商談 ③
マルナ王リックは2人の部下と緊張した面持ちで歩を進めていた。
木々を抜け先の見えぬ森を進み、冷や汗を浮かべる。
「本当に・・・アンリ殿はこの先なのか?」
呟いた声に振り返るのは先頭を歩く人狼族の戦士ギルカだ。
「そうだと言った筈だ。でなければ人間相手の護衛なんかする訳ない。」
「あ、あぁ・・・そうだな、済まない。」
リックは周囲を囲む獣人族を確認し緊張から喉の渇きを感じつつも進むギルカの背を追う。
木々が減り足下に岩が転がる地に小川が流れそこで大小の人影が両腕を左右に振り膝の屈伸運動をしていた。
「ルークス様お連れしました。」
ギルカの声に一際大きい背が振り向き頭を下げる獣人族に向けて口を開く。
「ご苦労。全員下がり持ち場に戻れ。」
獣人族が一礼と共に森へ消えるのを確認し緊張を解いたリックはカナトに示されもう1人の運動をしている方に視線を向け会釈をした。
「貴方がアンリ殿で間違いないか?と言うより何をしているのだ?」
「何ってラジオ体操の布教中だよ。
健康は無くしてわかる宝物、昔何処かで聞いた言葉だ。一緒にどう?」
首を横に降って拒否をした3人にアンリは体操を止め肩を竦める。
「仕方ないな、はじめましてリック王。俺がアンリです。
申し訳ないが礼儀に疎い田舎者でね。色々問題あるだろうが許してくれ。・・・もしかして3人だけで来たのか?」
リックは頷き左右の2人を示す。
「信頼を行動で示したかったのだ。商談前に紹介させてもらおう。商業関係の補佐を任せているカナトと警護隊長のハングだ。」
2人が敬礼と共に深く頭を下げ、アンリも会釈を返し地を示す。
「じゃあ行こうか。転移魔術を使うから動かないでね。」
リック達が何か言おうとする前に魔術式を起動させた。
リック達は泉前に作られた天幕の中で緊張していた。机を挟んだ対面にルークスと呼ばれた人狼が腕を組み威圧するかのように佇んでいるからだ。
机の上に視線をさまよわせ喉を鳴らした時入口からアンリが鬼と共に現れた。
「待たせて申し訳ない、ちょっとバタバタしててね。」
「とりあえずはラズに任せとけ。終われば報告に来るだろう。」
アンリとサラが座るのに合わせてルークスも席につく。
「忙しいようで何よりですね。何かの商売ですか?」
「いやいや、違うよカナトさん。最近この森に人の諜報かな?それがよく来るからその対応だ。」
「今日来てる奴は特に災難だ、ラズなら半日位は遊ぶだろうから楽には死ねないぞ。お前らも諜報を放っているなら気をつけろよ。」
ハハハ、と笑うサラに引いた顔のリックは助けを求めるようにアンリと視線を合わせ、
「と、とりあえず商談を始めても?」
「あ、うん。そうしたいけど顔色悪いね、大丈夫?建設中の迎賓館の方が横になれるスペースあるけど・・・。」
「大丈夫だ。そう問題ないから心配しないでくれ。さぁ商談を聞こう。」
何故3人が引いているのかわからないアンリは腑に落ちない顔でしぶしぶ頷き、事前に貰っていた資料を机に広げる。
「そうか無理しないようにしてくれ。
前回のカナトさんの情報を対価に魔族の侵攻は止めさせてもらっているが釣り合っているだろうか?」
「勿論だ!本当にそれで問題ないのか?」
リックの言葉に頷いたアンリはルークスを示し、
「うん、獣人族を纏めているルークスさんに確約してもらった。竜人族の方は長がサボり魔でここには居ないんだが書面を預かっているからどうぞ。」
差し出された紙に目を通し頷いたリックにアンリは契約書も渡しサインを求めながらしきりに頷く。
「俺としても助かったよ。あの気持ち悪いヘンテコ生物に価値があるとは思ってなかったし、働いている魔族達に還元も出来るこの上ない知識だった。」
「アンリはキマイラとか嫌いだからな。私からも礼を言う。」
サラが頭を下げ、続くようにルークスも頭を下げる。
ハングは僅かに狼狽えつつも首を傾げた。
「確かに脅威ですが何故そこまで嫌うのか聞いても?」
アンリは腕を組み睨むようにハングに顔を向け机に肘を乗せ前屈みになると大きく息を吸い口を開く。
「気持ち悪いからだ!なんなんだあの意味のない進化は!?
