抜ける為の街道に村を作ったからな。関税が主な収入だ。」
「陸続きだから無視して森を抜ける人いそうだけど・・・」
「結構いる。半分位は魔族に襲われてるがな。」
納得して立ち上がる。
「さて、そろそろ行くよ。昼には着かなきゃ買い物も出来なくなる。」
それに頷き、今後は魔術の修練と筋トレをする事を誓い付いていく。
それから1時間程歩くと木々が開け、幅100m位の土を舗装した街道に着く、視線を横に向けると道を塞ぐ柵が構えられた村が見えてきた。
「あれがそうだよ。先に教会へ行ってから買い物をしようか。」
アンリは久しぶりに見る人の営みに気持ちが上昇するの感じ歩を早める。
村の入口に着き列をなす人達の最後尾に並ぶ。すると門番をしていた1人が走って来てすぐ村へ通された。
他の並ぶ人達は荷物を検査されたりしていたがサラは関係無いようだ。
歩く後姿を見失わないように歩を早め付いていく。
人混みは多いがサラを見た人は皆避けて道が出来た。それだけで恐れられているのが伝わってくる。
無言で歩く背に付いていくと拓けた空間が現れる。中央に水辺がありベンチに座りくつろぐ魔族や人がいる。
広場の中央子供達が歌っていた。視線を向けるとその中心で2人の魔族の子供が何かしている。気になり視線を向ける。
「珍しいのかい?ただの遊びさ。歌に合わせて互いの手を合わせるんだ。」
言われ動きを見る、子供時代にやった手遊びに似ていた。
懐かしんでいると歌の1番が終わり肉を打つ音がなる。
「2番からリズムに合わせて殴りあうからそこからが面白い所さ。後ろに下がったり倒れた方が負けで近くの大人はそれを賭けにするのさ。」
昔やったのと違う・・・。
視線の先では左の獣人の男の子がリズムに乗った見事なフックを顎に決め相手を倒していた。
周りから喝采とブーイングが起こる。
「これ遊びなのか?」
「遊びさ。本気の喧嘩だったら倒れても終わらないから可愛いもんだろ?」
頷く事は出来なかったが文化の違いだと割り切り、歩く背を追うことにする。
広場を抜けた先、賑わう市場を過ぎた所に目的地があった。
小さいながらも村で初めて見る2階建ての建物だ。
扉の前の壁にソドム教会と書かれた看板がありその横の札には手書きで定休日とある。
「定休日?」
「いつもある。置いとくと面倒が無いらしい。」
適当過ぎると思うがあのシスターなら納得出来る。
気持ちを切り替え扉に向かう。ドアノブが無いので扉を押し開けると礼拝堂の中央の床に囲む様に座る3人の女性がいた。周りにワインの瓶が転がり手にはカードが握られている。
入口に背を向けていたシスターが振り返る。右手にカード、左手にコインを持ち、
「来たか、ちょっと待ってろ。今いい所なんだ。」
何故か賭事をしていた。