無駄にデカくて攻撃的でバラバラの行動を取る別種の頭を増やさず蛸みたいに心臓と脳を増やせよ!?意味がわからん!!」
「おい落ち着け、そしてお前らも引いた目をするな。アンリはたまに情緒不安定になるがこれも平常だ。」
サラはアンリを諌めながら引いた3人に視線を向け話題を変えろと目で訴え、リックは小さく頷き1度目を閉じる。
危険な橋を渡る覚悟は出来ていたが商談内容以外に不安を覚えるとは・・・有益なのは確かだが本当にこの先大丈夫なのか?
己の覚悟を試すように目を開き1度咳払いしたリックは落ち着きを取り戻しつつあるアンリにサインをした契約書を渡し冷や汗を感じつつも言葉を作る。
「あ~それでは次の商談をお願いします。」
「そうだな、すまない取り乱してしまった。
ここからがお互いの本題だからこちらを見てから話させてもらう。」
書類を3人に渡し読み終えるまで待ったアンリは視線が向けられるのを見てから頷く。
「失礼とは思うが正しい認識の為に口にしよう。
弱小国家マルナ。魔族の侵攻と塩害に苦しみ財政を傾かせつつある貴方の国を救い、立て直すにはそれしかない。」
「不可能だ!?何故・・・どうやれば辺境の地にある国が交易路となるのだ。」
「海がある。その先には多くの国があり、南側の大陸で交易をしたい商人達にとって最も近く、そして今日、この時から安全な国となるのがマルナだ。」
アンリは良いか?と口にし続ける。
「魔族の脅威は取り払われた。だからこそ街道の整備をして欲しい。まずはディストラントに続く道だ。
そしてその道中に起こる商人の不安の1つである野盗からの護衛団を編成してくれ。」
「無理だ・・・。俺の国に商人の護送に割ける正規兵はいない。」
「いやいる。魔族の脅威が無くなったならば各地に手の空いた自警団がいる筈だ。それを利用しよう。
魔族の侵攻に当てていた財源を各町、村への道中の護衛の対価とする事で可能だろう?
その結果、海より商人が集い、そして旅立つ国となる。
通行料、税金の調整をし、なんなら護衛を雇うのに追加料金制度を作っても良いだろう。」
カナトは突然の真面目な商談に口を噤み思考をフル回転させていた。
問題となる箇所を探し、不可を決める作業に没頭するなかアンリの声は続く。
「マルナは歴史的な分岐にあり、魔族の脅威を無くした今だからこそ出来る商談と理解しよく考えてほしい。
国が保証をすると言えば必ず商人も旅人も集う。それによる財源の増収は制度を変えられる貴方次第だ。
商人が街を村を通る事で金を落とし、国は潤い財政は立て直せるだろう。
更に人が集う国が海に面してるなら船乗り達も休憩所、商談相手としての側面も生まれる筈だ。」
リックは思考走らせるカナトに視線を向け数秒の沈黙の後に疑問となる事を口にした。
「素晴らしい話だ。だが提案者である貴方が利益を得れない話を信じろと言うのか?
慈善事業を騙る者はアテが外れれば消える、それを知らぬ国では無い。」
「当たり前だ。それこそ商人の性だが俺はそんなヘマをしない。当然のように利益は得る。今の話でもこの後の話でもだ。」
アンリは机に広げた書類を捲りながら深い笑みを浮かべ、対するリックはそれに寒気を感じながらも今こそが国の明暗を分ける商談だと身構えた。




